『王とサーカス』米澤穂信(東京創元社)★★★★☆

 著者の出世作さよなら妖精』の直接の続編というわけではなく、登場人物の一人である大刀洗万智が大人になってから経験した出来事が綴られています。『街角で謎が待っている がまくら市事件』に収録されていた「ナイフを失われた思い出に」はただの番外編ではなかったんですね。「ナイフを――」と同じくマスメディアの問題点に切り込んだ作品になっています。

 特徴的なタイトルは、登場人物の一人がニュースを見たときに体験したことがもとになっています。一言で言えば、悲劇的なニュースとは、安全な場所にいる人間が安全に悲しむための見世物だ、という主張ですね。

 当たり前のことですが、作中でこの問題に対する直接的な解決が示されることはありません。正解を答えることなど誰にも不可能でしょう。

 しかしながら、その問題に隣接するある問題については、はっきりとした形で明らかにされています。というのも、それこそが本書で描かれた事件の核だったのですから。事件の一面の真相にしろ、万智が准将に問われる「なぜ書くのか?」にしろ、マスメディアをめぐって昔から言い古されていることではありますが、わたしを含めた大方の人間はたぶん普段意識などしていないでしょう。意識していれば取材することもニュースを見ることも出来ないでしょうから。

 作中で起こるのが実際のネパール王族殺害事件であるため、現実を知っている読者には、王族殺しと殺人事件は無関係であることはわかってしまいます。現実の事件に関する探偵の別解という可能性もないとはいえませんが。

 舞台が派手なわりには真相は小粒である、と言えないこともありませんが、事件を無邪気に捜査し解決することなどもはや出来ない、という探偵小説にまつわる現代的な問題を、現実社会にうまく縒り合わせた作品だったと思います。

 二〇〇一年、新聞社を辞めたばかりの太刀洗万智は、知人の雑誌編集者から海外旅行特集の仕事を受け、事前取材のためネパールに向かった。現地で知り合った少年にガイドを頼み、穏やかな時間を過ごそうとしていた矢先、王宮で国王をはじめとする王族殺害事件が勃発する。太刀洗はジャーナリストとして早速取材を開始したが、そんな彼女を嘲笑うかのように、彼女の前にはひとつの死体が転がり……。「この男は、わたしのために殺されたのか? あるいは――」疑問と苦悩の果てに、太刀洗が辿り着いた痛切な真実とは?

 『さよなら妖精』の出来事から十年の時を経て、太刀洗万智は異邦でふたたび、自らの人生をも左右するような大事件に遭遇する。二〇〇一年に実際に起きた王宮事件を取り込んで描いた壮大なフィクションにして、米澤ミステリの記念碑的傑作!(カバー袖あらすじ)

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『ユダの窓』カーター・ディクスン/高沢治訳(創元推理文庫)★★★★☆

 『The Judas Window』Carter Dickson,1938年。

 新訳版――というか、創元から出るのは初めてなんですね。

 作品そのものもさることながら、なんと巻末に瀬戸川猛資の座談会を初活字化! 瀬戸川猛資×鏡明×北村薫×斎藤嘉久(×戸川安宣)という豪華な顔ぶれが、カーを語っています。本書『ユダの窓』については触れられていませんが。

 プロローグに「起こったかもしれないこと」として、被告人の視点から見た事件発生までの過程が記され、第一章からはすぐに裁判の様子が描かれています。被告側弁護人として立つのは、我らがH・M卿。いみじくもケン・ブレークとイヴリンが会話しているとおり、H・M卿がどうして裁判前にとっとと事件を解決してしまわなかったのか――が気になるところですが、たいした理由はありませんでした(あの時点でああいう状況で言っても信じてもらえない云々)。法廷ものをやりたかっただけなのでしょう。

 状況証拠でがんじがらめになっていて、どう考えても被告に不利な状況を、H・M卿が打破するからこそ面白いとも言えるのですが、事件当日に被告がおかしな行動を取ったり法廷で取り乱したりと、作者が話をさらに面白くするため被告に不利な印象を与えようと無理に頑張りすぎているきらいもあり、ここら辺はサービス精神が裏目に出ちゃったな、という印象でした。

 ハヤカワ版で読んでいたのでトリック自体は覚えていました(というか忘れようがありません)が、裁判の駆け引き部分はまったく覚えていなかったので、新鮮に読むことができました。

