『ジャイロスコープ』伊坂幸太郎(新潮文庫)★★★★☆

 文庫オリジナルの短篇集。巻末に収録作についてのインタビューあり。
 

「浜田青年ホントスカ」

 アンソロジー『晴れた日は謎を追って がまくら市事件』()で既読。
 

「ギア」★★★☆☆
 ――広漠とした荒地をワゴンが走っていく。数か月で町は消えてしまった。運転手は長髪だった。蓬田のほかに、少年とOLとスキンヘッドの男と背広の男と白髪の男が乗っていた。「一匹いたら必ず十匹いる生き物がいるんです。セミンゴです」と運転手は言った。三メートルある節足動物で、外にいる一匹以外は巣に詰まっています。

 巻末インタビューによれば「『起承転結のある短編』を書くのが苦手になってきた時期」に書いた「伊坂幸太郎っぽく全然ない」作品です。伊坂幸太郎どころか、誰っぽくもありません。恐らく「マタンゴ」等から命名されたと思しき「セミンゴ」が町を破壊しはじめたらしいのですが、詳しい話は一切不明です。なぜかメタにもなっています。
 

「二月下旬から三月上旬」★★★☆☆
 ――慈郎、と呼ばれ、私ははっと顔を上げる。母が、「誰と喋ってたんだい」と眉をひそめた。「一人でぶつぶつ喋って。お父さんにもそういうとこあったから」「おい慈郎、おまえ女子高生が好みか」隣から急に言われのけぞる。坂本ジョンが顔をほころばせていた。「いつからいたんだ」「ずっとじゃねえか」

 妄想を見たり意識が飛んだりしているように見えて、実は例えば二十七日と二十八日のあいだに一日ではなく数年と一日の時間が飛んでいたり、しているように見えて、やっぱり?
 

「if」★★★★☆
 ――家を出てバス停に向かっていたところ、腰の曲がった老女を見かけた。周囲をきょろきょろ見回している。声をかけようとした。が、近づいてくるバスが目に入り、老女には声をかけずにバス停に並んだ。車内で大声が張り上げられた時、山本は何が起きたのかわからなかった。「動くな。動いたら刺すからな」

 よくある ifもののAバージョンとBバージョンにしか見えないものが、驚きの展開を迎えます。分岐点以外の細部も違うのは、そういう理由だったんですね。まったく同じ文章だとアレだからだろう、くらいにしか思っていませんでした。
 

「一人では無理がある」★★★★☆
 ――「お母さん、助けて」深夜二時に梨央から電話がかかってきた。「ストーカーの男からメールが来たの。これから来るって」「警察に電話して、ドアが開かないように押さえてなさい」警察に電話するために、梨央が電話を切った。十分後、電話が鳴った。警察からではないかと瞬間的に頭をよぎった。「お母さん。無事。やっつけた」梨央の弱々しい声が聞こえた。

 サスペンスフルな冒頭から一変、なんだかわけのわからない会社の話になります。その正体は比較的早い段階で明らかになるのですが、それがどう冒頭の事件につながってゆくのか、さっぱり見当がつきません。天然ドジの松田なる社員が鍵を握っているようですが……。タイトルはつまり、あのひとが世界中に配るのは「一人では無理がある」ということですね。
 

「彗星さんたち」★★★★☆
 ――停車した新幹線に乗り込み、車内清掃をし、動く前に降りる。わたしの仕事はそれだった。「掃除をするだけでいいんでしょ、と思ってたら勤まらないからね」パート研修で主任の鶴田さんに言われた。「常にベストを尽くせ。見る人は見ている。パウエル国務長官の言葉」そんな鶴田さんが倒れた。

 コミュニケーションの苦手な母子家庭の母親が奮闘する、どこからどう見てもお仕事小説――のようで、実は一つ一つのエピソードがしっかりと繋がっている、完成度の高い作品でした。そんな馬鹿なことが、と思いながらも、そんなことがあってみてもいいな、と思っている自分もいました。
 

「後ろの声がうるさい」★★★☆☆
 ――新幹線の後部座席に座っていた中年男の隣に、若い男が移ってきた。「え、佐藤三条子ってあの?」「僕の席からだと動きがよく見えないので、ここに座らせてもらえませんか」「記者さんか何か?」「ええ、まあ」私は体を起こし、トイレに向かうことにした。女優の姿を見たい、という好奇心だ。

 本書の総集編といった趣の、文庫書き下ろし作品。各作品についてのくすぐりがありました。

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