『ナイトランド・クォータリー』vol.13【地獄より、再び】

「Ngith Land Gallery 林美登利 愛おしき不気味さ」
 怪奇幻想は好きですが、クトゥルーとゴーストハンターと人形だけは理解できません。
 

 今号の特集は切り裂きジャックです。

「魔の図像学(13)世紀末のミソジニー樋口ヒロユキ
 今回は特定の画家ではなく、サロメに代表される怪物的女性→当時の女性蔑視(ミソジニー)→切り裂きジャックと画家シッカート……と、ちょっと強引に特集に関連づけていました。最終回。
 

キム・ニューマンインタビュー ホラー・ファンによる世界の創造」牧原勝志
 「モダン・ホラーは、ぼくにはよくわからない。でもピーター・ストラウヴは好きな作家だね」という言葉に同意。『ドラキュラ紀元一八八八』復刊&切り裂きジャック特集に合わせたインタビューでしょうか。
 

「藤原ヨウコウ・ブンガク幻視録(5) 牧逸馬「女肉を料理する男」より」
 切り裂きジャックを扱った怪奇実話。これも特集の一部として全文が収録されています。
 

切り裂きジャックはあなたの友」ロバート・ブロック/植草昌実訳(Yours Truly, Jack the Ripper,Robert Bloch,1943)★★★★☆
 ――英国大使館のサー・ガイ・ホリスと名乗る人物が、なぜシカゴまで来て一面識もない精神科医のジョン・カーモディを訪ねたのか。サー・ガイによると切り裂きジャックは生贄を捧げて五十八年後の今もまだ生きているという。知識階級のなかに紛れているであろうジャックに近づくために、そうした連中とつきあいのあるカーモディが必要なのだ。「これから二人で切り裂きジャックを捕まえるのだ」

 古典新訳。キム・ニューマンのインタビューにあるように、次の「レッド・ジャックス・ワイルド」とセットの作品です。結末は今となっては容易に想像がつきますが、狂人の趣味であるうちは放置できても、強い復讐の意志を知ってはそのままにしておけない……と、ジャックが結末に至ってから凶刃をふるう理由がちゃんと明らかにされているところなど、ブロックの職人芸が冴えています。
 

「レッド・ジャックス・ワイルド」キム・ニューマン/植草昌実訳(Red Jacks Wild,Kim Newman,2015)★★★☆☆
 ――コミック出版社社長のレッサーは重度の偏執狂だ。「あいつら」など想像にすぎない。診察は二年にわたり、患者もオイディプス的な感覚を中和できるようになってきた。そんななかコミックが激しいクレームにさらされた。私の同業者であるホフステッドラー博士は、ラジオやTVでコミックこそ少年非行の根源だと御託を並べている。FBIが相談しに訪ねてきたので、私はレッサーを帰らせた。これまでに不良少年が五人刺されているが、単独犯とは思えない早業だという。

 雑誌の企画で書かれた「切り裂きジャックはあなたの友」の続編です。正編は結末に妙味のある作品なので、続編としての意味は「切り裂きジャックが黒魔術により現代にまで生き残っている」というところになるでしょうか。殺人もやりづらくなった時代のなか、ジャックが連続殺人の犯人探しをおこないます。作中でジャックは娼婦や黒人や共産党員その時代時代の魔女狩りに合わせて殺人をおこなってきましたが、一九五四年の世界では悪書コミック狩りがおこなわれていたそうです。ジャックの隠れ蓑には事欠きません。
 

脱構築される切り裂きジャック、仁賀克雄のリッパロロジー――ロバート・ブロック、キム・ニューマンアラン・ムーアの再読へ」岡和田晃
 切り裂きジャックの正体説について簡単にまとめられたあと、仁賀氏の切り裂きジャックへのこだわりが考察されています。
 

「血の儀式」ウィリアム・ミークル/夏来健次(The Keys to the Doors,William Meikle,2015)

 カーナッキものなのでパス。
 

「[ブックガイド]ファンタスティック・ジャック」牧原勝志

「ジャックの小さな仲間」ラムジー・キャンベル/小椋姿子訳(Jack's Little Friend,Ramsey Cambell,1975)★★★☆☆
 ――その箱を見つけたのは午後のことだ。一辺が一フィート足らずの大きさにしては重い。きみはよろめきかける。見てわかるのは日付が金属の蓋に刻まれていることだ。一八八八年に何があったか。エジプトからイギリス軍が帰国したのはこの年ではなかったか。苦労して蓋を開けたが、中は空だ。きみは日付だけメモし、その場を立ち去る。歴史に詳しい友人に尋ねる。「切り裂きジャックの犯行があった日だよ」。きみは切り裂きジャックについて調べ始めた。

