『Farthing』Jo Walton,2006年。
三部作の原題が面白い。Farthing→Ha'penny→Half a Crownと増えていく。
ルドルフ・ヘスの提案が受け入れられたもう一つの英国。それは和平のための便宜的な協力のはずだったのに、いつしか〈身内〉に身内を蝕まれて、差別や独裁への道をひた走ってゆきます。ドイツに占領されたポーランド人がユダヤ人を差別する、という場面が象徴的です。
舞台はヘスとともにベルリンに渡り講話を取りつけた英雄一族〈ファージング・セット〉の屋敷。そこで一族の英雄が殺され、死体にはユダヤの六芳星が掛けられ、胸にはナイフが――。ナチと手を結んだ政治家に対するユダヤ人の復讐なのか。はたまた遺産目当てか、政敵による抹殺か、愛憎のもつれか――。
そんな黄金時代のお屋敷もののような事件を巡って、スコットランド・ヤードの警部補の視点と、ユダヤ人と結婚した一族の長女の視点で、物語は進みます。
一族の人間はお決まりのように捜査に非協力的で、見下すというよりは関心外であるため、カーマイケル警部補とロイストン巡査部長はなかなか真実を引き出せません。誰もが何かを隠しているらしい――そんなところはまさにお屋敷ものミステリ。この二人は知的で偏見もなく描かれていて、丁々発止に推理を交わします。ただしロイストンはゲイや性犯罪者には冷ややか。
ルーシー・カーンは一族の反対を押し切ってユダヤ人と結婚したために、みんなから冷ややかな態度を取られています。温かいのはかつての使用人たちだけ。
その一方で、雇い人の影響を受けて、その雇い人目線で人を見る使用人たちもいます。
こんなふうにそこここに差別の芽が。
さらにはもう一つの差別、という視点を導入させるためか、やたらと同性愛率が高い。というか語り手のルーシーによると、男の大半はホモなんだそうです。。。
ミステリとしてはかなり大技。誰が得をするか、という基本原則に則って、冗談かと思うようなそのままの展開が、冗談ではなくシリアスに披露されます。ここだけ取り出したならかなりのバカミス級。
でもそれが、歴史の止められない流れ、のなかで描かれていて、というかこの作品が書かれたのがだからこその殺人事件であり歴史改変ものであるわけで。バカみたいなこと、が実際に起こってしまう瞬間の恐ろしさでした。
まえがきがふるっていて、「(この小説は)ドラゴンを研究しながらふと後ろをふり向き、そのドラゴンの血を継承する者が牙をむきながら立っていたことを、発見できるような人のための作品ではない」と、何だか毒があるのですが、実は著者はファンタジー作家なのだそうです。しかもドラゴンものを書いている。毒ではなくユーモアかあ。
印象に残った一言。「スコットランドヤードの公文書に、そう書かれているのね?」
1949年、副総統ルドルフ・ヘスの飛来を契機に、ナチスと手を結ぶ道を選んだイギリス。和平へとこの国を導いた政治派閥「ファージング・セット」は、国家権力の中枢にあった。派閥の中心人物の邸宅でパーティーが催された翌朝、下院議員の変死体が発見される。捜査にのり出したスコットランドヤードのカーマイケル警部補だが――。傑作歴史改変エンターテインメント三部作、開幕。(カバー裏あらすじより)
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