 実は裁判が始まった時点でH・M卿には真相がわかっていて、事前工作すらしているんですよね。でも読者やケンには初めのうちそれがわからないようになってます。

 最初にH・M卿が一矢を報いるのが、イヴリンも「お爺ちゃん、とうとうやったわね」という場面です。ちぎれた矢羽根のところですね。裁判の証拠というよりはいかにも探偵小説的な、みんなの前での実演による、先入観の転覆なのですが、まあさすが手慣れたもの、鮮やかです。

 被告の婚約者メアリが証言台に立ったあたりから、何でもありの混乱状態に陥り、次はどうなるのかそもそもそれで被告の無罪が証明されるのか、息もつかせぬ展開です。それ以前からも、証人喚問の合間やその日の終わりにケンやH・M卿たちのおしゃべりが入ったり、関係者を訪ねて行ったりしているので、一本調子にならないように作られてるんですけどね。

 真犯人の凶器隠しに、「妖魔の森の家」を連想しました。こういうさり気ないところが上手いと思います。

 厳粛であるべき法廷とはいえ、なにせH・M卿のことゆえ、「せめて、陪審を殺意の宿った目で睨め回すのだけはやめてほしい」といったような笑いどころも随所にありました。

 被告人のアンズウェルを弁護するためヘンリ・メリヴェール卿は久方ぶりの法廷に立つ。敗色濃厚と目されている上、腕は錆びついているだろうし、お家芸の暴言や尊大な態度が出て顰蹙を買いはしまいかと、傍聴する私は気が気でない、裁判を仕切るボドキン判事も国王側弁護人サー・ウォルターも噂の切れ者。卿は被告人の無実を確信しているようだが、下馬評を覆す秘策があるのか?(カバーあらすじ)

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『ジャイロスコープ』伊坂幸太郎(新潮文庫)★★★★☆

 文庫オリジナルの短篇集。巻末に収録作についてのインタビューあり。
 

「浜田青年ホントスカ」

 アンソロジー『晴れた日は謎を追って がまくら市事件』()で既読。
 

「ギア」★★★☆☆
 ――広漠とした荒地をワゴンが走っていく。数か月で町は消えてしまった。運転手は長髪だった。蓬田のほかに、少年とOLとスキンヘッドの男と背広の男と白髪の男が乗っていた。「一匹いたら必ず十匹いる生き物がいるんです。セミンゴです」と運転手は言った。三メートルある節足動物で、外にいる一匹以外は巣に詰まっています。

 巻末インタビューによれば「『起承転結のある短編』を書くのが苦手になってきた時期」に書いた「伊坂幸太郎っぽく全然ない」作品です。伊坂幸太郎どころか、誰っぽくもありません。恐らく「マタンゴ」等から命名されたと思しき「セミンゴ」が町を破壊しはじめたらしいのですが、詳しい話は一切不明です。なぜかメタにもなっています。
 

「二月下旬から三月上旬」★★★☆☆
 ――慈郎、と呼ばれ、私ははっと顔を上げる。母が、「誰と喋ってたんだい」と眉をひそめた。「一人でぶつぶつ喋って。お父さんにもそういうとこあったから」「おい慈郎、おまえ女子高生が好みか」隣から急に言われのけぞる。坂本ジョンが顔をほころばせていた。「いつからいたんだ」「ずっとじゃねえか」

 妄想を見たり意識が飛んだりしているように見えて、実は例えば二十七日と二十八日のあいだに一日ではなく数年と一日の時間が飛んでいたり、しているように見えて、やっぱり?
 

「if」★★★★☆
 ――家を出てバス停に向かっていたところ、腰の曲がった老女を見かけた。周囲をきょろきょろ見回している。声をかけようとした。が、近づいてくるバスが目に入り、老女には声をかけずにバス停に並んだ。車内で大声が張り上げられた時、山本は何が起きたのかわからなかった。「動くな。動いたら刺すからな」

 よくある ifもののAバージョンとBバージョンにしか見えないものが、驚きの展開を迎えます。分岐点以外の細部も違うのは、そういう理由だったんですね。まったく同じ文章だとアレだからだろう、くらいにしか思っていませんでした。
 

「一人では無理がある」★★★★☆
 ――「お母さん、助けて」深夜二時に梨央から電話がかかってきた。「ストーカーの男からメールが来たの。これから来るって」「警察に電話して、ドアが開かないように押さえてなさい」警察に電話するために、梨央が電話を切った。十分後、電話が鳴った。警察からではないかと瞬間的に頭をよぎった。「お母さん。無事。やっつけた」梨央の弱々しい声が聞こえた。

