『ミステリマガジン』2017年5月号No.722【北欧ミステリの王(キング)は誰か?】

「ノルディック・ミステリの現在」三橋曉

「北欧ミステリ概論」松川良宏
 

「その怒りと慟哭を聞け」深緑野分
 『熊と踊れ』の作者ンデシュ・ルースルンドの作品についてのエッセイです。何だか、グレーシス警部シリーズは、胸糞悪そうなシリーズです……。
 

「血清」ジョー・ネスボ/富永和子訳(Setum,Jo Nesbø,1999)★★★★☆
 ――ケンはガラス管の封に針を刺し、黄色い液体を注射器に吸いあげる。父の顔は土気色に変わっていた。……ケンは銀行を馘首になってギャンブルに嵌り、金が必要になるたび何も知らない父親にせびりに行った。……ヘビの飼育場を買ったとき父の頭はどうかしていたに違いない。父親と飼育係の単調な説明はケンの頭をすり抜けていた。父親はいま、ヘビに咬まれて死にかけている。

 ポケミスで『その雪と血を』が刊行されています。父と子の確執といった珍しくないテーマで、馬鹿息子と変人親父では分かり合えないのはさもありなん、と思っていると……最後には目が曇っていたのはどちらかがはっきりします。そういえばアイリッシュ「晩餐後の物語」も父親の話でした。
 

ジョー・ネスボに訊く」インタヴュアー:杉江松恋
 もともとはミュージシャンなんですね。
 

「賭屋と1000ポンドの賭け」リチャード・カーティス/宮澤洋司訳(Odds Bodkins and The £ 1000 Wager,Richard Curtis,1967)★★★★☆
 ――ブーツでがつんとやったら監獄の鉄棒が壊れちまったのを皮切りに、当時のイギリスでは一日五人のペースで脱獄があったんだ。俺たち賭け屋は、囚人の何人が壁を越えるかって数字に賭け率をつけるようになった。スミスと名乗る男が、二十四時間以内にスマースウェイト刑務所から五人の男が逃げ出すことに一〇〇〇ポンド賭けて行った。俺はすぐにヤードに電話して、脱獄計画らしきものがあることを伝えたんだ。

 特集とは関係のないアメリカの作品です。著者名とシリーズ名で検索するとなぜかフランス語版Wikipédiaが検索トップにくるのですが、その記述を信じるならばエラリー・クイーンのハウスネーム作品も執筆しているリチャード・デミングの別名義のようです。一日に何人もが脱獄するという状況そのものがふてぶてしい人を食ったようなユーモアに満ちていますが、怪盗ニックやルパン(三世)のようなトリッキーなアイデアがそれに輪を掛けていました。賭屋とはペテン師とは違うのでしょうが、ペテン師をペテンにかけるようなところが痛快です。
 

「弁護側の証人」ヘレン・ニールスン/田口俊樹訳(Witness for the Defense,Helen Nielsen,1963)★★★☆☆
 ――被告人ラリー・ペインは強姦の罪で服役中に看守を殺したかどで殺人罪に問われていた。叔母マーサ・リンドホウムは精神科医を除けば唯一の弁護側の証人だった。弁護士のジェイ・ベラミーは“心神喪失による無罪”を狙っていた。

 「おやじの細腕新訳まくり」の第3回。タイトルだけでなく仕掛けすらもクリスティ「検察側の証人」そのまんまなのですが、訳者によれば「(最後に明かされる“重大な事実”が)審理に加味されていたら、評決はどうなっていたか。これが容易に答は出ない。実に考えさせられる見事なオチだ」とあり、なるほど精神鑑定を対象とすることで、「検察側の証人」のオチのさらにその先まで見据えています。
 

「ミステリ・ヴォイス in UK 第100回 クリスティーノワール」松下祥子
 クリスティを読んだことのなかった脚本家が「クリスティ=コージー」というイメージを改めて「イギリスのノワールだと思う」に至った経緯など。どっちのイメージにしろ極端に振れ過ぎてはどうかと思うのですが。

「書評など」
鈴木清順組の主要メンバーの一人、大和屋竺の『毛の生えた拳銃』DVDソフ化。

ゴードン・マカルパイン『青鉛筆の女』はタイトルが地味なので損をしていますが、「凝りに凝った語りの構成で酔わせる」「過去の作品にあったサプライズや、虚実の被膜をいく感覚とは全く異なる感動を読者に与える」。『人形 デュ・モーリア傑作集』は、デュ・モーリア初期の作品集。これで創元推理文庫デュ・モーリア短篇集は3冊目です。

島弘象『フィリピンパブ嬢の社会学は、「名古屋にフィリピンパブが集中していることからこの研究を思いついた」学生時代の著者が、「研究にのめり込むあまりに、パブ嬢と結婚する」という伝記的要素の方に興味が行きますが、たぶん内容は研究内容をわかりやすく書き記した新書です。

G・ウィロー・ウィルソン『無限の書』世界幻想文学大賞受賞作だし気になっていたのですが、駄作でも面白そうに紹介してしまうあの大森望が書いた書評を読んで、つまらなそうと感じてしまいました。「アラビアンナイト」と「アラブの春」はともかく、「サイバーサスペンス」「モダン・ファンタジー」てのはどうもな。

石黒正数それでも町は廻っている16巻完結と『廻覧板』。
 

  


防犯カメラ