『S-Fマガジン』2019年12月号No.736

「第7回ハヤカワSFコンテスト受賞作先行掲載」
『オーラリーメイカー(冒頭)』春暮康一

『天象の檻(冒頭)』葉月十夏
 今回は大賞なし。選考委員選評あり。
 

小川隆追悼」

「巣」ブルース・スターリング小川隆(Swarm,Bruce Sterling,1982)

「追悼エッセイ」牧眞司・他
 

「金色の都、遠くにありて(後篇)」ジーン・ウルフ酒井昭伸(Golden City Far,Gene Wolfe,2004)★★★★☆
 ――ビルはいつも同じ夢の続きを見ていた。その世界では一糸まとわぬ黒髪と金髪の美女からキスをされ、犬がしゃべり、呪文の書かれた剣を手にしていた。ビルは学年一美しい同級生のスーと同じバスで帰宅していた。スーのおばさんダイナから話しかけられたが、スーによればおばさんは死んだはずだという。ビルティスと名乗った夢のなかの美女は名前はビルに似ていて、顔立ちは若い頃のダイナに似ていたし、スーにも似ていた。

 夢と現実が混沌一体となっていると考えても辻褄が合わなそうなところがあるのがとても著者らしい。大人になるための通過儀礼は学校生活のなかにではなく空想のなかにしか存在しなくとも不思議はないし、二人の出会いが運命であるのならそのルーツが異世界の因縁であってもおかしくはありません。
 

「書評など」
小川哲『嘘と正典』は、SFマガジン連載作に書き下ろしを加えた短篇集。「魔術師」は傑作中の傑作でした。ほかに山尾悠子『小鳥たち』、『幽霊島 平井呈一怪談翻訳集成』など。

シャルル・バルバラ『蝶を飼う男 シャルル・バルバラ幻想作品集』は、何年か前に『赤い橋の殺人』が刊行された著者の短篇集のようです。
 

「SFの射程距離(1)思考のストッパーを外せ」暦本純一
 AI研究者10名にインタビューする企画の第一回。
 

木崎文智×冲方丁『HUMAN LOST 人間失格』インタビュー
 

「世界SF情報」
 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞が改名されてしまったようです。無理心中=殺人ということで、殺人者の名を冠するのは相応しくないということらしい。アメリカはほんとうに差別のタネを新しく作り出すのが好きですね。
 

テッド・チャン『息吹』刊行記念特集」

「オムファロス」テッド・チャン大森望(Omphalos,Ted Chiang,2019)
★★★★★ ――主よ、人々のあいだで考古学がブームになっていて、講演に呼ばれたわたしは、交差年代決定法について話しました。二、三世紀前の木材サンプルには成長輪が止まるポイントがあり、八九一二年前より以前に成長輪はありません。主よ、それこそあなたがこの世界を創造された年だからです。主よ、きょう耳にしたことで、わたしは怯えています。ドクター・マカラックが『太陽と発光性エーテルの相対運動について』という論文を読ませてくれました。

 創造論が信じられている世界でそれを覆す事実が見つかったり、世界の中心は地球でも太陽でもないという天動説の証拠となる現象が発見されたりと、独自の世界観が面白く、スチーム・パンクのようなアナクロな未来を堪能でき、最後には新発見の事実により拠って立つ地盤が揺れた人間の希望が描かれます。
 

「2059年なのに、金持ちの子《リッチ・キッズ》にはやっぱり勝てない――DNAをいじっても問題は解決しない」テッド・チャン大森望(It's 2059, and the Rich Kids Are Stil Winning : DNA tweaks won't fix our problems.,Ted Chiang,2019)
 ――

 『息吹』には未収録の最新短篇。数十年後の紙面に掲載されているかもしれない特別記事という企画で書かれたものだそうです。当然のことながら現在の問題と密接に関わるものになっています。
 

「SF作家テッド・チャン、わたしたちとテクノロジーの関係、資本主義、絶滅の脅威について語る――ヒューゴー賞作家にしてSFの象徴が新たな短篇集とわたしたちの生活でテクノロジーが果たす役割の進化について考察する。」インタビュウ:コリン・グラウンドウォーター/鳴庭真人訳Sci-Fi Authur Ted Chiang on Our Relationship to Technology, Capitalism, and the Threat of Extinction : The Hugo award-winning icon discuses his new collection and the evolving role technology plays in our lives.,2019)
 単行本が初訳の「偽りのない事実、偽りのない気持ち」「大いなる沈黙」について語られています。
 

「死亡猶予」ピーター・トライアス/中原尚哉訳(A Reprieve from Death,Peter Tieryas,2019)★★★★☆
 ――黄泉ポータルの不調で次元断層が発生し、バイロンと相棒のフィオナは三日三晩寝られなかった。なのにバイロンはいま、警察署に行き、薬物を過剰摂取したビビアンを引き取っていた。なぜか昨日から人が死ななくなっていた。ある日バイロンは同業者の訪問を受けた。植物状態の妹のため復讐したせいで死刑判決を受けたが、妹の介護のために死刑の執行停止を頼みたい。それができるのはバイロンだけだという。