 ジャックの凶行の日付が刻まれた中身の空っぽな箱、という思わせぶりなアイテムだからこそ、想像はふくらみます。被害者の腎臓を餌に凶行への〈飢え〉を閉じ込めたのでは、と主人公は考えます。さすがに詩的に過ぎますが、主人公自身も「一つの文章に仕上げてどこかに売り込める」と考えるように、ロマンティックな空想に過ぎなかったのでしょう。それが最後になって一転、実体を持つ何かの存在が明らかになります。エジプトから来たものとは、何なのでしょうか。
 

「魅入られた霊媒師」ヒューム・ニスベット/三浦玲子訳(The Demon Spell,Hume Nisbet,1894)★★★☆☆
 ――霊媒師がしゃべり出した。「あたしはホワイトチャペルで死んだ。喉をつかまれ、その場に崩れ落ちた。目を開けると、切り刻まれた哀れなあたしの死体が見えた。残忍な作業をあたしは見ていたんだ。今あんたたちが見ているみたいに」。確かに見えた。細い鉤爪を伸ばした、悪魔のような顔が。家に帰ってもランプの火を消すことができなかった。目が覚めた。声が聞こえる。降霊会で聞いたあの声だ。

 作品が書かれたのは切り裂きジャック事件から六年後。霊媒師に憑依する霊魂こそこの世のものならざる存在ですが、この作品に現れるジャックは恐らく生身の人間なのでしょう。100年前の死者の亡霊が100年前の殺人鬼の亡霊に敵討ちをする古式ゆかしい話ではない、現実的な恐怖を感じ取るべきなのかもしれません。
 

「STRANGE STORIES――奇妙な味の古典を求めて(10)ベンスン三兄弟、その奇妙な味は?」安田均
 正統的な幽霊物語が多いE・F・ベンスンと、宗教臭い兄と弟の作品。
 

「ジャックの物語」立原沙耶(2018)★★★☆☆
 ――ジャックは小さい時から怖がりだった。気の強い姉は自分と弟を養うため辻に立った。姉の稼ぎだけでは足りず、ジャックも辻に立った。竜車に乗って館に連れて行かれたジャックは、銀色の体になって戻ってきた。住むためならためらいなく一家を惨殺した。ジャックは最初の日に車を曳いていた竜を助けたいと思った。

 竜が車を曳く世界を舞台にした、バネ足ジャックとマザー・グース切り裂きジャックを一つにしたダーク・ファンタジー。地球に不時着した宇宙人を絡めることで、改造人間バネ足ジャックと竜を一つの物語に落とし込んでしまえる手腕に脱帽します。姉に対して以外には感情が欠落した弟と、人間の姉に恋する竜とい、関係性からして歪んでいます。
 

「トリュフを掘る豚」T・E・グラウ/小椋姿子訳(The Truffle Pig,T. E. Grau,2013)★★★★☆
 ――わたしは今、先祖の代から追っていた敵を、六歩ちょっとの距離をおいて尾行している。できることなら最後のひとりにまでとどめを刺したいが、わたしは一人だけ、後を継ぐ者もごくわずかだ。ロンドンでのわたしの最初の仕事は、予想以上に世間の目を惹いてしまった。夢を通しての指令によれば、〈闇人〉の信徒はこの町の夜の女たちを利用し、ロンドン市内にかれらの菌糸を増殖させようとしていた。

 本誌初登場の作家。今月号の白眉です。切り裂きジャックによる娼婦殺しは実は守護者によるクトゥルー殺しだったという、これだけ聞いたらアホみたいな内容なのですが、クトゥルー要素はアーカム等の最小限の固有名詞に留めていることや、狩る者の狩りに懸ける誠実な思いがひたすら語られる陶酔感のある語り口のおかげで、壮大な物語のプロローグのような抑えた端正な作品になっていました。
 

「【未訳書紹介】切り裂きジャック変奏曲」植草昌実

「ないとらんど通信vol.12」
 定期購読特典の折り込みペーパー。次号ではキム・ニューマンの〈ディオゲネス・クラブ〉ものを掲載予定だとか。シャーリイ・ジャクスンに「Jack the Ripper」という未訳作があるそうです。「日常の小さな事件をユーモラスに描いた、ホラーの要素のない」作品で、邦訳版『何でもない一日』から省かれたうちの一篇とのよし。
 

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