先に出た『謎の部屋』に続いて、一篇+一対談追加の増補版。
例によって追加作品スイーニイ「価値の問題」と、内容を忘れていた作品を読み直しました。
「価値の問題」C・L・スイーニイ/田中小実昌訳(A Question of Values,C. L. Sweeney Jr.)★★★☆☆
――妻の浮気相手のピアニストを呼び寄せた夫は、ピアニストを手錠で家具につなぎ、小屋に火をはなった。
手錠をかけられた段階でオチは予想できますが、それにしても嫌なことを考えます。残酷というよりもこういうことを考える犯人の頭のなかが気持ち悪い。と言いますか、冷静に考えたらこのあと復讐されませんか……?
「待っていたのは」ディーノ・ブッツァーティ/脇功訳(Non aspettavano altro,Dino Buzzati)★★★★☆
――アントニオとアンナは疲れきっていた。「満室です」だがホテルのボーイは冷たかった。風呂だけでも浴びようと休憩所に行ったが、アンナが身分証明書をなくしてしまった。仕方なく公園の噴水で子供に混じっていると、母親が「池から出なさい!」と怒鳴り出した。
併録されている「七階」は『神を見た犬』にも収録されていたので覚えていましたが、こちらはまったく覚えていませんでした。旅人たちが地元民の不条理な悪意にさらされるのですが、完全に不条理なのではなく、反応が度を越しているだけのようにも見えるのが怖いです。見知らぬ土地で禁忌に触れてしまったら、実際にこんな目に遭ってしまいそうで。。。
「お父ちゃん似」ブライアン・オサリバン/高橋泰邦訳(A Man Like His Daddy,Brian O'Sullivan)★★★☆☆
――マイケルは、大きくなったらダディみたいなお巡りさんになりたがっていた。ママが病院にいったきり帰らなくなると、ダディも具合が悪くなった。
九歳児による作品。タイトルは「似」という意味ではないような……ダディ「みたいな」男になりたがっていたマイケルが、カウボーイごっこのときにも【ネタバレ*1】
「懐かしき我が家」ジーン・リース/森田義信訳(I Used to Live Here Once,Jean Rhys)★★★★☆
――道路はあのころより広くなっていたが、工事はいいかげんだ。空だけがあのころとは違い、硝子のような色をしていた。歩みを止め、建て増しされて白く塗りかえられた家に目を凝らした。
馴染んだ景色の懐かしさや、変わってしまったことへの寂しさ。そういった故郷に対する思いが、そのまま【ネタバレ*2】思いと一致しているのが素晴らしい作品です。単なる叙述で落とすネタ作品ではありません。
「どなたをお望み?」ヘンリイ・スレッサー/野村光由訳(The Candidate,Henry Slesar)★★★★☆
――グランザーには敵が多かった。共同行為協会の男が説明した。「死んでほしいと願っている男に会いに行き、願いがかなうまで祈りつづけるつもりだと伝えました。その男は二カ月後に心臓発作で死にました」
スレッサーもコリアも面白いし好きなのですが、読んだそばから内容を忘れてしまうから困ります。敵を排除したいという心に付け込んで……という話ではなく、グランザーは敵を排除することに躊躇しない人間で、ただ協会の男を信用していないだけなんですよね。利用できるのなら利用してやろうか、くらいに思い始めたところで、うっちゃりを食らわせられます。【※ネタバレ*3】
「避暑地の出来事」アン・ウォルシュ/多賀谷弘孝訳(Getting Away From It All,Ann Walsh)★★★★☆
――鼠が出ることくらいは分かっていたはずじゃないの。子供たちが起きる前に、母親は鼠の侵入した跡をきれいに掃除した。せっかく避暑用に借り受けた山小屋なのだ。
これはタイトルが地味なのでまったく覚えていませんでしたが、突きつけられる恐怖は本書中でも一、二を争うような作品でした。【※ネタバレ*4】
「二十六階の恐怖」ドナルド・ホーニグ/稲葉迪子訳(Man with a Problem,Donald Honig)★★★☆☆
――二十六階から飛び降りようとしている男に、巡査が説得を試みた。
フィニイ「死者のポケットの中には」と違い、こちらは同じ高所が舞台でも、落ちそうでハラハラドキドキな作品ではなく、オチのついている作品でした。というわけで、「こわい」作品ではないのです。【※ネタバレ*5】
「ナツメグの味」ジョン・コリア/矢野浩三郎訳(The Touch of Nutmeg Makes It,John Collier)★★★☆☆