 何気ない一言がある人の命を救い、多くの人の命を奪った(と少なくとも本人は思っている)あとの、どうにでもなれという感じの終わり方が余韻を残します。
 

神林長平年代別ベスト座談会」大森望×前島賢×冬木糸一

神林長平デビュー40周年トークショー 第1部 言葉使い師の軌跡」神林長平×虚淵玄×小川哲
 

 [amazon で見る]
 SFマガジン 2019年12月号 

『おとなになっても』(1)志村貴子、『レディ&オールドマン』(8)オノ・ナツメ、「獅子狩り」稲見独楽、『アルマ』三都慎司(ヤングジャンプ 44号)

『おとなになっても』(1)志村貴子講談社KC Kiss)
 志村貴子の新作。とつぜん女同士の恋愛に目覚めてしまって旦那も巻き込んで相手にも旦那にも迷惑をかける天然で肉食な人妻・綾乃と、意外と純粋な朱里の物語。
 

『レディ&オールドマン』(8)オノ・ナツメ集英社ヤングジャンプコミックス)
 完結。なんだかあんまり盛り上がらずに終わっちゃいました。ナットのくだりも、おしゃれな「その後」の描き方というよりは取って付けに感じられてしまいましたし。
 

「獅子狩り」稲見独楽(『アフタヌーン』2004年10月号)
 ――前王の死にともない新たなファラオとなったのは、まだ若くなよなよとした妾腹の青年だった。一行は王となるための儀式「獅子狩り」に出向くが、傍若無人な新王の振る舞いに、狩人たちは嫌気が差していた。

 2004年四季賞夏のコンテスト四季大賞受賞作。『弾丸ティアドロップ』の著者のデビュー作です。古代エジプトが舞台ということで『弾丸―』とはまったく異なりますが、どこか悟ったような少年が巨大なものに立ち向かう、という見方をすれば、通ずる部分もあります。通過儀礼は何も王のためだけとは限らないのです。
 

『アルマ』(1)三都慎司(集英社ヤングジャンプ』44号)
 『ヤングジャンプGOLD』掲載の読み切りが設定も新たに連載化されていました。何らかの理由で人口が減り、ギジンという機械が存在している世界。ラムダという猫型(?)ロボットが新たに加わっています。
 

 [amazon で見る]
 おとなになっても 1 レディ&オールドマン 8 アフタヌーン 2004年10月号 ヤングジャンプ 2019年44号10/17号 

『メダリオン』ゾフィア・ナウコフスカ/加藤有子訳(松籟社 東欧の想像力12)★★★★☆

 『メダリオン』ゾフィア・ナウコフスカ/加藤有子訳(松籟社 東欧の想像力12)

 『Medaliony』Zofia Nałkowska,1946年。

 ポーランドの作家による、証言聞き取りの形を取ったホロコースト文学。
 

「シュパンナー教授」(Profesor Spanner)
 ――そこには何百体もの死体があった。委員会の前で若い男が証言している。教授は死体標本の製作者として彼を雇った。皮膚をすっかり取り除き、人夫たちがきれいに集めた脂肪は、一冬寝かされ、そのあと石鹸にされた。

 悪名高いナチスによる人間石鹸にちなんだ作品。教授が実際に死体から石鹸を作ることのできる人間だと推測できたか、という問いに、倫理観からではなく「規律に従順」「国の経済状況に対する配慮」と答える証言者が恐ろしい。
 

「底」(Dno)
 ――弾薬工場では私たち女は毎日十二時間働きました。仕事を達成できない女が一人いたら、みんなが殴られました。体温を求めて抱き合おうものなら地下牢行きです。弱いものは寒さで死んでいきました。

 ドイツ兵が女たちを見て恐怖で目をまるくしたというエピソードから、証言者の女がほかの女性たちを思い出せないという結末にいたる心理の流れには、ぞっとさせられます。安っぽいホラーの理屈ではあり得ない、真実の恐怖がありました。
 

「墓場の女」(Kobieta Cmentarna)
 ――恐怖の時代、人は実家の庭に来るように、静けさと安全の唯一の場所である墓地にやって来る。彼女は私のこの確信を揺るがした。「こちらの墓のほうが上等ですよ。乾いてますから死体を置いても腐りません」

 墓地を「静けさと安全の唯一の場所」と定義することにまず衝撃を覚え、それすらもひっくり返される価値観にさらに衝撃を覚えます。
 

「線路脇で」(Przy torze kolejowym)
 ――あの若い女は脱走に失敗して線路脇にいた。男が見つけたとき女は一人だった。膝から血が流れていた。ウォッカと煙草を買って来てほしいと頼まれ、男はその望みを叶えた。女は警官たちに、もう一度撃ってくれと言った。

