『彗星の住人 無限カノン1』島田雅彦(新潮文庫)★★★★★

 島田雅彦の作品はマニアックな印象があったのだけれど、ここにきて大河ドラマ的にスケールの大きな王道本格小説です。

 アンジュという名前の日本人を登場させたり、プーさんがあくびをしたような音楽だの、巨乳好きの御曹司だの、人を食ったようなところは相変わらずだけれど。

 一族の恋の口伝。公式な歴史とは別に、語り継がれた裏の歴史とでもいうことになるのかもしれないけれど、歴史小説というような大げさなものではない。『斜陽』の〈最後の貴族〉お母さまみたいな女性を登場させて荒唐無稽にさせないだけでもたいしたものなのに、その人が語り部となって案内する一族の歴史がとても美しい。「君」に語り継がれてゆく、現在と地続きの物語でありながら、神話のような鷹揚なスケール感を持つ物語でもあります。

 当事者でありながら、同時に全能の語り手。恋の物語であると同時に、運命の、定めの物語。動かせぬ摂理を語る、超越した語り部。作品全体に、アンジュの「品」のようなものが漂ってます。蝶々夫人のありふれた悲恋から、蔵人の大恋愛まで、すべて終わってしまった時点から語られる、寂しさと諦念で覆われた抑えた筆致が美しい。白黒映画のような恋愛が、白黒のまま、くっきりと描かれる。恋愛の中身よりもむしろ、語り口の美しさが印象に残る作品でした。

 一八九四年長崎、蝶々さんと呼ばれた芸者の悲恋から全てが始まった。息子JBは母の幻を追い、米国、満州、焼跡の日本を彷徨う。三代目蔵人はマッカーサーの愛人に魂を奪われる。そして、四代目カヲルは運命の女・麻川不二子と出会った刹那、禁断の恋に呪われ、歴史の闇に葬られる。恋の遺伝子に導かれ、血族四代の世紀を越えた欲望の行方を描き出す画期的力篇「無限カノン」第一部。(裏表紙あらすじより)
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 『彗星の住人 無限カノン1』
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