これまで知られていなかった絵巻の発見により、百鬼夜行絵巻成立の謎が明らかに――といっても文芸評論のような華麗なレトリックを駆使した、快刀乱麻を断つごとき快著ではありません。新書なのに手を抜かずにけっこう学術的な手順を踏んでゆく――ぶっちゃけて言えば地味な作業です。
前半はそうやって、いわば仮説を証明するための手続きが、絵巻の諸本を丁寧に参照して論じられています。その過程でさまざまな絵巻が紹介されているので、成立事情なんて興味ないやい妖怪が好きなだけだい――というわたしみたいな読者でも、それを眺めているのは楽しい。
どれが祖本で系統がどうで――というのには興味の薄いわたしには、むしろ第四章が面白かったです。百鬼夜行絵巻には鳥獣戯画や付喪神絵巻など先行する作品を模写したと見られる図柄があるが、では百鬼夜行絵巻に描かれている兎や蛙はそれ自体で「妖怪」なのか? だがそうだとすると、鳥獣戯画も「妖怪」絵巻になってしまうが――。この設問は非常に魅力的であると同時に目の覚めるような指摘でした。では「戯画」と「妖怪」を分けるものは何なのか――? 結論は意外とあっけないのですが、そこに「擬人化」ならぬ「獣化」や「鬼化」という概念も加わってくると、だんだんと当時の人々の発想のなかに分け入っていくような感覚も味わえます。
成立事情といっても模写の系統樹を探ってゆくのではなく、こういうふうに内容面から探ってゆくやり方だと、門外漢にも存分に楽しめました。
著者自身も認めているように、図版が小さいのが残念。しかし新発見絵巻のこのビジュアルは強烈です。
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