『地球の中心までトンネルを掘る』ケヴィン・ウィルソン/芹沢恵訳(東京創元社 海外文学セレクション)★★★★☆

 『Tunneling to the Center of the Earth』Kevin Wilson,2009年。

 シャーリイ・ジャクスン賞&全米図書館協会アレックス賞受賞作。
 

「替え玉」(Grand Stand-In)★★★★☆
 ――この仕事のコツは、自分こそがお祖母ちゃんだと常に思い込むことだ。「祖母募集します:経験不問」。新聞広告にこんな求人を見つけて、わたしは〈グランド・スタンドイン〉という祖父母派遣会社のスタッフになった。“対面”は準備が大変だが報酬も増える。“替え玉”ともなるとミスは許されない。問題が生じて傷つくのは子どもたちだ。「今回の依頼は実は――本物がいまだご存命なんです」

 今風に言えば、「レンタルおばあちゃん」。――と、今風に言えてしまうところが困りものです。とっぴな設定のようでいて、その実、描かれていることはとてもナイーヴです。帯に「『あなた』だったかもしれない人たちの物語」と書かれてあるのは、そういった点でしょう。書き方こそ洗練されていますが、いっそ浪花節といっていいほどに共感を呼ぶ内容でもあるのです。たとえばお祖父ちゃん役スタッフのキャルの台詞、「ぼくは金を必要としているわけじゃない(中略)でも、ぼくのほうが、ぼくを必要としてもらいたくてね。誰かの役に立ちたいんだよ」。語り手とキャルの会話、「仕事だってことを忘れてしまえる瞬間が好きなの」「それこそ、ほかの人たちが実生活で経験していることじゃないか」「いいえ、ちがう(中略)だから、みんな、わたしたちを雇いたがるのよ。たとえお金と引き換えであっても、わたしたちの愛情を必要としているのよ」。
 

「発火点」(Blowing Up on the Spot)★★★☆☆
 ――ぼくは〈スクラブル〉の工場でQのコマを選り分ける仕事をしている。歩数を数えながら帰宅する。今日は7,383歩。一階の製菓店にはジョーンという娘がいる。三年まえに両親が死んでから、弟のケイレブは二度自殺を図っている。両親は発火した。自然発火したのだ。

 非生産的な仕事に、歩数を数えるというルーチンワーク。文字通りの発火を抑えるためなのでしょうか。
 

「今は亡き姉ハンドブック:繊細な少年のための手引き」(The Dead Sister Handbook: A Guide for Sensitive Boys)★★★★★
 ――【ぶっきらぼうメソッド】1900年代初頭、当時の今は亡き姉たちによって開発された、自己防衛手段の一つ。繊細な少年であるあなたの部屋に無断で入り込んできた姉が、身体を丸めている。大丈夫かとたずねても答えず、だいぶたってから「わかんない」と答える。【よく似た人】繊細な少年が遭遇する、今は亡き姉に似た人の数は、四名以上十一名以下とされる。

 架空の書物――というか架空の姉であり架空の少年でもある誰かを対象にした架空のハンドブック。ラクロス自傷や日記帳といった〈実際にありそうなこと〉が組み合わされてでっちあげられた大嘘は、どこかにいそうでどこにもいなさそうな家族のファンタジーです。
 

「ツルの舞う家」(Birds in the House)★★★☆☆
 ――うちの一族の男連中が〈楢の木屋敷〉に集まってツルを折っている。祖母の遺言のせいだ。ひとりあたり二百五十羽のツルをテーブルに積み上げ、扇風機の風で飛ばし、最後に残った一羽を折った者が屋敷を相続するのである。兄弟が集まって作業しているうちに仲直りしてほしいというのが祖母ちゃんの狙いだった。だがこれまでのところ父たちはちっともうまくやれてない。

