『ナツメグの味』ジョン・コリア/垂野創一郎他訳(河出書房新社〈河出ミステリー〉)★★★★☆

 これまで読んだ「クリスマスに帰る」や「特別配達」あるいは『炎の中の絵』にそれほど面白さを感じなかったので、どうかと思っていたのだけれど、本書は傑作選だけあって面白い作品が多かった。John Collier。

ナツメグの味」(The Touch of Nutmeg Makes It)★★★★☆
 ――新入りは他人に触れるのを極力避けているようだ。私たちは彼を昼食に誘った。男はこの誘いにいかにも神経症らしい反応を見せた。ある日のこと、新聞記者が資料室に顔を出した。「驚いたな! あいつはジェイソン・C・リードじゃないか」

 既読のはずなのに完全に忘れていた。印象に残らないというよりも、それがコリア作品のいいところなのだろう。こういうのを読むと、アイデア作家の才能やテクニックというのがよくわかる。オチの方向性は予想できても、それがタイトルと絡めてこういう道具立てで書かれるとは思わなかった。
 

「特別配達」(Special Delivery)★★★☆☆
 ――拝啓。今のぼくは大きな悩みを抱え、相談に乗ってくれる相手もいません。現在恋愛中なのですが、意中の女性がその他大勢の人とはまるで違っているので。ぼくの意中の女性というのはマネキン人形なのです。

 これも既読だけど完全に忘れていた。ただし本篇の場合は印象に残りづらい。だって目新しいところのないピグマリオン小説だもの。
 

「異説アメリカの悲劇(Another American Tragedy)★★★☆☆
 ――さる有名歯科医の診察室へ若者がやってきて、椅子にかけた。「抜いちゃってください、きれいさっぱり」「おたくの歯はどこにも異常ないみたいですよ」「そうですよ」

 これは赤塚漫画ですね。タリラリラ〜ンとした狂気が光ります。チャキチャキジャキジャキとした明るい残酷譚。
 

「魔女の金」(Witch's Money)★★★★☆
 ――男は三万五千フランで家を買い、帳面みたいなものを手に戻ってきた。宝くじ屋が売るみたいな券がいっぱい綴じてある。「ほらよ」「あとで全部はずれとか言われるんだろ。ちゃんとした金をくれないか」

 小切手を知らない人間――だなんてあり得ない人たちが登場します。そういうおバカさんの存在をお約束として話を進める、ブラックな落語みたいな話。
 

「猛禽」(Bird of Prey)★★★★☆
 ――ポーチでのけたたましい鳴き声に叩き起こされた。足下にはあわれな老いぼれ鸚鵡のトムが床に転げていた。梟よりも大きな鳥が飛んでいくのが見えたような気がした。

 コリアには理知的な印象があったのだけれど、これは珍しく幻想譚。なぜかポーの大鴉を連想してしまった。
 

「だから、ビールジーなんていないんだ」(Thus I Refute Beelzy)★★★★☆
 ――「小さいサイモン、お茶はいやかい」「ううん、パパ」「パパじゃない」「うん、大きいサイモン」「その通り。誰と遊んでいたね?」「ビールジーさんだよ」「この子がお遊びでこしらえた、つくりごとよ」と妻が口を添えた。

 いかにもジョン・コリアらしい、オチらしいオチの作品でした。英語を訳さずそのままカタカナ表記したものはあまり好きではないわたしだが、これは「大きいサイモン」「小さいサイモン」よりも旧訳「大《ビッグ》サイモン」「小《スモール》サイモン」の方がいい。
 

「宵待草」(Evening Primrose)★★★☆☆
 ――今日僕は決めた。社会に別れを告げるんだ。あばよ、バイバイ。僕は百貨店にいた。いるのは夜警だけだ。いや。僕は見る。何もない。僕は見る。老婆がいる。女の子が三人。誰もかれもが押しよせた。

 結末に至って実は語り手がそんな存在だったんだとわかるのはよくあるけれど、これはそういう結末も匂わせつつリドル・ストーリーで終わるところが面白い。生身の人間の話として書いても問題ないと思うんだけど、幽霊としてワンクッション置いているのも結末に至っていい味を出しています。
 

「夜だ! 青春だ! パリだ! 見ろ、月も出てる!」(Night!Youth!Paris! and the Moon!)★★★★★
 ――散財で金が底をついたので、アトリエを又貸しすることにした。ところが不都合ができた。行くあてなどない。ぼくは破れかぶれでトランクに這いこんだ。ところがどっこい、借り手は魅力満点の若い美人だったのだ。

