『琅邪の鬼』丸山天寿(講談社文庫)★★☆☆☆
古代中国を舞台にした――というと、すぐに伝奇小説を連想しましたが、本書にはさほど伝奇要素はありません。
確かに巫医は登場し、卦を立てたり思念を聞いたり五里霧を起こしたりします。忍者のような戦闘集団も登場します。真相はどろどろしたものでした。
けれどどろどろしているわりには作品全体のタッチが明るく軽いので、読みやすいし読後感は悪くないのですが、内容と作風にちぐはぐな印象を受けてしまいました。どろどろに相応しい文体、もしくは作風に相応しい真相を用意してほしかったところです。
死体消失や死者復活や家屋消失といった大がかりな謎が出てきます。死体消失や死者復活に関しては、当時の状況や作品内の人間関係を鑑みるにしても、もう少し確認ぐらいしろよ、と思ってしまいましたし、家屋消失に関しては「Why」の理由があまりにも現実的すぎて、ミステリの解答としては物足りませんでした。
秦の始皇帝に不老不死の仙薬の入手を命じられた伝説の方士・徐福の塾がある、山東半島の港町・琅邪で奇怪な事件が続発。求盗(警察官)の希仁と、易占術、医術、剣術などさまざまな異能を持つ徐福の弟子たちが謎に挑む! 古代中国の市井の人々を生き生きと描いた痛快ミステリー長編。メフィスト賞受賞作。(カバーあらすじ)
『マノロブラニクには早すぎる』永井するみ(ポプラ文庫)★★★☆☆
一応はミステリの形が取られているものの、海外文学希望だったのに女性ファッション誌に配属されてしまった主人公が、偶然から関わりになるカメラマンについて、「本当に撮りたかったのは野生動物だったのかもしれないが、(中略)女性ファッション誌での撮影も引き受け、(中略)真摯な姿勢で仕事に取り組んでいた」「それがプロっているものなんだ」という当たり前のことに気づいてゆくような、成長小説でもあります。
目を肥やすために銀座を歩き回り、撮影場所の予約日を間違えた災いを転じて福と為し、同僚の妬みに足を引っ張られ、主人公は少しずつ成長してゆきます。
タイトルになっているマノロブラニクとは、憧れの編集長が履いている憧れの靴のブランド。
主人公にはマノロブラニクはまだ早すぎるようですが、似合っていたはずの登場人物もまた別のところで無理をしていたようで、一生懸命に生きるというのは難しいものです。
小島世里は念願の出版社に就職を果たしたものの、まったく興味がないファッション誌編集部に配属されて落ち込む日々を送っていた。だが、父親の死に不信を抱く少年・太一との出会いをきっかけに、世里の日常は大きく変わっていく――さわやかでほろ苦い青春ミステリー。(カバーあらすじ)
『その女アレックス』ピエール・ルメートル/橘明美訳(文春文庫)★★★★☆
『Alex』Pierre Lemaitre,2011年。
道を歩いていた女が白いバンに連れ込まれ誘拐監禁されたが、犯人の素性も被害者の身許も不明――。妻を誘拐殺害された経験を持つ警部カミーユが、あろうことか誘拐事件の指揮を執ることになってしまいます。監禁されたアレックス、捜査を続ける警察、交代する二つの視点によってストーリーは進んでゆき、ついに手がかりを見つけたかと思われたものの、予審判事の失態により手がかりは潰えてしまいました。警察は単独で被害者にたどりつけるのか――。
ここまでなら面白くはあるもののよくある誘拐サスペンスだと言っていいでしょう。
この作品の個性はここからでした。
単なる誘拐事件に思われたものは、別の連続殺人事件へと手繰られてゆくのです。いったいアレックスはなぜ誘拐されたのか、連続殺人の動機は何なのか……第二部ではこの連続殺人の犯人追跡がメインとなります。
そして第三部。物語は一応の決着がつけられたかに見えましたが……某サスペンスの名作を髣髴とさせる、状況証拠の積み重ねによる逮捕は鮮烈でした。事件のすべてはこのためにあったのですね。
個性豊かな捜査陣たちも霞んでしまうほどに、アレックスという女性が魅力的でした。
本書はカミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズの第二作目とのこと。
おまえが死ぬのを見たい――男はそう言ってアレックスを監禁した。檻に幽閉され、衰弱した彼女は、死を目前に脱出を図るが……しかし、ここまでは序章にすぎない。孤独な女アレックスの壮絶なる秘密が明かされるや、物語は大逆転を繰り返し、最後に待ち受ける慟哭と驚愕へと突進するのだ。イギリス推理作家協会賞受賞作。(カバーあらすじ)
