『線路上の殺意 鉄道ミステリ傑作選〈昭和国鉄編〉』佳多山大地編(双葉文庫)★★★☆☆

『線路上の殺意 鉄道ミステリ傑作選〈昭和国鉄編〉』佳多山大地編(双葉文庫

 同じ双葉文庫から『トラベル・ミステリー聖地巡礼』を出していることからも、鉄道ミステリ好きなことが窺える佳多山大地氏による、国内傑作選です。埋もれた名作ではなく、「大家の傑作を並べた」とのこと。

 西村・夏樹・山村三氏はさすがベストセラー作家なだけあって、文章も上手いしストーリーにも工夫が凝らされていて面白い。三氏とも著作量が厖大なだけに、埋もれてしまいがちな粒を拾う傑作選とは相性がよいようです。
 

「早春に死す」鮎川哲也(1958)★☆☆☆☆
 ――発見された死体は製紙会社に勤める国領一臣だと判明した。残業したあと守衛と話をし、これから女友達と会うから18時38分の電車に乗ると言って会社をあとにした。ところがその時計は18時20分で止まっていた。女友達しず子に事情を聞くと、待ち合わせに国領は現れず、電車内で書いたと思しき遅れたことに対する詫び状が今朝届いたという。国領と同じく一方的にしず子に恋愛感情を抱いていた布田という男が容疑上に浮かんだが、布田にはアリバイがあった。

 悪い意味で本格ミステリ作家らしく、ほかの三氏と比べて話を盛り上げようというサービス精神が皆無でした。被害者が社内で書いた詫び状内の時刻がアリバイになるというのは、死に際の被害者が噓を書くはずがないというダイイング・メッセージと同じような理由でしょうか、それが【ネタバレ*1】という古典的なからくりによって【ネタバレ*2】反転するところに工夫がありますが、何しろ事件自体がつまらないので何が明かされようがどうでもいいと感じてしまいました。タイトルにもさして意味はありません。
 

「あずさ3号殺人事件」西村京太郎(1981)★★★☆☆
 ――長谷川浩子という女から和美に電話がかかってきた。和美が出演していたアベック・クイズ番組を観て、商品の旅行先を交換しないかと提案するためだった。京都には何度か行っていた和美は、岡田にも相談して白馬行きの切符と交換することにした。白馬行きの車中、トイレに立った岡田が戻ってこない。様子を見に行くと、岡田が背中をメッタ刺しにされて殺されていた。長野県警の小野刑事は長谷川が怪しいとにらんでいるようだ。女癖の悪かった岡田が昔の女に殺されたと考えているのだ。だが……。

 十津川警部もの。十津川警部というと、二時間ドラマの影響もあって、警部と亀さんの二人旅シリーズという印象があるのですが、この作品は和美と県警の小野刑事による捜査を中心として、十津川警部は本部で指揮を執る正統的な警察小説の趣がありました。編者も書いているように、クイズ番組の商品を交換したいという導入が素晴らしかったです。これまた編者が書いているように、【ネタバレ*3】アリバイが崩れた!と思った瞬間に第二の殺人【※ネタバレ*4】が起こるタイミングも絶妙ですし、そもそも第一の殺人もドラマチックです。ですが最後は結局【ネタバレ*5】いつもの時刻表アリバイトリックになってしまいますし、それに伴い和美と小野刑事がフェイドアウトしてしまうため、尻すぼみな印象を受けてしまいました。
 

「特急夕月」夏樹静子(1975)★★★★☆
 ――列車が揺れるたびに罐ビールから泡があふれそうになる。明日は接待ゴルフだ。羽島の会社の工場新設のためだ。本社にいて恩田秘書課長の陰気な顔を見ずにすむだけでも気が晴れる。先代社長の縁で馘首にできぬが、昨年総務部に入った娘の恩田冴子がいい女で、彼女を手中におさめたら恩田はとばしてしまえばいい。そんなことを考えていると、住民折衝のため出張中のはずの恩田が目の前に立っていた。「会議は明日九時からですし、心配いりませんよ。現に上り急行からこの下りの特急に乗っているんですから」……列車が止まり、事故のアナウンスがあった途端、恩田の表情が変わった。

 時刻表トリックを用いたアリバイものでありながら、それを犯人の側から描く倒叙ものであるというのが新鮮です。しかも予想外の人身事故が起こって万事休すかと思えば、戻り先の列車も事故で遅れて計画続行かと思いきや……と、二転三点するサスペンスに溢れていました。アリバイトリックなんて事故ひとつですべてが崩壊するという皮肉から始まり、【ネタバレ*6】皮肉な結末で終わる構成も毒がありました。
 

「新幹線ジャック」山村美紗(1978)★★★★☆
 ――新幹線のひかり24号が武装グループに襲われ、11号車と12号車の二輛のグリーン車が占拠された。犯人の要求は十二億円と拘留中の赤軍幹部の釈放だった。車掌は乗務員室に押し込められ、窓のカーテンは閉められたため車輛内の様子は不明だ。犯人の人数も人質の人数もわからない。警察が乗り込んで来ても、車掌が乗務員室から外に出ても、人質を皆殺しにするという。犯人の要求通りまずは三億円が用意され、駅長に変装した警官がお金を運んだ。犯人が三億円を確認したあと、次の駅で人質のうち十人が降ろされた。警察は突入も検討したが、犯人側に隙がなく突入は断念した。そして次の三億円が用意され……。

 新幹線ジャック犯にあまりにも隙がなく、この難攻不落の犯罪をどうやって攻略するのかと、フィクションながら心配になってしまいました。なぜ二輛をジャックしたのかという疑問をきっかけに明らかにされる犯行方法【※ネタバレ*7】自体は予想の範囲内ですが、【ネタバレ*8】というのが先入観を植えつけるための芝居であり、【ネタバレ*9】という真相には愕然としました。どんなことであれ大きすぎると見えないものなのですね。まさか【ネタバレ*10】がはったりだと思いませんから。最後の台詞は芝居っ気がありすぎるものの、それが犯行成立の理由としてしっかりと説得力をもって後押ししていました。

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*1 被害者こそ実は殺人を計画していて、返り討ちに合った

*2 もともと被害者が作ったアリバイトリックが、返り討ちにした加害者のアリバイにも有利に働いたというように

*3 長谷川浩子の

*4 長谷川浩子が殺されてしまう

*5 飛行機まで含めた壮大なものとはいえ

*6 列車の乗り換え自体は停車駅でできることに気づいたが、緊急停車のためドアが開かず、殺人実行後に逃げることができなくなったという

*7 人質にまぎれる

*8 赤軍幹部釈放や十二億円要求

*9 最初の三億円を手に入れた時点で犯人は人質として下車して逃走していた

*10 九億円

*11 

*12 


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