 飛んでいる鶴のイメージと、それに込められた語り手の願いが美しい作品です。男たちの思いと行動が醜く滑稽であるだけに、なおのこと。
 

モータルコンバットMortal Kombat
 

「地球の中心までトンネルを掘る」(Tunneling to the Center of the Earth)★★★☆☆
 ――ぼくたちは地球の中心までトンネルを掘ろうとしていたわけじゃない。ともかく穴を掘った。ただ、それだけのことだ。三人とも気づいていたのだ。大学生活というのは、その先の人生の準備期間だということを。そうした世間の期待との距離感のようなものが、ぼくたちにシャベルを持ち出させたんじゃないだろうか。

 トンネルを掘って地下で暮らすのに何か目的があるわけじゃありません。現実逃避。モラトリアム。部屋に閉じ籠もるのとも、世界一周旅行に出かけるのとも、さして大差はないように思います。
 

「弾丸マクシミリアン」(The Shooting Man)★★★★☆
 ――ポスターを見かけて、そいつが自分の頭に弾丸を撃ち込むとこを見物しにいこうってスービーを誘い、うんと言わせるのに、とんでもなく手間がかかっちまった。「なぜわざわざそんなものを見にいくの?」主任のエリスが言うには、そいつの頭のうしろから、おえっとなりそうなもんが、どばっと飛び散ったという話だ。

 どう考えても非常識で非現実的なのに、タネ明かしをされたように妙に納得してしまう自分がいました。語り手がそれなりに充実している様子を見るにつけても、それまでの人生どれだけ不毛だったのかと悲しくなってしまいます。そしてそういった不毛な人間たちが大勢いるという現実。
 

「女子合唱部の指揮者を愛人にした男の物語(もしくは歯の生えた赤ん坊の)」(The Choir Director Affair (The Baby's Teeth))

「ゴー・ファイト・ウィン」(Go, Fight, Win)
 

「あれやこれや博物館」(The Museum of Whatnot)
 

「ワースト・ケース・シナリオ株式会社」(Worst-Case Scenario)★★★★☆
 ――ぼくは〈ワースト・ケース・シナリオ株式会社〉に勤務している。客先をまわっては、“起こりうる最悪の事態”をせっせと売り込んでいる。でもそれに対して力になれることは何もない。提示できるのは起こりうる事態であって、それをどうやって防ぐかではない。

 ワースト・ケース・シナリオ会社だけでもインパクト絶大なはずなのに、抜け毛を気にして抜け落ちた毛を保管している(あまつさえそれで枕を作ってしまう)というエピソードがそれを上回っていました。

  

『ヤオチノ乱』2、熊倉献『生花甘いかしょっぱいか』「盤上兄弟」

『ヤオチノ乱』2 泉仁優一(講談社
 2巻はkindle版のみ。そりゃ宣伝もしていないのだから紙媒体が売れるわけもない。四季賞出身とはいえ四季賞準入選作「無常の霧音」は本誌には載らず、掲載は講談社漫画誌サイトの「モアイ」のみ。2巻の発売もたまたま著者twitterをチェックしていなければ知ることはありませんでした。

 2巻は八百蜘一族の選抜試験の続きです。1巻では2組のペアを撃破したキリネ&シンヤ組。2巻でも他の志願者をあぶり出すことに成功しますが、敵もここまで脱落せずに残っている実力者で、キリネをして「すごい(中略)ここまで細部を作って演じきるとは」と言わしめます。この志願者とキリネの攻防に、1巻からちらほら顔を出していた卑怯者顔の志願者コンビとシンヤのぼんくらぶりが加わって転がってゆくのですが、あっさりと決着がついたのは意外でした。3巻からはいよいよ本編(?)がスタートの模様。シンヤはどうなるのでしょうか。
 

『生花甘いかしょっぱいか』熊倉献
 『春と盆暗』の著者による新作。2018年8月からコミックDAYSで連載され、2019年5月8日で最終回を迎えました。連載していることに気づいたのは最近になってからでした。