 この作品は本書のなかでも戦争色、ホロコースト色が薄い作品で、いつの時代どこの国の逃亡者の話としても、さらに言えば死を覚悟した人間の話としても、普遍性を持ち得ていると思います。
 

「ドゥヴォイラ・ジェロナ」(Dwojra Zielona)
 ――片目に黒い眼帯をした女性がカウンターに立っていた。「数年間、眼鏡をかけていなかった」「どうしてでしょう」「収容所にいたからだよ」

 タイトルになっている人名は、ユダヤ名+ポーランド姓である由。これまた冒頭がショッキングです。
 

「草原《ヴィザ》」(Wiza)
 ――「ユダヤ人に憎しみなどありません。蟻やネズミに憎しみなどないのと同じです」彼女はポーランド人だった。「収容所では女親衛隊員がどなるのです。『ヴィザへ行け!』と。女たちは暖を取ろうとくっつき合っていました」

 ヴィザという言葉の意味の恐ろしさもさることながら、これまでの作品を読んできた人間には、「すべてが一緒になって動いていた」「その動くさまは(中略)ただ何か動物のよう(中略)か塊のようでした」という描写に説得力を感じてしまうところに、恐怖を覚えました。
 

「人間は強い」(Człowiek jest mocny)
 ――私たちはトラックで運ばれ、丸々九日間働かされました。新たにユダヤ人が運ばれてきたとき、ドイツ人は私たちを選別にかけ、弱った者がガス行きになりました。ある日、トラックから妻と子どもたちの死体が投げ出されました。私は死体の上に横になり言ったんだ、撃ってくれと。

 タイトルはもちろん肯定的な意味などではありません。
 

アウシュヴィッツの大人たちと子供たち」(Dorośli i dzieci w Oświęcimiu)
 ――囚人となった医者たちの任務は、ほかの人と同じような苦しみを受けながら、ほかの人を助けることだった。一人の医者の窓を叩く者がいた。ガス室から逃げることのできた二人の少年だった。プラハの医師は収容棟で二人の子供を見かけた。子供たちは砂の上に座りこみ、何やら棒を動かしていた。

 意味もわからず何でも吸収してしまうのが子どもというものです。あざといくらいに象徴的なエピソードを最後に、本書は幕を閉じます。
 

 [amazon で見る]
 メダリオン 東欧の想像力12 

『物語ること、生きること』上橋菜穂子/瀧晴巳構成・文(講談社文庫)★★☆☆☆

 作家・上橋菜穂子が誕生するまでの、幼いころの思い出から研究者としての経験を経てデビューするまでを綴った、エッセイ風インタビュー集。

 わたしが期待したような、書物にまつわる記述は意外と少なく、文字通り生い立ちの記録といった内容でした。作家の伝記的事実に興味があるなら楽しめるでしょう。

 人はなぜ物語を必要とするのか。自分はなぜ物語をつむがないといられないのか。どうしたら自分だけが書くことができる物語にたどりつけるのか。『獣の奏者』『精霊の守り人』を生み出した国際アンデルセン賞作家が、本の虫だった少女時代や文化人類学の研究過程など自らの人生を通じて語る、「物語」とは。(カバーあらすじ)
 

  ・ [楽天] 

『シャーロック・ホームズの愉しみ方』植村昌夫(平凡社新書)★★★★☆

 『シャーロック・ホームズの愉しみ方』植村昌夫(平凡社新書

 著者がブログで発表していたホームズ関係の文章から主要なトピックを抜粋してまとめたものです。

 著名人のホームズ・エッセイ&論考。「バリツ」とは何か? 「プロの美女」「アーミー・コーチ」の訳語の問題。大まかに言ってこの三部から構成されています。

 エッセイのなかにはすでに翻訳のある著名なものもありますが、新訳でまとめて読めるのはありがたい。

 バリツとは何か? 「武術」の訛り、「バーティツ」の書き誤り――これだけでは単なる註釈の域を出ません。著者は当時のイギリスにおける柔術の受容にまで踏み込み、「ホームズ」がいつどこでバリツを学んだのか、を考察します。柔術と柔道はどう違うのか――についても、辞書的な定義が必ずしも正しいとは限らないことを教えてくれます。

 訳語に関しても著者のスタンスは変わりません。「アーミー・コーチ」とは何であるのかを考えるに当たり、当時のイギリスの軍隊がどのようなものであったのかを明らかにしたうえで、正しい訳語を導き出しています。

 本にまとめられていないそのほかの文章は、著者の「翻訳blog」http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/cat1348989/index.htmlで以前は読むことができたのですが、現在は閉鎖されてしまいました。
 

 [amazon で見る]
 シャーロック・ホームズの愉しみ方 


防犯カメラ