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『ジャック・リッチーのびっくりパレード』ジャック・リッチー/小鷹信光編・訳(早川書房ポケミス1903)★★★☆☆
『Jack Ritchie's Wonderland Part 2』
「Part I 1950年代」
「恋の季節」松下祥子訳(Always the Season)★★★☆☆
――リンダはタイプの手を休め、法律事務所の窓から外のバス停にいる男をうっとりと眺めた。名前さえ知らなかった。どうすればいいんだろう。同僚のテシーとそんな話をしていると、またパンスンビー氏の訴訟依頼が舞い込んで来た。
八百屋お七と女同士の友情を掛け合わせ、法律事務所同士というおかしみを加えた、心温まる一篇です。
「パパにまかせろ」高橋知子訳(Handy Man)★★★☆☆
――私の十五歳の息子テッドがトースターを直してしまった。父親の威厳が形無しだ。現時点で勝っているのは身長だけだ。高校にテッドを迎えに行って、十時に帰ってくると、家の照明が消えていた。テッドがヒューズを確認したが異常はない。
父親の威厳と意地は、どうにか守られました。裏技だけで終わらず意地も見せるところに、人間らしさを感じて安心できます。
「村の独身献身隊」小鷹信光訳(Community Affair)★★☆☆☆
――シグヴァルドはダーニャと結婚して一か月で見る間に痩せ細っていた。これは医学上の問題であるほか、共同体の問題でもある。評議会の結果、若い独身男の私とグスタフが当番制で、シグヴァルドの仕事中にダーニャを訪れることになった。
艶笑譚。女ばかりが底なし……なわけではない、という当然の話です。
「ようこそ我が家へ」松下祥子訳(Hospitality Most Serene)★★★★☆
――出納係を殺した銀行強盗3人が、私の家に籠城していた。ポーカーでもやろうという強盗に、私はスペードのエースを抜いておいてからトランプの束を手渡した。頃合いを見てエースを床に落とすと、強盗同士で仲間を疑って諍いが始まった。
強盗の裏を掻いたり罠を仕掛けて疑心暗鬼を生じさせたりするにしても、あまりにも手際が良すぎるため、マジシャンか何かなのかな?と思いながら読んでいった末の、見事なオチでした。
「夜の庭仕事」松下祥子訳(No Shroud)★★★★☆
――「もう一度確認しよう。奥さんはどこにいるんだ」「言ったでしょう、部長刑事。妹の住んでいるどこかの町に行ったんだ」「妹の名前も町の名前も思い出せないと言うんだろう」弾丸の発射された拳銃が見つかり、警官たちは庭を掘り始めた。
成し遂げられた完全犯罪ものなのか、警察の勘違いで終わる笑い話なのか――そう思いながら読み進めてゆくと、うまくどちらの見当も裏切られた形でした。まさか計画の真っ直中だったとは。脱帽です。
「Part II 1960年代」
「正当防衛」松下祥子(Preservation)★★★☆☆
――カーター教授がコンピューターの使用許可を求めに来た目的は、テレポーテーション、それも時間を移動できる理論が正しいかどうかの検算だった。教授の理論なら、過去に干渉することもできるという。
タイムパラドックスに関するジレンマはもはや常識と言ってもよく、邦題の意味するところも明らかです。その当たり前のところにどうオチを持ってくるのか――叙述を利用した意外性のあるものでした。
「無罪放免」高橋知子訳(They Won't Touch Me)★★☆☆☆
――「アメリカのカネで五万ドル要求する」「もっと安く請け負う者は大勢いる」「だが私は警察に冷や汗かかせられることはないし、誰にも近づけない標的に近づくことができる」
確かに言っていた通りなのですが、意外性があるというよりもクイズの答えみたいでした。
「おいしいカネにお別れを」松下祥子訳(Goodbye, Sweet Money)★★★☆☆
――大金庫からは何も奪られてはいなかった。賊は貸金庫を徹底的にあさっていった。顧客たちは怒っていた。「現金四万ドルが入っていたんだ」。そのとき隣の男が口を開いた。「どうやって年収以上の貯金をなさったんですか」国税局の職員だった。
なるほど犯人の発想が面白かったです。脱税者たちは税金逃れに少なく申告するだろう、だから差額を……。
「戦場のピアニスト」高橋知子訳(Six-Second Hero)★★★★☆
――陸軍で同期だったスタークは殺戮を楽しんでいた。スタークと私が村に入り、プロのピアニストだったシーレンがピアノを弾いていると、ドイツ軍に囲まれてしまった。だが戦争の趨勢ははっきりしていたので、ドイツ軍に攻撃の意思はなかった。そのときスタークが――。
