『ミステリマガジン』2022年7月号No.753【高橋葉介と夢幻ミステリ】

『ミステリマガジン』2022年7月号No.753【高橋葉介と夢幻ミステリ】

「邪悪の家」エリック・パーヴェス/小林晋訳(The House of the Black Evil,Eric Purves,1929)★★☆☆☆
 ――郵便配達員の奇妙な行動が、私の注意をあの陰鬱な家に引きつけた。配達員は郵袋を置いたまま郵便物投入口を覗き込んでいた。その時、振り返った配達員が私を呼んだ。「サー、郵便受けはありません。ここは玄関ホールです。まったくの暗闇で、手紙が消えるんです」配達員に言われるがままに新聞を郵便物投入口に入れると、中に入れるに連れて、新聞が消えていくのだ。その先は、何もない、暗黒だった。

 高橋葉介特集の一篇。魅力的な発端です。幽霊屋敷ものとも心霊ものとも言いがたい、霊媒を通じて光に勝利を収めた闇というオカルトでした。
 

「おやじの細腕新訳まくり(26)」田口俊

「小屋」ジェフリー・ハウスホールド/田口俊樹訳(The Hut,Geoffrey Household,1951)★★★☆☆
 ――彼らふたりにはすぐには持ち出せない話題があった。はるか昔、あの戦争が始まった頃のことで、当時ヴィリアンは二十五、六歳、将来有望な士官だった。メドロックはもっと粗野なタイプだった。「不快きわまりなn任務だったな。民間人を射殺するのが命令とはな!」「いや、彼が射殺されるところを見届ける。それがわれわれの受けた命令でした」……レジスタンスの組織を敵に売り渡したフランス人のデュポンは、スパイ容疑の連合軍兵士として軍刑務所に収容された。裁判にかけることはできなかった。イギリスの法を犯したわけじゃないんだから。で、彼を処分するのに、自由フランス軍に銃殺を任せた。スミスというタフな男が車を運転し、ほかにデュポンの連行を命じられた四人、ヴィリアンとメドロック、自由フランス側の民間人と少佐が乗っていた。四人は仕事の手順を話し合った。「私のほうではきみたちが……」「われわれの理解としてはあなたが……」

 裏切者を非公式に処刑する時になって、押し付け合いが始まるていたらくです。戦場で人を殺すのと、銃後で射殺するのではまったくの別物なのでしょう。
 

「書評など」
 『メキシカン・ゴシック』シルヴィア・モレノ゠ガルシアは、ゴシック・ロマンス。タイトルからてっきりメキシコの作家かと思っていたら、カナダの作家でした。

『辮髪のシャーロック・ホームズ』莫理斯(トレヴァー・モリスは、昔の中国人が書いたホームズものの翻案――ではなく、現代作家が「ホームズ譚を同年代の香港に置き換えたパスティーシュ短篇集」。「この時代の香港ならではの要素と結び付けて驚くような真相を提示するものあり」。
 

「刑事〈ショーン・ダフィ〉シリーズ最新作『ポリス・アット・ザ・ステーション』刊行記念対談」武藤陽生×阿津川辰海
 シリーズの翻訳者と、シリーズのファンである推理作家による対談。
 

「これからミステリ好きになる予定のみんなに読破してほしい100選(7) アリバイ」斜線堂有紀
 二万人の視聴者によるアリバイ、床品美帆『二万人の目撃者』。『幻の女』タイプのアリバイ探し、フレドリック・ブラウン「踊るサンドウィッチ」。アリバイの証人探し、都筑道夫「ジャケット背広スーツ」。アリバイを無視して自供する謎、西澤保彦「アリバイ・ジ・アンビバレンス」。「一番の奇作にして傑作」、麻耶雄嵩『木製の王子』。などなど多種多様なアリバイものが紹介されています。
 

「華文ミステリ招待席(5)

「倒錯したネメシス」猫特《マオテエア》/阿井幸作訳(倒错的涅墨西斯,猫特,2014)★★★☆☆
 ――六年たち、ついに復讐の機会がやってきた。「美娜、お父さんがかたきを取ってやる!」/四月十二日、董剣平の住む集合住宅の一室で、至る所に血が飛び散り、ところどころに脂肪の塊が散らばっているのが発見された。犯人は金品に一切手を付けていない。犯人はなぜ死体を持ち去ったのか? さらに現場には董剣平とは別の成人男性の血痕と死体の一部があった。被害者はどちらも死後に切断されたことがわかった。容疑者はすぐに浮かび上がった。佟健、市立病院の医者だ。約六年前に董剣平の交通違反による事故のせいで妻と娘を亡くしていた。だが事件当日の夜、佟健には鉄壁のアリバイがあった。同僚たちとカラオケで徹夜で歌っていたのだ。だが六年前の事件で心を閉ざしていた佟健が、突然同僚をカラオケに誘ったのはあからさまに不審でわざとらしかった。

 第二回華文推理大奨賽大賞受賞作。「島田流トリック」というのは編集者の煽り文かと思っていたら、著者本人が本文で犯人や刑事たちに言わせていたのが可笑しかったです。死体切断の理由はなるほどトリッキーで、復讐者の執念を感じさせるものでした【※ネタバレ*1】。ただ全体的に複雑で長いわりにモノローグと捜査パートの単調な繰り返しのせいで、その他の仕掛けにしてもさほど意外性や驚きを感じられず損をしていると思います。犯人にとって復讐というのが結局のところ相手を殺して自分が捕まらないことだというのも、ずれていると感じました。
 

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*1 身体の一部を使って生きている人間を死んでいるように見せかけるというのは、なるほど『占星術』そのものです。

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