『地球の中心までトンネルを掘る』ケヴィン・ウィルソン/芹沢恵訳(東京創元社 海外文学セレクション)★★★★☆

 『Tunneling to the Center of the Earth』Kevin Wilson,2009年。

 シャーリイ・ジャクスン賞&全米図書館協会アレックス賞受賞作。
 

「替え玉」(Grand Stand-In)★★★★☆
 ――この仕事のコツは、自分こそがお祖母ちゃんだと常に思い込むことだ。「祖母募集します:経験不問」。新聞広告にこんな求人を見つけて、わたしは〈グランド・スタンドイン〉という祖父母派遣会社のスタッフになった。“対面”は準備が大変だが報酬も増える。“替え玉”ともなるとミスは許されない。問題が生じて傷つくのは子どもたちだ。「今回の依頼は実は――本物がいまだご存命なんです」

 今風に言えば、「レンタルおばあちゃん」。――と、今風に言えてしまうところが困りものです。とっぴな設定のようでいて、その実、描かれていることはとてもナイーヴです。帯に「『あなた』だったかもしれない人たちの物語」と書かれてあるのは、そういった点でしょう。書き方こそ洗練されていますが、いっそ浪花節といっていいほどに共感を呼ぶ内容でもあるのです。たとえばお祖父ちゃん役スタッフのキャルの台詞、「ぼくは金を必要としているわけじゃない(中略)でも、ぼくのほうが、ぼくを必要としてもらいたくてね。誰かの役に立ちたいんだよ」。語り手とキャルの会話、「仕事だってことを忘れてしまえる瞬間が好きなの」「それこそ、ほかの人たちが実生活で経験していることじゃないか」「いいえ、ちがう(中略)だから、みんな、わたしたちを雇いたがるのよ。たとえお金と引き換えであっても、わたしたちの愛情を必要としているのよ」。
 

「発火点」(Blowing Up on the Spot)★★★☆☆
 ――ぼくは〈スクラブル〉の工場でQのコマを選り分ける仕事をしている。歩数を数えながら帰宅する。今日は7,383歩。一階の製菓店にはジョーンという娘がいる。三年まえに両親が死んでから、弟のケイレブは二度自殺を図っている。両親は発火した。自然発火したのだ。

 非生産的な仕事に、歩数を数えるというルーチンワーク。文字通りの発火を抑えるためなのでしょうか。
 

「今は亡き姉ハンドブック:繊細な少年のための手引き」(The Dead Sister Handbook: A Guide for Sensitive Boys)★★★★★
 ――【ぶっきらぼうメソッド】1900年代初頭、当時の今は亡き姉たちによって開発された、自己防衛手段の一つ。繊細な少年であるあなたの部屋に無断で入り込んできた姉が、身体を丸めている。大丈夫かとたずねても答えず、だいぶたってから「わかんない」と答える。【よく似た人】繊細な少年が遭遇する、今は亡き姉に似た人の数は、四名以上十一名以下とされる。

 架空の書物――というか架空の姉であり架空の少年でもある誰かを対象にした架空のハンドブック。ラクロス自傷や日記帳といった〈実際にありそうなこと〉が組み合わされてでっちあげられた大嘘は、どこかにいそうでどこにもいなさそうな家族のファンタジーです。
 

「ツルの舞う家」(Birds in the House)★★★☆☆
 ――うちの一族の男連中が〈楢の木屋敷〉に集まってツルを折っている。祖母の遺言のせいだ。ひとりあたり二百五十羽のツルをテーブルに積み上げ、扇風機の風で飛ばし、最後に残った一羽を折った者が屋敷を相続するのである。兄弟が集まって作業しているうちに仲直りしてほしいというのが祖母ちゃんの狙いだった。だがこれまでのところ父たちはちっともうまくやれてない。

 飛んでいる鶴のイメージと、それに込められた語り手の願いが美しい作品です。男たちの思いと行動が醜く滑稽であるだけに、なおのこと。
 

モータルコンバットMortal Kombat
 

「地球の中心までトンネルを掘る」(Tunneling to the Center of the Earth)★★★☆☆
 ――ぼくたちは地球の中心までトンネルを掘ろうとしていたわけじゃない。ともかく穴を掘った。ただ、それだけのことだ。三人とも気づいていたのだ。大学生活というのは、その先の人生の準備期間だということを。そうした世間の期待との距離感のようなものが、ぼくたちにシャベルを持ち出させたんじゃないだろうか。

 トンネルを掘って地下で暮らすのに何か目的があるわけじゃありません。現実逃避。モラトリアム。部屋に閉じ籠もるのとも、世界一周旅行に出かけるのとも、さして大差はないように思います。
 

「弾丸マクシミリアン」(The Shooting Man)★★★★☆
 ――ポスターを見かけて、そいつが自分の頭に弾丸を撃ち込むとこを見物しにいこうってスービーを誘い、うんと言わせるのに、とんでもなく手間がかかっちまった。「なぜわざわざそんなものを見にいくの?」主任のエリスが言うには、そいつの頭のうしろから、おえっとなりそうなもんが、どばっと飛び散ったという話だ。

 どう考えても非常識で非現実的なのに、タネ明かしをされたように妙に納得してしまう自分がいました。語り手がそれなりに充実している様子を見るにつけても、それまでの人生どれだけ不毛だったのかと悲しくなってしまいます。そしてそういった不毛な人間たちが大勢いるという現実。
 

「女子合唱部の指揮者を愛人にした男の物語(もしくは歯の生えた赤ん坊の)」(The Choir Director Affair (The Baby's Teeth))

「ゴー・ファイト・ウィン」(Go, Fight, Win)
 

「あれやこれや博物館」(The Museum of Whatnot)
 

「ワースト・ケース・シナリオ株式会社」(Worst-Case Scenario)★★★★☆
 ――ぼくは〈ワースト・ケース・シナリオ株式会社〉に勤務している。客先をまわっては、“起こりうる最悪の事態”をせっせと売り込んでいる。でもそれに対して力になれることは何もない。提示できるのは起こりうる事態であって、それをどうやって防ぐかではない。

 ワースト・ケース・シナリオ会社だけでもインパクト絶大なはずなのに、抜け毛を気にして抜け落ちた毛を保管している(あまつさえそれで枕を作ってしまう)というエピソードがそれを上回っていました。

  


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