「コレラ」★★★★☆
――この記録の筆者、つまり私は、この記録を発表することに、いささかのためらいを感じるものである。なぜならこの記録の内容が、カミュ『ペスト』に酷似しているからなのである。
のっけから笑わしてくれるうえに、全然『ペスト』じゃないのがさらに笑える。内容は筒井康隆お得意のドタバタコメディ。故意にコレラをうつすわけだからピカレスクっちゃピカレスクなんだけど、全然あくどくない、むしろ底抜けに明るい。
「神様と仏さま」★★★☆☆
――神様たちがお経を拾って笑い転げました。仏さまの子分の羅刹が怒って仏さまに報告しました。仏さまはこれを聞いても「ほっとけ、ほっとけ」と言われただけでした。
ショート・ショート。これを〈ピカレスク短篇集〉に収録するところがニクイ。
「死にかた」★★★☆☆
――その日突然、オニが会社にやってきた。オニは一の瀬の頭に棍棒を振り下ろした。悲鳴をあげるものはいなかった。あまりのことに驚き、悲鳴というような現実的な反応を示すに至らなかったのだろう。
ただもうオニが人を殺すということだけを描いた作品。というか、人が殺されるということだけを描いた作品。オニってのは“不条理な突然の死”に作者が与えた単なるキャラクター名なわけだし。文字どおり各者各様の「死にかた」のオンパレード。こういう、スラップスティック・スプラッタとでも言うべき作風も筒井の真骨頂。
「小説「私小説」」★★★☆☆
――結婚したとき灸太郎はすでに若くして赤河馬派の巨匠といわれていた。そして結婚したあとは灸太郎自身から、創作というものがいかに苦労が多いもので作家というものがいかに孤独であるかということを聞かされていた。
はじめのうちこそ私小説(作家)のストレートなパロディだったのだけれど、後半だんだんとはめを外してくるのが筒井作品っぽくていい。私小説作家の反応だけならよくできたパロディ止まりなんだけど、そこに世間が加わった途端筒井作品以外の何物でもなくなる。
「如菩薩団」★★★★★
――八人の主婦は喫茶店を出てから高級住宅地へ向かった。大きな邸のインターフォンを押し、PTA役員だと名乗ったので、相手も追い返すわけにはいかなかった。「申し訳ございません。実は嘘を申しましたの。私共は泥棒でございます」
如菩薩団なんていうから神様仏様系の話かと思っていたら、あ、なるほど。そっちかい、と。確信犯的思想犯。それでいながら生活のためというアンバランス。極悪っぷりがいっそすがすがしいほどです。
「傍観者」★★★★☆
――火星軍事科学省では地球攻撃の会議が開かれていた。そのとき、観測所から報告があった。「地球の大気圏外へ、航行物体が打ち上げられました!」
冷戦時代もほんのり懐かしいショート・ショート。二段構えのオチがにくい。
「ケンタウルスの殺人」★★★★☆
――アルファ・ケンタウリ第二惑星のホテルで、リュウ氏が殺されていた。密閉された室内で乾燥機が動かされたのだ。参考人はアンドロイドや宇宙人……。
舞台こそけったいだが比較的手堅いアリバイものミステリ。しかしこれが比較的まともに思えてしまうところが筒井康隆のすごいところで、ほかがどれだけ無茶苦茶なのかというのがよくわかる。
「断末魔酔狂地獄」★★★☆☆
――老人医学の発達が、平均寿命を百五十歳前後にしてしまったため、数十年前から老人の数がやたらに増え始めた。ただ出生率の方も受胎調節の大流行が原因で減少していたため、人口はそれほど増えなかった。
死をももてあそぶ老人もの。ただただ阿鼻叫喚の地獄絵図。おぞましい。
「三人娘」★★★☆☆
――精一はいまでこそ平社員だが父親は重役だ。だが課長がいることには出世できない。なんとかしてノイローゼになってもらって課長をやめさせられたら……。
PTAものとかフェミニズムものとか、まとわりつくような嫌らしい悪意を描くのも筒井作品の特徴の一つ。「如菩薩団」みたいなからっとした悪意も書ければこういうのも書けるのだからやっぱりすごい。ただこの手の作品は、インパクトはあるのだがやはり読後感が悪い。その後味の悪さゆえに記憶に残ってしまうのではあるが。筒井作品の登場人物は、農協にしろバカOLにしろ、絵に描いたようなステレオタイプなのになぜかリアルに感じてしまう。
「ながい話」★★★☆☆
――おたね婆さんは宇宙教の信者だった。会う人ごとにお説教をながながと話して聞かせた。
タイトルとアイデア勝ち。「頭山」みたい(?)。ちょっと違うかな。
「村井長庵」★★★★☆
――長庵の悪業は数え上げればきりがない。悪事が露見しそうになったため、江戸から離れ小島に落ち延びたのである。ところが島民たちには名医であると嘘をつき、ここでもまた悪逆のかぎりを尽くす。
悪徳医師。良心も信念もない。ただただやりたい放題を尽くすという完膚無きまでの極悪人。風刺も批評性もない。グロテスクな欲望がただ描き出されるだけ。すごい作品です。
「わが愛の税務署」★★★☆☆
――「しまった。今日は確定申告の締め切り日だぞ。おれたちが安心して生活できるのも、国家がおれたちを守っていてくれるためだ。だからできるだけ多く税金を恵んでやるべきだ」
税制風刺を、税務署の横暴によって描き出すのではなく、納税者側の権力によって描き出すという、いっぷう変わった作品。国民がいて初めて国が存在する、税金があって初めて国庫が成り立つ、ということを考えれば至極まっとうな話といえるのかもしれないが。しかし普段税金にぶうぶうひいこら言っている国民としてみれば、サディスティックにマゾヒスティックな話ではある。
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