「A Map of Nowhere 01:『吸血鬼ドラキュラ』のウィトビー」藤原ヨウコウ
『ナイトランド』とおんなじだと思ったら、編集が『ナイトランド』の牧原勝志氏なんですね、納得。
「ヴィクトリアン・インフィニティ」北原尚彦
「失踪クラブ」アーサー・マッケン/植草昌実訳(The Lost Club,Arthur Machen,1890)★★★★☆
――フィリップスとオースティンが店から出ると、大粒の雨が降り出した。アーチ道で雨を避けていると、友人のウィリアムズが通りかかった。「どうしたんだ、ずぶ濡れじゃないか」「御覧の通りさ」「良ければついてくるといい。だがクラブで見聞きしたことは決して口外しないように」「もちろんだとも」クラブに入ると名士貴人が顔を揃えている。会長の冷厳な声が響いた。「黒いページを開いた者は自由になる。始めよう」
起こっていることはそれほど恐ろしくないものの、クラブの意図がわからないのが怖すぎます。有閑階級の暇つぶしなのか、陰謀論めいたこの世の理が存在するのか……。
「奇妙な写真」リチャード・マーシュ/高澤真弓訳(The Photographs,Richard Marsh,1900)★★☆☆☆
――ドズワース氏が囚人ジョージ・ソリーの写真を撮ると、ソリーしかいないはずの空間に女が写っていた。何度撮り直しても変わらず、それどころか女はどんどん鮮明になった。四度目に撮った写真には、ソリーも女も存在せず、別の男が写っていた。
写真の予言と女の生霊という、解説にもある通りミステリーゾーン風の作品ですが、いかんせんいま読むには長すぎます。
「決闘者」ブラム・ストーカー/圷香織訳(The Dualists,Bram Stoker,1887)★★★★☆
――バブ家に待望の双子が産まれた。ハリーとトニーはバブ家の両隣に住んでいた。少年たちの友情は、両親から会うことを禁じられてからも続いていた。クリスマスにナイフをもらうと、二人はあらゆるものを切り刻んだ。やがてナイフの“ぶつけ合い”による決闘を始め、ナイフが使い物にならなくなると、銀器類をくすねて決闘を再開させた。
ブラム・ストーカーというと、『吸血鬼ドラキュラ』だけの一発屋――とまでは言わなくとも古めかしさは否めないイメージだったのですが、こんな作品も書いていたとは。子宝に恵まれなかった夫婦に双子が産まれた冒頭の話が悪夢のような結末に着地する、救いようのない悪童たちの物語です。
「ポロックとポロ団の男」H・G・ウェルズ/中村融訳(Pollock and the Porroh Man,H. G. Wells,1895)★★★☆☆
――ポロックが秘密結社ポロ団の男にはじめて出会ったのは、潟湖に注ぐ湿地にある村だった。ポロ団の女に手を出したため、ポロ団の男から命を狙われるようになった。あまりに問題を起こすためイギリスへの帰国を命じられた。帰国の途上で知り合った男から、ポロ団の男は呪術を使うという話を聞いても一笑に付し、現地人に依頼してポロ団の男を返り討ちにしてやった。以来どこまでも逆さの生首がついてまわり……。
新訳だけに非常に読みやすい。ウェルズにしては理屈っぽいところもないエンタメ路線の内容なのも大きい。予想通りの展開に予想通りの結末を迎えます。
「幽霊屋敷の人々」チャールズ・ディケンズ/谷泰子訳(The Mortals in the House,Charles Dickens,1859)★☆☆☆☆
「食器棚の部屋」ウィルキー・コリンズ/高橋まり子(The Ghost in the Cupboard Room,Wilkie Collins,1859)★☆☆☆☆
ディケンズの呼びかけによるリレー小説『幽霊屋敷(The Haunted House)』の第一章と第五章。屋敷の各部屋で起こった出来事を各作家が書くというアイデアは面白いのに、ディケンズがテーマにまで注文をつけ(幽霊の正体は自身の内面の声だった)、しかも依頼された作家はほとんどディケンズの注文を守らなかったという、しょーもない企画からの抜粋で、作品自体もさほど出来がいいとは思えません。
「『個』を持つ部屋」木犀あこ
「トム・チャフの見た幻」J・シェリダン・レ・ファニュ/山田蘭訳(The Vision of Tom Chuff,J. Sheridan Le Fanu,1870)