これまでとはうってかわってシリアスなタッチの作品でした。冒頭から、シーレンがどのようにして片腕を失ったのか――に注目が集まりますが、腕が失われた経緯は飽くまできっかけになった出来事であって、作品のポイントはそこにはありませんでした。
「地球破滅押しボタン」松下祥子訳(The Push Button)★★★☆☆
――「地球を爆発してやりたい」と言うハートリーに、私は声をかけた。「憂鬱な気分になるのはわかりますがね」と言って箱を見せた。「あなたに会ったのはたいした偶然です。この箱のボタンを押すと、世界は……」
この話も上手いですね。ボタンを押すか押さないか――というところに焦点を誘導しておいて、まったく別のところから意外性を運んでくる。単純な話なのに面白い理由は、こうしたところなのでしょう。
「殺人光線だぞ」松下祥子訳(Pardon My Death Ray)★★★☆☆
――「トラグラ銀河のわれわれは『殺人光線』と呼んでいます」とその男は言った。「今夜八時十分、地球に到達します」「あなたはどうしてこの大学に?」「ここが地球上で最高の知性水準にあると判断したからです」
二段構えのオチですが、宇宙人が出てくるとどうしても安っぽくなってしまいます。
「Part III 1970年代」
「保安官は昼寝どき」高橋知子訳(Home-Town Boy)★★★★☆
――「計画はすべて立ててある。銀行には現金で二万ドル、襲うなら午後一時半がいい。この町の保安官が昼寝する時間だからだ」「それは間違いないんだな?」
オチ自体はこの作品集のなかにもいくつか類例がありますが、その鮮やかさに加えて犯人の冷酷さが、この作品に極めてシャープな印象を与えることに成功しています。
「独房天国」高橋知子訳(The Value of Privacy)★★★★☆
――おれはプライヴァシーに多大なる価値を置いている。だからおれはこれまで監房を独占していた。ところがいまは同房者がいる。元警官のヒーガンが、囚人たちから恨まれて殺されないように、囚人たちから一目置かれているおれの独房に入れられたのだ。
手段に頭を悩ますあまり目的を見失わないこと、見返りは行為と釣り合ったものであること。一度ひとつところにはまって考えてしまうと、そんな当たり前のことにも気づかないものです。
「地球からの殺人者」松下祥子訳(The Killer from the Earth)★★★☆☆
――ドーソンはダイヤモンド目当てに教授を殺害したため、地球には戻れずにこの星で罰を待っていた。この星では刑を宣告するのは被害者であり、もしものために生前に被害者が遺していた刑罰が妥当なものかどうかを委員会が検討している最中だった。
異星の風習がいろいろと紹介されていますが、重要なのは「風変わりな刑罰をいかにして実行するか」であり、それを取り巻く異文化は飾りのようなものでした。
「四人で一つ」松下祥子訳(Four on an Alibi)★★★☆☆
――ヘクター伯父が図書室で倒れていた。右手にリヴォルヴァーを持って。自殺では保険が下りない。ぼくは伯父が侵入者に殺されたように見せかけるため、窓を開け、拳銃を隠した。
余計なことをしたためにどんどんドツボにはまってゆく典型的なコメディですが、幸いなことに後ろ暗いところがあるのは一人だけではないようで……。
「お母さんには内緒」高橋知子訳(But Don't Tell Your Mother)★★★★☆
――私が鋤を探していると、出かけているはずの娘のシンディが顔を出した。「お母さんはどこ?」「どこかに出かけたよ。ソーダでも飲めばいい。だけどお母さんには言うなよ」私は車で森まで行き、穴を掘った。家に戻ると、今朝の銀行強盗に目撃者があったという話を聞いた。
思わせぶりな内容に、裏があるのかないのかと勘ぐりながら読み進めてゆきましたが、何といってもマフラーの伏線が絶妙でした。
「容疑者が多すぎる」高橋知子訳(Bedlam at the Budgie)★★☆☆☆
――犯人はバーに入るや「マクジョージ」と叫んで男を撃った。男の名はバーナード・カレンだった。マクジョージとはバーの所有者である組織のボスの名だった。男は間違われて殺されたのか……。
ターンバックルの名は明記されていないものの、相棒がラルフでファースト・ネームがヘンリーであることから、ターンバックルものだと思われます。ストッキングをかぶったり「スレイマン一世」と叫んだりと、奇行が目立つものの、迷推理が暴走するほどではなく、最後には比較的おとなしい推理から犯人が導き出されていました。
「指の訓練」高橋知子訳(Finger Exercise)★★★☆☆