 何と縦書き縦スクロール漫画です。場面によってはコマではなく縦に絵が繋がっているので、単行本化は難しそうです。紙媒体化はまず無理でしょうし、kindleでも難しそう。もし単行本化されたとしても、連載とは違うスタイルになりそうです。

 舞台は葬儀用の花屋、そこでアルバイトをする青年相田とバイトの先輩夏目さんが主人公です。内容は『春と盆暗』同様、ぼんやり男子によるちょっとだけ変わったお姉さんへの片想い未満が描かれます。だから一話完結だった『春と盆暗』とは違って、煮え切らない関係が続いてゆくことにます。なので一目惚れでもなく、相田が自分の気持に気づくのも2話目でした。その気づき方が面白く、微笑ましい場面の多い著者の作品ですが、この場面には大笑いしました。
 

「盤上兄弟」熊倉献
 著者のデビュー読み切り。コミックDAYSに再掲されていました。妻の年の離れた弟と、入り婿の旦那さんによる、著者独特の風変わりな“戦争”が描かれています。その風変わりさが天然ではなく意図的なところが、『春と盆暗』や『生花甘いかしょっぱいか』とは違うでしょうか。図案やイラストで表現された心象風景によって登場人物が自分の感情を自覚するという作風は、すでに確立されていました。
 

  コミックDAYS 

「狐の嫁入り」「Letter」『good!アフタヌーン』2019年6月号、『リボーンの棋士』3

good!アフタヌーン』2019年6月号(講談社

亜人」68「破算」桜井画門
 ついに佐藤の腕を狭い空間に放り込むことができましたが……。あのままで終わるはずがないとは思っていましたが、ここで「佐藤の性格」が出てくるとは予想できませんでした。
 

狐の嫁入り」前田恵美
 ――子どものころから見えていた人ならざるものを文章にして小説家になった恵一だったが、今では何も見えなくなりスランプに陥っていた。そんなとき、子どものころ目撃した狐の嫁入り行列の花嫁狐が、恵一の嫁にしてくれと押しかけてきた。

 四季賞2019年春のコンテスト沙村広明特別賞受賞作。絵がきれいで丁寧です。設定自体はありきたりなのに、関わるなと言われた人外のものに関わったその先にまで踏み込み、狐が嫁入りしてきた理由や語り手の思い出や人生観などすべてひとつに収束してゆく結末に説得力があります。
 

「Letter」近藤汐音
 ――サンタクロースが本当にいるのか実験をしてみることにした。家のポストに手紙を入れて、母親が早朝ポストを確認する前になくなっていたらサンタはいる。神を信じる少年に出会った少女は、父親が出し忘れた年賀状を投函しに、兄のバイクに同乗して出かけるが……。

 四季賞受賞作。独特の絵や世界観がひとりよがりにはなっていません。少女の実験自体が面白いのですが、そこから少年や年賀状の話になって実験はどうなったのかと思う暇もなく、少年のことも実験のことも見事に着地しているきれいな結末のつけかたでした。
 

『リボーンの棋士』3 鍋倉夫(小学館ビッグスピリッツコミックス)
 アマ竜皇戦。安住VS土屋。対局だけで、特に盤面の解説があるわけでもないのに、人間ドラマになっているのがこの漫画のすごいところ。ただの傍観者だった人たちが見る間に引き込まれてゆくのを見て、読んでいるこちらも熱くなります。
 

   

『氷菓』米澤穂信(角川文庫)★★★☆☆

 米澤穂信のデビュー作。「古典部」シリーズ第一作。

 『さよなら妖精』が古典部シリーズの一作として構想されていたという話は知っていましたが、なるほど何となく共通項や似た雰囲気がありました。

 序章を除く最初の二章が一話完結式でそれぞれ「部室に外から鍵をかけられて閉じ込められたのはなぜ?」「毎週金曜日に校史が借りられてその日のうちに返却されるのはなぜ?」といった日常の謎が解き明かされるので、てっきり短篇集なのかと思っていたところ、これは主人公・折木の推理(?)能力を古典部員・千反田に認めさせるための段取りだったようで、最終的には、三十三年前に千反田の伯父・関谷純や古典部に何が起こったのか?が、本書を貫く大きな謎になっていました。

