「鬼物語」「黄金工場」「鳥とファフロッキーズ現象について」以外は未読だと思っていたのだけれど、読んでみたら「井戸を下りる」「未完の像」も『幽』で読んでいた。読んだこと自体を完全に忘れていたのでデ・ジャヴみたいで気持悪かった(^^;。よっぽど「鬼物語」が印象に残ったんだろうな。それで山白朝子という名前が初めてインプットされたのでしょう。
「長い旅のはじまり」★★★☆☆
――「助けてください」「どうかしたのかね」「襲われて、父親が殺されました」少女の下腹部に小刀が突き刺さって、地面に赤い雫が落ちていました。恐ろしさのせいか、自分の名前をすっかり忘れていました。「では、お宮と呼ぶことにしよう」お宮が身ごもっているとわかったのは、三カ月後のことでした。
これは本当に未読だった作品。なぜか花輪和一の絵が目に浮かんできて困った。語り手の奇想天外な思い出話が最後になって現実と結びつく、枠物語形式が余韻を残します。転生が理屈で説かれそうででもやっぱり辻褄は合い切らないままで、両者を繋ぐのがお経というのがいっぷう変わっていますが、巻末に書き下ろされたのが「死者のための音楽」だと思えば何となく納得するようなしないような。
「井戸を下りる」★★★★☆
――逃げ場所は周囲になかった。父に叱られる様を想像して私は震えた。そのとき古井戸に気づいた。でも、焦っていたんだろう。途中まで下りたとき、手が滑って縄をはなしてしまったんだ。どれだけ気絶していたんだろうね。井戸へ落ちたはずなのに、布団へ寝かされていた。女がいて手拭いを洗っていた。「ここは……」「井戸の底です」
前述したようにデ・ジャヴだったから、初めのうちは乱歩かなんかの本歌取りかね。。。だなんて思っていました。71ページで終わっていれば、古式ゆかしい怪談話なんだけれど、そこから得体の知れない闇(文字通りの!)に分け入っていく感じが、グロテスク・ファンタジーめいてぞわぞわします。
「黄金工場」★★★★☆
「未完の像」★★★★☆
――少女が訪ねてきたとき、師匠は外に出ていた。「なんの用ですか」「弟子入りしたいのだが、女でも仏師になれるのか? 私はこれまでに何人もの人を殺してきた。近いうちに縛り首にされるだろう。その前に仏像を彫って残しておきたいんだ」
本物以上に本物らしい木像を彫ることができる人間が仏像を完成させてしまったなら、そこにあるのは本当の仏様なのではないか……というあり得ない発想の飛躍が一つの魅力です。求道ものではなく飽くまで奇譚であるのがいい。さみしい人どうしがちょっと心を通わせるほのかな温かみが、読み終えたあともじわじわと大きくなる作品でした。
「鬼物語」★★★★★
「鳥とファフロッキーズ現象について」★★★★☆
「死者のための音楽」★★☆☆☆
――はじめてあの音楽を聞いたのは、まだ十歳のときだった。知っているでしょう、わたしが泳げないってこと。意外と深いのよ、あの川。自分は死ぬのかな、とおもったの。そのとき、あぶくの音のむこうから、うつくしい音楽が聞こえてきたのよ。
『幽』連載の作品はすべてしっかりと「物語」していたのですが、残念ながら本篇は物語性が薄まって内的なつぶやき調になってしまっています。山白朝子の魅力は(少なくともわたしが求めているのは)、美しい物語なのだということがわかった一篇でした。
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