『ボリバル侯爵』レオ・ペルッツ/垂野創一郎訳(国書刊行会)★★★★★

 『Der Marques de Bolibar』Leo Perutz,1920年

 お決まりの手記の発見と編者による序文のあと――。

 ページをめくると、まるで狂人のような、あるいはチェスタトン作品の登場人物のような、奇矯な行動が目に飛び込んできます。庭のそこいらじゅうからわらわらと湧き出て口々に「閣下」「侯爵」「わが友ボリバル」と声をかける人々と、それを完全に無視する老人。不思議でもありコメディの一場面のようでもあるシーンに、たちまち引き込まれてしまいました。

 ことの真相は三十ページほどあとで明らかになるのですが、死してなおその意思だけは霊となって憑依しつづけるがごとき人知を越えた侯爵にしては、妙に凡人くさいというかあまりにも下世話な行動で、こういう場面を読むと、やはりすべては偶然のなせるわざだったのか……とも思えてきます。

 なにしろ敵方である侯爵が意図していた第一の合図をドイツ人将校たちが発してしまうのは、あろうことか私欲のためなのですから……。その時点ではまだ、運命の歯車の存在を感じさせない構成が巧みです。飽くまで侯爵の予言を利用した自演だと。序盤のうちはそれなりにリアリティをということですね。巻が進むにしたがい、わざとらしいほどに運命にからめとられてゆきますが、そのころには読んでいる方も物語にどっぷり浸ってしまい、非現実なできごとであろうとすんなり受け入れてしまいます。

 そして唐突とも思えるような、アンチ・キリスト! さまよえるユダヤ人が作品内でどういう意味を持つのかさっぱりわかりませんが、サン=ジェルマンやカリオストロを思わせるような人物が二人登場するだけでわくわくしてきます。

 1812年冬、ナポレオン軍占領下のスペイン、ラ・ビスバル市ではゲリラによる反攻計画の噂が囁かれていた。伝令任務中に負傷したローン少尉は、礼拝堂の屋根裏に身を潜めている間に、偶然、ゲリラの首領〈皮屋の桶〉と、現地の民衆の尊敬を集める神秘的人物、ボリバル侯爵との密談を聞いてしまう。侯爵は〈皮屋の桶〉にラ・ビスバル攻略戦を開始する三つの合図を授けた。「第一の合図で街道を占拠し、橋を爆破しろ。第二の合図で市を砲撃しろ。第三の合図で突撃命令を下せ」

 少尉の報告を受けた占領軍ナッサウ連隊のドイツ人将校たちは、市内に潜伏する侯爵を捕えて三つの合図を阻止しようとするが、動き出した運命の歯車は彼らを破滅へと追い立てていく……謎の侯爵、さまよえるユダヤ人、青年将校らが入り乱れる、探偵小説ばりの巧緻なプロットで読者を魅了、ボルヘスが絶賛した幻想歴史小説(カバー袖あらすじより)

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