 関係者から話を聞くことができないため、過去の部誌などの記述のみを手がかりに真相に迫ってゆく、『七人のおば』タイプとでもいうのか、純粋にデータのみをもとに推論を重ねる純度の高い謎解き型ミステリの形が取られているのが意外でした。

 そして、真相は、苦い。苦いというよりも、不快ですらあります。物語にされてしまえば、事実はその裏に消えてしまいます。それはたとえば今のマスコミがやっていることにも似ていて、だからある意味この古典部シリーズの「スピンオフ」ともいえる太刀洗シリーズにも共通する苦さであるのは、当然といえるのでしょうか。

 いつのまにか密室になった教室。毎週必ず借り出される本。あるはずの文集をないと言い張る少年。そして『氷菓』という題名の文集に秘められた三十三年前の真実――。何事にも積極的には関わろうとしない“省エネ”少年・折木奉太郎は、なりゆきで入部した古典部の仲間に依頼され、日常に潜む不思議な謎を次々と解き明かしていくことに。さわやかで、ちょっぴりほろ苦い青春ミステリ登場! 期待の新星、清冽なデビュー作!!(カバーあらすじ)

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『マルセル・シュオッブ全集』「二重の心」マルセル・シュオッブ(国書刊行会)

 『Les Œvres completes de Marcel Schwob』

 「栞」山尾悠子西崎憲ほか。蔵書票付き。

 まずは『二重の心』を読む。

『二重の心』(Cœur double,1891)

「I 二重の心」(I. Cœur double)

「吸血鬼」大濱甫訳(Les Striges)
 ――限りある人の生のむなしさを、吸血鬼(による死)に託して語った、とある晩餐の物語。

「木靴」大濱甫訳(Le Sabot)★★★★☆
 ――悪魔にそそのかされた少女が、惨めな一生を送るが、それは実は悪魔の見せた夢であり、少女が地獄に堕ちてでも悪魔についてゆく方を選ぼうとするとき、一つの奇跡が……。無垢に対比させられるのは、邪や悪などではなく、大衆生活であるのかもしれません。
 

「三人の税関吏」大野多加志(Les Trois Gabelous)
 ――三人の税関吏が、財宝を求めて船を追いかけ、哀れ海の藻屑と消える……。
 

「〇八一号列車」多田智満子訳(Le Train 081)★★★☆☆
 ――一八六五年の五月ごろ、マルセイユコレラの恐怖に怯えていた。蠅のように人が死んでいったそうである。九月、今のところパリは無事である。一八〇号列車を運転していると、赤っぽい霧に包まれた列車がわたしらと並んで走っていた。

 澁澤のアンソロジーにも選ばれている有名作。コレラの恐怖を怪異に重ねて描くことで、現代人にも怖がりやすい作品になっています。
 

「要塞」大濱甫訳(Le Fort)★★★★☆
 ――要塞は孤立していた。救援を訴える手段もなくなってしまった。そのとき二人の兵士が至急便に立候補した。「なあ、死ぬのが恐いわけじゃない。だが故郷のあばらやは寂しいだろうな」「停まれ」いくつもの人の群れが行進している。「敵襲だ。急いで引き返して知らせよう」。戦争の一場面を切り取ったもの。ドラマなんてない。なのにすべてがドラマチックです。
 

「顔無し」大濱甫訳(Les Sans-Gueule)★★★★☆
 ――飛んできた銅鉄の破片に顔を削がれ、赤い人間のパイのようになった二人は、野戦病院で「顔無し一号」「二号」という名をつけられた。手脚を動かすことと喉から嗄れ声を出すことしかできない。あるとき女が訪ねてきて、夫ではないかと訴えた。