 テンポよくとんとん拍子に進むノンシャランなホラ話。談志の「おい、信号が赤だぞ!」「女房には言うなよ!」を思い出した。絶好調時の筒井康隆がアイデアだけで書いたようなセンスとテンポと勢いがある。
 

「遅すぎた来訪」(Are You Too Late or Was I Too Early?)★★★☆☆
 ――田舎暮らしの誰ものように、私も規則的な日常を送っている。ところがマットのうえに真新しい足跡がきらきらと光っているのに気がついたのだ。しかも女性のものだ。

 原題が笑えるけれど、むしろてらいのない邦題の方がいい。落ち着いた本文と併せて、孤独な男の遅すぎた春の話かと思ったら……(^ ^)。
 

「葦毛の馬の美女」(The Lady on the Grey)★★★☆☆
 ――リングウッドにはベイツという親友がいた。顔見知りの馬喰が、ベイツから伝言を頼まれたというのだ。さては心奪われる二人姉妹を見つけたんだな。

 さり気ない書き方なんで一瞬オチに気づかなかった。だけどオチらしいオチを最後まで気取らせないこういう話よりも、初めっから見え見えでもスマートで楽しい作品の方が好きだ。
 

「壜詰めパーティ」(The Bottle Party)★★★☆☆
 ――「壜には何が入っているんです?」「中身はいろいろでしてね。女魔や魔神、女予言者やデーモンなんかです」

 これはまた絵に描いたような……。これはストレートな話をきっちりと書きすぎてるなあ。
 

「頼みの綱」(Rope Enough)★★★☆☆
 ――ヘンリーはロープ奇術のことを考えただけで笑いが止まらなかった。賭けてもいいが鏡を仕掛けたのだろう。

 「登りつめれば」の訳題で『魔術ミステリ傑作選』にも収録。「ビールジー」みたいなオチだと記憶していたのだけれど、実際はもっと書き込まれた作品でした。改めて読むと巧いオチ、鮮やかな発想です。
 

「悪魔に憑かれたアンジェラ」(Possession of Angela Bradshaw)★★★☆☆
 ――退役大佐の娘になんとも痛ましい病の徴候があらわれた。カーテンに火をつけたり、暴言を吐いたりした。うさんくさい老夫人は言った。「この娘は悪魔に憑かれておる」

 これも「夜だ!……」のような、何だかわからないけど陽気にテンポのよいケッ作。一応は地の文にも「悪魔」と書かれているけれど、「possession」というのは悪魔に限らず「ものや考えに取り憑かれること」。つまりは恋に取り憑かれたという比喩をそのまま悪魔の話にしちゃったんでしょうね(^^)。。。
 

「地獄行き途中下車」(Halfway to Hell)★★★★☆
 ――われらが主人公は錠剤を飲み、目を閉じた。「さあ、おれは死んだぞ!」ホテルを出たところで声をかけられた。「遅かったじゃねえか!」「きみが自殺したぼくの――言うなれば護送係というわけかね」

 それまでまったく触れられもしなかった「ライバル」(存在する可能性を推しはかることは可能だけど……)が登場したりする、狙い澄ました強引さがよい。どうやって悪魔の裏をかくかというのが物語の勘所の一つなのですが、まさかそんな無茶ぶりだなんて!
 

「魔王とジョージとロージー(The Devil,George,and Rosie)★★★★☆
 ――その青年は振られてばかりいた。「女どもが業火に炙られるのが見られるのなら、喜んで地獄まで行ってやる」「嬉しいことをおっしゃる」と言った男は一目見て魔王以外の何者でもなかった。

 「むだ毛」とかって何よ?と思ったのだが、なるほど女が嫌がる刑罰ってことね(^^;。ばかばかしくて好きだ。「場所を見せる」ってのは、「箇所を見せる」のかと思ったら「現場を見せる」だったというオチでいいのかな? ちょっとよくわかんなかった。
 

「ひめやかに甲虫は歩む」(Softly Walks the Beetle)★★★★☆
 ――テーブルに若い男が座っている。そのうち、老紳士に僕の注意はそらされた。信じがたい巨体と押し出しのおかげで、ほかの人よりゆっくり動いているように見える。彼は若者に声をかけた。「ご同席させていただいてもよろしいでしょうか。財政的援助を申し出たく……」

 どちらかと言えばオチを読んだときに「上手い!」と思わせるタイプの作品が多いのだけれど、これを読んだときには「怖っ!」と感じました。こういうタイプの作品はあまり内容や感想も書かない方がいい。
 

「船から落ちた男」(Man Overboard)★★★☆☆

 創元SF文庫の『千の脚を持つ男』にも収録されていました。やはり最初に読んだ訳の方がよく思えてしまうもので……。
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