――「エドワード・ウィーヴァーは息絶える前に、自分の血で敷物にイニシャルを書いているが」と警部は言った。「P・Mに該当する関係者はいない」「ニックネームだった可能性もある」
ターンバックルではなくラルフのほうがとんちんかんな言葉を連発していますが、二人そろって迷推理というところは変わりません。しかしこの作品、容疑者のほうも揃いも揃って迷犯人という気もします。
「名画明暗――カーデュラ探偵社調査ファイル」松下祥子訳(The Canvas Caper)★★★☆☆
――「一万ドルで人を殺してほしい。名前はラウル・オブライエン。ある種の画家です」依頼人に頼まれたことを実行するつもりなどなかった。警察に通報しても無駄だ。私は依頼人のあとをつけた。依頼人が入ったのは画商だった。
吸血鬼カーデュラもの。事件自体は単純極まりないものですが、空を飛んだり夜目が利いたり美女に取り入ったり(?)と、吸血鬼の特性を活かして真相に迫ります。
「帰ってきたブリジット」高橋知子訳(The Return of Bridget)★★★☆☆
――おれは銃を突きつけ、現金を要求した。女店長が近くの棚にあった缶を投げた。缶はおれの腕に当たり、はずみで引き金を引いてしまった。女店長は息絶えた。おれが家に帰って眠り込むと、女店長が現れた。
物理的な接触は何もできない幽霊が、声だけを頼りに罪の償いを説き、二人の奇妙な共同生活が始まります。「うっとうしい」以外の実害はなし。殺人が扱われていながら、オチも含めて何となくほのぼのした作品です。
「夜の監視」高橋知子訳(Stakeout)★★★☆☆
――保安官から連絡があった。また囚人が脱走したから、保安官代理として道路を封鎖してほしい。保安官とヴァーノンが人通りの少ない道を、私とオリヴァーが別の道路を受けもった。やがて人影が近づいてきた。銃を持っている……。
オチも含めた全体のプロットこそジャック・リッチーらしいものですが、雰囲気はシリアスで、夜の緊張感と人生の苦みが漂っていました。
「Part IV 1980年代」
「見た目に騙されるな」高橋知子訳(More Than Meets the Eye)★★★★☆
――二十四歳のミス・バウムガートナーが豚の貯金箱で殴られ殺されていた。ドアから犯人が出て行くところをピザ屋の店員が目撃していた。ピザ。私は冷蔵庫を開けた。肉がない。被害者はヴェジタリアンだ。それがどうしてピザを注文したのか――?
ターンバックルもの。論理の飛躍の切れ味が鋭く、迷推理なのか名推理なのか判断に迷うところです。隠されていた(気づいていなかった?)事実が明らかになるとともに、まったく違った真相が見えてくるところは、迷推理ものながらもミステリのテクニックが存分に発揮されていました。真相が明らかになっても推理に執着するターンバックルがかわいい一篇でした。
「最後の旅」松下祥子訳(That Last Journey)★★★★☆
――旅行は大嫌いだ。私はエロイーズを始末する計画を立てた。私は四番目の夫だ。一人目はエロイーズより四歳年下だった。二人目と三人目は八歳下。離婚は問題外だ。無一文で追い出される。私と結婚したのは旅行の雑用係がほしかっただけのことだろう。
反抗隠蔽のための犯人の小細工がなかなかユニークな倒叙ものですが、二つのオチでニヤリとさせられました。一つは、財産目当てなら……という思い込みと伏線を利用したもの。もう一つに関しては、洒落たタイトルだと思います。
「リヒテンシュタインのゴルフ神童」小鷹信光訳(The Liechtenstein Imagination)★★★☆☆
――ジュリアスはリヒテンシュタイン公国からの留学生だった。ゴルフのスコアは80代前半だという。ただし実際にプレーしたことはない。次の土曜日、ぼくはジュリアスと一緒にゴルフコースへ行った。
リヒテンシュタインもの。ジャック・リッチーというより何だかウッドハウスみたいなユーモアものでした。
「洞窟のインディアン」ジャック・リッチー&スティーヴ・リッチー/松下祥子訳(The Indian)★★★☆☆
――彼がいなくなって最初に気づくのは誰だろう? 妻のクレアだろうか? いや、たぶん上司のシンプソンだ。彼は洞窟ツアーで見た、インディアンの遺骸を思い返した……。電話の音でクレアは目を覚ました。会社からだ。チャーリーがまだ出社していないという。
ジャック・リッチーの遺稿を息子さんが完成させたもの。シリアスな作風なので「オチ」という言葉が適切なのかどうかはわかりませんが、妻の夫への度を越した無関心が、笑いと悲哀を感じさせます。
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