 顔も声も剥ぎ取られた人間に対する周りの反応よりもむしろ、そうした周りの愛情を感じ取って二人の性格に差が出始めるくだりに、妙なリアリティを感じました。
 

「アラクネ」大濱甫訳(Arachné)
 ――ぼくは気狂いではないし、心臓が止まり血が色褪せても、死んだわけじゃない。星たちの彼方で蜘蛛に化身したアラクネの糸にぶらさがって揺れているだろう。刺繍女工のアリアーヌの頸を絹糸で締めたのだって、死んだわけじゃない。
 

「二重の男」大野多加志(L'Homme double)★★★★☆
 ――その男は殺人を否定した。「犯行当時は部屋で寝ていました」だが証人はみな男を認めた。判事は決然と事件の核心に踏み込んだ。男の目の前に凶器の包丁をおいた。効果は驚くべきものであった。

 不思議なタイトルですが、何のことはない二重人格のことです。19世紀の作品であるだけに素朴と言えば素朴ですが、淡々と判事の審理が進んでいくだけに、ラストシーンには得も言われぬ迫力がありました。
 

「顔を覆った男」大濱甫訳(L'Homme voilé)
 ――車室には先客が二人いた。豹の皮みたいな毛布をかぶった眠った男と、感じのいい顔をした男だった。後者の男が眠りにつくと、眠っていた男が音もなく起き上がった。だがなぜかその顔は見えなかった。

 これも二重人格ものと言っていいでしょう。顔の見えない男による殺人。言うまでもなく、殺人者は語り手自身にほかなりません。
 

「ベアトリス」大濱甫訳(Béatrice)
 ――プラトンの詩に触発されて、愛する者のうちに魂が乗り移ることこそ至高の愛だと信じた男女の末路。

リリス」多田智満子訳Lilith)★★★★☆
 ――詩人は現し世で女を愛しうるかぎり、じつに心のかぎり彼女を愛した。最後に愛し結婚したこの北国の女に、アダムの妻である最初の女にちなんでリリスという名を与えた。リリスが死んだとき、たちどころに一編の詩を作りあげ、ペンを折った。

 「他のものたちを誘惑するようにと蛇を誘惑した」というのがマイナスポイントではない点が面白いです。穢れない女性を求めるのではなく、飽くまで詩人なりの美意識にかなうかどうかなのでしょう。しかし結局、彼が住んでいるのは天上ではなく地上なのでした。
 

「阿片の扉」多田智満子訳(Les Portes de l'opium)★★★★★
 ――わたしは自分自身からのがれ出て別人になりたいという欲望を感じていた。そういう次第であの扉に好奇心を抱いてしまったのである。よく考えもせず、有毒の煙管から二、三服吸い込んだ。やがて引戸から見たこともない姿の若い女が入ってきた。――おまえはわたしのものだ。何もかもおまえにやってしまおう……。


 阿片の魔力を、幻想的に描きつつ、身も蓋もなく即物的でもあるという、短篇らしくきりりと引き締まった作品でした。
 

「交霊術」大濱甫訳(Spiritisme)★★★★☆
 ――交霊術協会は奇妙なところだった。ぼくは「難問」を考え、ジェルソンがここにいるかとたずねた。お暇かどうかわかりません、と霊媒が言った。その方が亡くなられたのは確かですか。もう何年も前からイノサン墓地に眠っているはずです、とぼくは答えた。

 現実と非現実との関わりにおいて、非現実寄りの作品が多いなか、現実に殴り込みをかけられたような「阿片の扉」とは逆に、最後になって非現実に投げ飛ばされる作品でした。スラップスティックと言っていいと思います。
 

