『ドラキュラ紀元』キム・ニューマン/梶元靖子訳(創元推理文庫F)★★★★☆

 ドラキュラ伯爵がヴァン・ヘルシングとの戦いに勝利し、ヴィクトリア女王と結婚して英国を支配下に置き、吸血鬼たちの世界が訪れた――という「もう一つのイギリス」で、吸血鬼の娼婦を狙った連続殺人鬼・切り裂きジャックが跳梁し、ロンドンの町は恐怖におののきます。ディオゲネス・クラブの諜報員チャールズ・ボウルガードや、ドラキュラよりも年長である吸血鬼の「少女」ジュヌヴィエーヴ・デュドネらは、いつしか切り裂きジャック事件の捜査とそれを巡る陰謀に巻き込まれ……。

 ドラキュラと切り裂きジャックを組み合わせたうえに、実在の人物から架空の吸血鬼物語の登場人物にいたるまでが一同に会した、読めば読むほど愛にあふれた一冊です。

 なかでも面白いなと思ったのは、吸血鬼というものは基本的に不死ですから、異なる時代の有名無名の吸血鬼たちが共演できてしまうという点でした。これは便利。ドラキュラの次くらいに有名なカーミラは、「吸血鬼カーミラ」で殺されてしまっているので出てこられませんが……。

 虚実入り混じったイギリスの町の細部や有名人のパスティーシュぶりをたどってゆくだけでも面白いのですが、たとえば切り裂きジャック事件も現実をなぞっているだけではなく、「切り裂きジャックが切り裂いた理由」について、その犯人像と吸血鬼伝説を組み合わせることで、これまでにない理由を考案している点もユニークでした。

 またこの世界ならではの温血者《ウォーム》、新生者《ニューボーン》、長生者《エルダー》という新語(それぞれ「吸血鬼ではない生身の人間」、「ドラキュラ帝国以後に吸血鬼になったようなにわか者」、「数十数百年前から吸血鬼である古参者」を指します)が、簡潔にして的確で、細部のリアリティを盛り上げることに一役買っていました。

 また、ジョー・ウォルトンファージング』三部作の最後にはイギリスならではの結末が待ち受けていましたが、本書の結末にも(当時そういうシステムだったのはイギリスだけではなかったにしろ)似たようなところがあって、膨大な登場人物を駆使しているうえにドラキュラと切り裂きジャックに加えて現実の国家システムをも作中に過不足なく取り入れてしまう著者の頭のなかはいったいどうなっているんだろうとほとほと感心してしまいました。

  


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