『あなたの自伝、お書きします』ミュリエル・スパーク/木村政則訳(河出書房新社)
『Loitering with Intent』Muriel Spark,1981年。
名誉毀損を恐れずに自らの人生を記録したいという俗物たちが、小説家志望の語り手フラー・トールボットを雇って自伝のサポートをさせたところ、フラーは事実を脚色し始めて……というところから既に著者らしい意地の悪さが爆発していて嬉しくなってしまいます。
しかも本当に乗り気なのは雇い人のサー・クェンティンだけで、ほかのメンバーはそうでもないことから、サー・クェンティンには何か企みがあるのでは――と語り手は考えるようになります。果たしてそれは語り手の妄想なのか、本当に企みがあるのか……。自伝はおろか語り手が書いている小説『ウォレンダー・チェイス』も、現実の出来事や語り手の精神状態に左右されているらしき様子もあります。
信仰をなくして聖職から退いたディレイニー神父や、ロシア皇帝の宮廷で育ったと自称するウィルクス夫人、惚けたふりをするサー・クェンティンの母親など、クセのある人物ばかりなのも相変わらずです。語り手からしてからが、浮気相手の妻を自伝協会に紹介してしょっちゅう会って話をしているというのだから、一筋縄ではいきません。
後半になればさらにエスカレートして、『ウォレンダー・チェイス』の原稿が盗まれたかと思えば、語り手の方もやり返し、お互いがお互いを異常者扱いしながら創作のネタにしあうという悪夢のような展開に。そしてなぜかサー・クェンティンは自伝協会をカルトのように先鋭化してゆきます。
ここまでのことはすべて事実として書かれているし、作家として成功した語り手が現在の時点から過去を回想しているのだから、現実に起こったことであるのは間違いないはずなのですが、語り手の妄想なのではないかという思いを拭えないくらいハチャメチャなやり取りが続いて、笑いが止まりませんでした。
最後は語り手の完全勝利で終わりますが、潔いくらいに信用できません。
作家の卵フラーは、自伝協会なる組織に雇われ、名士ぞろいの会員の自伝執筆を手伝うことになった。やがて奇妙なことに、会員たちはフラーが書いた小説の登場人物と同じ台詞を口にしだし、小説そっくりの事件が! 一方、フラーは念願の小説出版の話を反故にされ、唯一の原稿も盗まれてしまう。自伝協会と出版撤回には何か関連が? フラーは原稿を無事取り返し、出版することができるのか? スパークの幻の傑作、ついに登場!(カバー袖あらすじ)
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