「骸骨」大濱甫訳(Un Squelette)
 ――僕は幽霊屋敷に泊まったことがある。寝ようとしたところ、煖炉のそばにトム・ボビンズがいた。一年以上も会っていなかったが、ひどく痩せているように見える。いや、それどころか、やつの帽子はむき出しの骸骨の上にのっていた。
 

「歯について」大濱甫訳(Sur les dents)★★★★☆
 ――家に帰ろうとしたとき、男がぼくの口をじろじろ見つめた。「ムッシュー、あなたの門歯は骨疽に冒されている可能性がありますよ」。ぼくは自分の歯のことが心配になり、その男の診療所を訪れると、あわれな歯に孔をあけられてしまった。

 これもスラップスティック。「竹馬のような脚をして、煙突のように長い『シルクハット』を被」っている男の様子や、聞き間違い言い間違いからして、すっとぼけた味わいがありますが、わけても最後に明かされる、鬘師が禿げていたり床屋が髭だらけでいたりする理由には笑いを禁じ得ませんでした
 

「太った男 寓話」大野多加志(L'Homme gras)
 ――その太った男は頑丈でずんぐりと太ったものに囲まれていました。そこに痩せた男が入ってきて、「あなたは糖尿病の危険がある」と言いました。

「卵物語」多田智満子訳(Le Conte des ?ufs)
 ――王様が復活祭の日曜日に何を食べるべきか相談なさいました。「卵を召し上がる他ございません」。王様は四旬節の四十日間卵しか食べていません。「なにかほかのものがほしいな」「卵の調理法はもはやございませんが、卵を孵させるという手がございます」

「師《ドン》」大濱甫訳(Le Dom)
 ――「最も低い階層に属する者でも人生に満足し善行を施すことができるとお考えですか」道化からたずねられた王は、王位とすべての特権を廃止し、頭を剃り、王城を出発した。
 

「II 貧者伝説」(II. La Légende des gueux)

「磨石器時代琥珀売りの女」大野多加志(L'Âge de la pierre polie : La Vendeuse d'ambre)★★★★☆
 ――その女は湖上に住む人間たちとは違った。手足はすらりとし、物腰は優雅で、見たこともないような美しい琥珀や首飾りや腕輪を売っていた。老爺の目は釘付けになり、息子たちと何やら相談していた。

 「貧者伝説」という邦題は垢抜けませんが(ここでの「gueux」は「ならず者、ろくでなし」の意だと思いますし)、要はスラム辺りを舞台にしたクライム・ノヴェル――石器時代バージョンといったところ。石器時代の生活を、見てきたように嘘を書くのが小説家の才能というものでしょう。
 

「ローマ時代―サビナの収穫《とりいれ》」大濱甫訳(L'Époque romaine : La Moisson sabine)
 ――婚約者を戦争にとられた娘が、収穫の日、軍隊の通る街道のほとりに行って、長いこと待っていた。

「十四世紀 野武士たち―メリゴ・マルシェス」大濱甫訳(Quatorzieme siècle. ? Les routiers : Mérigo Marchès)
 ――掠奪を繰り返して処刑された傭兵隊の隊長メルゴ・マルシェス。元傭兵隊のロバンらはメリゴの隠した財宝を探しに行く。

「十五世紀 ジプシー―「赤文書」」大野多加志(Quinzième siècle. ? Les Bohémiens : Le « Papier-Rouge »)★★★★★
 ――十五世紀の写本を繙いているうち、〈赤文書〉にたどり着いた。カイロの王女と呼ばれる女が捕えられ、シャトレ裁判所で拷問にかけられた。彼女は書記をにらみつけ、書記が詐術により記す仲間たちの罪は、そのまま書記の罪となるだろうと言った。