――動機もないのに現場に居合わせたというだけで殺人容疑をかけられたリード。だが付き合ってみると意外といい奴であることがわかった。
これも内容を忘れていましたが、実にタイトルの妙ですね。ナツメグの味がどう絡むのかと不思議に思っていたら……。【※ネタバレ*6】
「光と影」ヒョードル・ソログープ/中山省三郎訳(Свет и тени,Фёдор Сологуб)★★★★☆
――雑誌で影絵の広告を見かけたワローヂャは、指を組み合わせて同じようにうつしてみた。ワローヂャがこそこそしているのを見て母親は心配したが、影絵だとわかると和らいだ。だがついに成績が下がり始め……。
孤独な少年、というだけなら、冷たい言い方ながら、まだしも救いはありました。ですがこの作品の場合、母親もすごく優しいいいひとなんですよね。それだけにやりきれません。影絵に囚われた息子とともに、母親まで影絵の狂気に触れて、二人で影絵をしつづけるなんて……。
「斧」ガストン・ルルー/滝一郎訳(La hache d'or,Gaston Leroux)★★★☆☆
――あたしが嫁いだのはヘルベルトという人でしたが、何か隠しごとがあるようでした。人殺しがありましたとき、夫が悩んでいる事が分りました。そこでひそかに夫の部屋を開けて見たのです……。
斧は悪くありません。悪いのはあなたです……。【※ネタバレ*7】
「夏と花火と私の死体」乙一 ★★★★☆
――「わたしも健くんが好きなの」そう言ったら、弥生ちゃんに押され、木から落ちて、わたしは死んだ。体中から血が流れ出している姿を健くんに見られるのは悲しかった。「五月ちゃんが死んだこと知ったら、お母さんが哀しんじゃうよ!」「そうだな……」健くんたちはわたしの死体を隠すことにした。
自分の死体隠しを見守る死者の一人称というのがインパクトがあったため、それ以外の部分を忘れていましたが、けっこうミステリ的な仕掛けも施されていたんですね。妹の弥生がわざと五月を突き落としたことを健は知らないわけなので、普通であれば積極的に死体を隠そうとするのは不自然なはずなのですが、「死んだことがわかると五月の母親が悲しむから死体を隠して死んだか生きているかわからないようにする」というロジックが、いかにも子どもが考えつきそうな不思議な理屈で、妙に納得させられてしまうところがありました。【※ネタバレ*8】
その他の収録作は南伸坊「巨きな蛤」「家の怪」「寒い日」、ブッツァーティ「七階」、小熊秀雄「お月さまと馬賊」「マナイタの化けた話」、林房雄「四つの文字」、樹下太郎「やさしいお願い」、ヘンリィ・カットナー「ねずみ狩り」、ジャック・フィニイ「死者のポケットの中には」。
南伸坊の志怪漫画は現在はちくま文庫や新潮文庫からも出ているので入手しやすくなりました。林房雄「四つの文字」は、ミステリ的な意外性を期待すると拍子抜けしますが、感じるのは確実に自分の運命をわかっている人間の覚悟の壮絶さです。「俺の真似をすると死ぬぞ」というのは、つまり「俺は死ぬつもりだ」という意思表示なわけでしょうから。樹下太郎「やさしいお願い」が怖いのは、移ろいやすい人の心でしょうか、絶対に許さないという強い思いでしょうか。カットナー「ねずみ狩り」は生理的な恐怖なのでその手のものが苦手な方はご注意を。フィニイ「死者のポケットの中には」は異色作家短篇集にも収録されている名作です。
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*1(首を吊った)ダディの真似をしようとする――という話です。
*2死んでしまった者の在りし日への
*3協会の男は、死んでほしがられているのはあなたです、と伝えにきたのでした。
*4山小屋に憑いている亡霊が母親を連れて行ってしまう。残された子どもの腕に刻まれた歯形は、しかし鼠のものではなく人間のものであった。
*5妻を寝取られた男が寝取った巡査を道連れに飛び降り自殺する。
*6リード氏はカクテルにナツメグが入っていないのが許せずに人が変わってしまうのだ。
*7夫が殺人犯かと疑った妻だったが、夫は不浄職である首切り役人であった。それを妻に伝える勇気のなかった夫はばれたのを恥じて自殺する。
*8連続誘拐事件の犯人は近所のお姉さん・緑さんだった。健と弥生が五月の死体を隠そうとしていることに気づいた緑は、ほかの誘拐被害者の死体を隠しているアイスクリーム倉庫に五月を隠した。仲間ができた五月は寂しくなかった。