『夜愁(上・下)』サラ・ウォーターズ/中村有希訳(創元推理文庫)★★★★★

 『The Night Watch』Sarah Waters,2006年。

 びっくりするほど普通小説でした。

 男装の屋根裏部屋住人ケイ、ホレイスおじさんと暮らすダンカン、結婚紹介所で働くヘレンとヴィヴ(ダンカンの姉)、ヘレンの恋人で作家のジュリア、ヴィヴの不倫相手レジー、ダンカンの囚人仲間フレイザー――第一部(1947年)で描かれているのは彼らのごく普通の人生であって、取り立てて何かが起こるわけではありません。

 だけどそれぞれ個性があるので飽きることはありません。ヒステリックなヘレンの嫉妬深さなんて、鬱陶しいんだけど実際にいそうで、バカだなあなんて思いながら読んでいました。しかも三つ子の魂というか、三つ描かれているどの時代でも、やっぱりヘレンはヘレンなので、おかしくて笑っちゃいます(^_^)。後半、何か鬱陶しい奴だなあと思ったら、実はヘレンだった!というのには微苦笑。

 フレイザーは偶然再会したダンカンに何かと接触しようとするのですが、初めはその目的がわからないのでけっこうミステリアスで先が気になりますし、ケイも謎めいた人物なので第一部では一番気になって仕方がない人物でした。(この小説がケイで始まりケイで終わる点、各章のトリがケイであることを考えると、一応の主人公はケイと言ってみてもいいのかもしれません)。ヴィヴ&レジー、ヘレン&ジュリアはお色気パートも担当しているので、ま、花を添えています。ダンカンが刑務所に入った理由も伏せられているので、地味ながら読み進める推進力には事欠きません。

 第二部(1944年)になると戦時中なので物語はぐっと派手になります。第一部では謎めいていたケイが戦時救急隊員として大活躍。しかもそんな過去が!と、びっくり。ヴィヴとレジーも彼らなりに大事件を抱えますが、レジーって何歳だったっけ?と思わず確認したくなるほどのティーンぶりには笑ってしまいました。ヘレンの嫉妬深さといい、こういう人間の醜い部分を醜さ余って笑いに変える才能が著者にはあります。そのおかげでシリアスではあるけれど重苦しくはならない。

 気になるのは、ところどころで顔を出す流血シーンですね。ヘレン、ヴィヴ、アレック。戦時中の爆撃と被害の描写があっさりして見えるほどに、とんでもない恐怖と緊迫感に満ちていて、読んでいると歯の奥がキリキリ痛くなるようなおぞましさ。戦争が残酷なのではなく、人間が残酷なのだ、ってことなのかもしれませんが。

 1947年、1944年、1941年と時系列が逆さまになっているので、読み終えたあとでもう一度読み返したくなります。それぞれの時代に一つのクライマックスが用意されているので初読でもじんとくるのですが、読み返してみるとやはり味わいが違います。

 1947年、ロンドン。第二次世界大戦の爪痕が残る街で生きるケイ、ジュリアとその同居人のヘレン、ヴィヴとダンカンの姉妹たち。戦争を通じて巡り会った人々は、毎日をしぶとく生きていた。そんな彼女たちが積み重ねてきた歳月を、夜は容赦なく引きはがす。想いは過去へとさかのぼり、隠された真実や心の傷をさらけ出す。ウォーターズが贈るめくるめく物語。ブッカー賞最終候補作。(上巻裏表紙あらすじより)

 1944年。ロンドン。夜ごと空襲の恐怖にさらされながら、日々の暮らしに必死でしがみつく女たちと男たち。都会の廃墟で、深夜の路上で、そして刑務所の中で、彼らの運命はすれ違い、交錯する。第二次世界大戦を背景に、赤裸々に活写されるのは人間の生と業、そして時間の流れと過ぎゆく夜。大胆な手法を駆使して、人間という存在の謎に迫る、ウォーターズ渾身の傑作。(下巻裏表紙あらすじより)
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