 型通りと言えば型通りとはいえ、こういう間然するところのない話は大好きです。
 

「十六世紀 涜神者―放火魔」大野多加志(Seizième siècle. ? Les sacrilèges : Les Boute-feux)★★★★★
 ――トロワの町が全焼したという報せが届いた。人相も悪く決して清廉潔白とも言えなかった三人の男たちは、放火魔の恐怖に怯えた群衆になぶり殺しにあわされるのを怖れて、城壁外をうろついていた。西のはずれに着くと教会に押し入り「ひもじい」からと言って「聖体」をほおばった。

「十八世紀 カルトゥーシュ一味―最後の夜」大濱甫訳(Dix-huitième siècle. ? La bande à Cartouche : La Dernière Nuit)★★★★☆
 ――ジャン・ノテリーは若い頃カルトゥーシュ一味に加わって人殺しや盗みをしていた。「恐ろしい人だったよ。裏切者は許さなかった。だが密偵を殺ってからは何ごともうまくいかなんだ。いよいよとなったとき、おれは情婦をかくまうよう頼まれた。カルトゥーシュは情婦の肩に短刀で印をつけた」

 DとC――それがカルトゥーシュの頭文字である保証はない、むしろイニシャルから思いついた騙りである可能性のほうがありそうなことなのですが、だからこそ、そこに収斂する物語が完璧なものなのだと思います。
 

「革命時代 盗賊―人形娘《プーペ》ファンション」大濱甫訳(La Révolution. ? Les chauffeurs : Fanchon-la-Poupée)
 ――繕い女のファンションはとても美しい娘だった。♪フランス国民兵に好きなひとがひとり……。ええ、ほんと。わたし国民兵のラ・チューリップに夢中なの。でも情人だなんて思わないで。

「ポデール」大濱甫訳(Podêr)
 ――ポデールのことを、仲間はジャン・マリー新兵と呼んでいた。フートロとかいうひどいゲームをしながら、わたしに昔のことをよく話してくれた。あるとき「百スーくれよ、あの娘と抜け出すんだ」と言って、わたしから金を巻き上げて駆けていった。

「アルス島の婚礼」大野多加志(Les Noces d'Arz)
 ――その娘はアルス島の婚礼に行きたがった。島にいるのは娘だけ。結婚していない娘に熟していないナナカマドの実を七つ食べさせれば、娘は青年に姿を変える、というのだ。

「ミロのために」大野多加志(Pour Milo
 

「病院」大濱甫訳(L'Hôpital)
 ――患者である兵隊たちはアンジェール修道尼の歌声に耳をすませ、布団をかけてもらいたくてわざと布団をはいだ。あるときひとりの老予備兵が運び込まれた。老いたいまわしい心のなかにも、かつて愛した娘の面影は残っていた。

「心臓破り」大野多加志(Crève-cœur)
 ――そいつは男にとっては「恐怖」、女にとっては「心臓破り」だった。彼はどこまでも女について回り、一人になれば脅迫した。こうして二人は屋台にたどり着き、レスラーの小屋の前で立ち止まった。彼は即座にリングに飛び出し、挑戦を申し込んだ。
 

「面」大野多加志(Le Loup)★★★★☆
 ――若い男と四十がらみの女が犬から逃げながら石切場にたどり着いた。前科者の男たちは女を見て囃し立てた。針金の面をかぶった痩せた石切工に挑発され、若者はつるはしを持って決闘を始めた。女はそれを止めようとした。「やめてくれ。あたいはあいつを知っているんだ」

「サン・ピエールの華」大濱甫訳(Fleur de Cinq-pierres)
 ――ルイゼットは小さくて痩せていたが、口は赤く目は黒く胸は突き出、掌は街の華らしく病気でばら色だった。すっとそらされる若者たちの視線が好きだった。その一人が彼女の心を緊めつけた。「おれは『殺し屋』だ」。彼女は腹を抱えて笑った。「大嘘つき、大泥棒、大人殺しってわけね」

「スナップ写真」大濱甫訳(Instantanées)
 

「未来のテロ」大濱甫訳(La Terreur future)

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