 サスペンスフルな冒頭から一変、なんだかわけのわからない会社の話になります。その正体は比較的早い段階で明らかになるのですが、それがどう冒頭の事件につながってゆくのか、さっぱり見当がつきません。天然ドジの松田なる社員が鍵を握っているようですが……。タイトルはつまり、あのひとが世界中に配るのは「一人では無理がある」ということですね。
 

「彗星さんたち」★★★★☆
 ――停車した新幹線に乗り込み、車内清掃をし、動く前に降りる。わたしの仕事はそれだった。「掃除をするだけでいいんでしょ、と思ってたら勤まらないからね」パート研修で主任の鶴田さんに言われた。「常にベストを尽くせ。見る人は見ている。パウエル国務長官の言葉」そんな鶴田さんが倒れた。

 コミュニケーションの苦手な母子家庭の母親が奮闘する、どこからどう見てもお仕事小説――のようで、実は一つ一つのエピソードがしっかりと繋がっている、完成度の高い作品でした。そんな馬鹿なことが、と思いながらも、そんなことがあってみてもいいな、と思っている自分もいました。
 

「後ろの声がうるさい」★★★☆☆
 ――新幹線の後部座席に座っていた中年男の隣に、若い男が移ってきた。「え、佐藤三条子ってあの?」「僕の席からだと動きがよく見えないので、ここに座らせてもらえませんか」「記者さんか何か?」「ええ、まあ」私は体を起こし、トイレに向かうことにした。女優の姿を見たい、という好奇心だ。

 本書の総集編といった趣の、文庫書き下ろし作品。各作品についてのくすぐりがありました。

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『カナリヤは眠れない』近藤史恵(詳伝社文庫)★★★☆☆

 カード依存症になった茜は、親の助けで借金を完済したあと、二度とカードは使わないと誓ったはずだった。だが玉の輿に乗り、夫からクレジットカードを手渡された茜は、魅入られたように洋服を購入していた。

 週刊誌記者の雄大は、寝違えた首を治しに接骨院に連れられてゆく。ぶっきらぼうだが腕の良い合田力から、生活を見直すように忠告された雄大は、助手の歩・恵姉妹に魅かれたこともあって、接骨院がよいを始める。

 身の丈に合わない買い物というテーマの取材を命じられた雄大は、同僚のつてでセレクトショップの取材に向かう。そこは茜の同窓生が経営しているショップだった。

 探偵役を務める整体師・合田力は、身体の悪いところを一目(一診)で見抜いてしまう力量の持ち主ですが、それは理屈ではなく直感によるところが大きく、事件自体も推理云々ではなく飽くまで直感的なものです。

 しかしながら、カード依存歴のある主婦がふたたび堕ちてゆく過程を描いた悲劇のように見えて、裏ではがっつり仕掛けが施されていたりもするミステリでもありました。引け目を持っている人間は、突け込まれると弱いものなのでしょう。

 合田力は、トンネル工事で有毒ガスの有無を確認するためにカナリヤを連れて行くというエピソードにちなんで、心に問題を抱えている人を呼吸困難で苦しんでいるカナリヤになぞらえ、助けようとする心の医師でもあります。そうした人間だからこそ、気づいてあげられたのでしょう。

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「屍の花嫁」「こたつ聖戦」『good!アフタヌーン』2019年4月号

good!アフタヌーン』2019年4月号(講談社

亜人」66.5「デッドヒート2」桜井画門
 高橋&ゲンと対亜特、決着。
 

「わたしが強くしたい神(番外編)」厘のミキ

「屍の花嫁」カミヲシュウジ
 ――妻を娶ることができずに死んだ男に花嫁を捧げる伝統が残っている山村。だが花婿の祖父は、花嫁役を生業とする少女に対し、あなたは花婿の亡霊に取り憑かれていると告げるのだった。

 四季賞2018冬のコンテスト藤島康介特別賞受賞作。ところどころでいまいち何が起こっているのかわかりづらいし、不幸な境遇なのに幸せを感じている天然娘というよくあるキャラクターに説得力がありません。
 

「こたつ聖戦」仲代役
 ――魔王と勇者がリコの家のこたつの中にワープして来た。こたつのあまりの心地よさに、争いなどどうでもよくなる二人だった。

 四季賞2018冬のコンテスト準入選作。異世界の存在を引き込んで日常系ギャグをすることで異化の効果が生まれていました。だからといって実験作というのではなく、ただのゆるゆる日常漫画なのが良い。
 

  


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