『悪女』マルク・パストル/白川貴子訳(創元推理文庫)★★★☆☆

 『La mala mujer』Marc Pastor,2008年。

 20世紀初頭のバルセロナに実在した殺人鬼を、現役警察官が描く、スペイン・カタルーニャのミステリです。

 吸血鬼と呼ばれた誘拐殺人犯を取り巻く〈部下〉や夫や親たち、そして彼女を追う警察官たちの捜査が、死神の視点で綴られてゆきます。

 ところが意外なことに、〈悪女〉エンリケタについてはほとんど描かれることはありませんし、終盤に至っては出番すらありません。たまに出てきても彼女はただ行動するのみで、心理描写らしきものは一切なく、それがいっそうの残虐性を際立たせる結果になっています。ここらへんは、死神という観察者の語りが活きているというべきなのでしょう。

 関係者の言動を通して浮き彫りにされてゆくという手法とも違っていて、読み終えてみてもエンリケタについては歴史のなかに描かれた茫洋とした絵画のようでした。

 代わりに(?)と言うべきでしょうか、現実感を持って描かれているのが、捜査する側のモイセス・コルボ警部です。自分のなかの正義のためには暴力も辞さず上司には楯突く、ある意味では典型的な探偵役でした。子どもの産めない身体になってしまった妻との関係はぎこちなく、かつて事件で九死に一生を得たことがあり、弟の印刷工場で『ジキル博士とハイド氏』を読んでからというもの恐怖小説や探偵小説を読みふけるようになった、というなかなか濃い人物です。

 当然のことながら(?)理論派のホームズよりは現場の警官に肩入れしていて、捜査の過程で偽名を用いるときには「トビアス・レストラーデ」と名乗るくらいです。「小説の人物と同じ名前」というからいったい何の小説かと思いましたが、グレグスン警部のファースト・ネームとレストレイド警部のスペイン語読みでした。

 物語は死神が語り手である以上は当然の結末を迎えます。なるほど。

 カバーのイラストは遠目に見るとミュシャのようでしたが、近くで手に取ると悪女がただのおばさんで、捉えようによっては「悪女」や「吸血鬼」といった言葉から受ける幻想を剥ぎ取る良い効果を上げていると言えます。

 ところでタイトルになっているスペイン語「La mala mujer(悪い女)」は、日本語の「悪女」と同じような意味合いなのかが気になります。日本語の悪女にはファム・ファタル的なニュアンスも含まれる場合がありますが、それとも単に「悪人の女」という意味なのでしょうか。

 20世紀初頭のバルセロナ。幼い子どもが何人も失踪し、子どもをさらって貪る化け物の仕業だという噂が立つ。今日また一人、新たな子が姿を消し、頸動脈を噛みちぎられた男の死体まで発見された。その化け物の名はエンリケタ。人間の魂を刈り取る全知の存在が、「吸血鬼」と呼ばれた稀代の悪女の恐ろしさを語り尽くす。犯罪捜査官である著者が、犯罪者の実話に材を得て描く戦慄の物語。(カバーあらすじ)

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