「ドラムガニョールの白い猫」J・シェリダン・レ・ファニュ/青木悦子訳(The White Cat of Drumguniol,J. Sheridan Le Fanu,1870)
「レ・ファニュを偏愛す」三津田信三
「教会墓地の櫟」J・シェリダン・レ・ファニュ(オーガスト・ダーレス)/夏来健次訳(The Churchyard Yew,August Derleth,1947)
レ・ファニュは好きじゃないのでパス。
「下宿人(オリジナル版)」ベロック・ローンズ/岩田佳代子訳(The Lodger,Mrs. Belloc Lowndes,1911)★★★☆☆
――こんな霧の日になんだって出かけたがるんだか。バンティング夫妻のところに部屋を借りた下宿人のスルース氏は科学者だと名乗った。部屋の肖像画を裏返しにし、音を立てて歩き回り、ストーブをがんがんと焚き、古着ばかりを購入し、しかもそのスーツがいつの間にかなくなっていた。巷ではまた若い女が殺害される事件が起きていた……。
ヒッチコックの映画でも著名な長篇小説『下宿人』の原型短篇。怪しい下宿人が切り裂きジャックなのではないかと怯える下宿屋夫婦の話で、腫れ物に触るような扱いだったものが一気に身近な危険として迫り来るサスペンスは、いま読んでもハラハラします。
「アイリーンの肖像」高野史緒
「ジキル博士とハイド氏、その後」キム・ニューマン/植草昌実訳(Further Developments in the Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde,Kim Newman,1999)★★★☆☆
――アタスンはジキルの遺産の管理を背負うことになった。面倒なのは「死亡または失踪した場合」遺産のほとんどをハイドまたはアタスン本人に遺すと書いてあることだった。縁者たちから請求を起こされて、アタスンは家に籠っていた。届けられた包みを開くと何の変哲もない家族写真が出てきた。だが、一人の顔に見覚えがある。写真の子供はエドワード・ハイドだ。だが、ハイドはジキルだったはずだ。子供の頃などあるはずもない。二日後、ハイドの姉を名乗る婦人が遺産の相続権を訴えに来た。果たしてハイドは実在したのか、ジキルはまだ生きているのか、アタスンはジキルの家を調べることにした。
ジキルと同一人物であるはずのハイド氏の子どもの頃の写真という、有り得ない謎が魅力的でしたが、変身薬とは媚薬でありヴィクトリア朝では犯罪だった同性愛に耽っていたという真相は、謎に対して尻すぼみですし、本家『ジキルとハイド』を上回る魅力ある真相とも思えません。
「霧先案内人」井上雅彦
「贖罪物《デオダンド》の奇妙な事件」リサ・タトル/金井真弓訳(The Curious Affair of the Deodand,Lisa Tuttle,2011)★★★★☆
――仕事を探していたわたしは、諮問探偵の助手になった。これはミスター・ジェスパーソン四つ目の事件、そしてわたしにとってはじめての事件だ。ランダル氏の婚約者ミス・ベラミーは、かつてアドコックス氏と婚約していた。氏があの謎めいた死を遂げた当時に。ベラミー家を辞すとき何かにつまずいて怪我をしたアドコックス氏は、杖を借りて帰宅した。そこで何者かに襲われ命を落とした。凶器は氏自身が突いていた杖だった。犯人は見つかっていない。ベラミー嬢の婚約者が狙われるのではないか――。ジェスパーソンとわたしは、ベラミー嬢の後見人で財産を管理している犯罪グッズ蒐集家ハーコート氏の許を訪れた。
オカルト探偵ものは苦手ですが、これは第一話ということもあってか、予定調和な依頼と解決という構成ではなく語り手が未知の出来事に飛び込んでゆく面白さがありました。著者が実力のある作家なのでそれも大きいでしょうか。事件の真相とは別に、殺人の凶器を集めているコレクターの異常な情熱がインパクトを残します。バディものと言いつつ大抵は主と従なのですが、探偵自身の口から対等だという言葉が出されているのは珍しいように思います。もっと読んでみたいシリーズです。
「回想の『リトル・ウィアード』」荒俣宏・島村義正・竹上昭
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