『玻璃の天』北村薫(文春文庫)★★☆☆☆

 ミステリ作家としての北村薫アンソロジストとしての北村薫が好きなので、ミステリというよりも昭和風俗的なこのシリーズはまったく楽しめませんでした。
 

「幻の橋」
 ――内村銀行のお嬢様である百合江さんの恋のお相手は、内村ランプの東一郎さんだった。祖父の時代に、生きているのに死亡広告を出されたことがきっかけで犬猿の仲になっている両家の孫同士の恋は、まるでロミオとジュリエットだった。

 落首の謎、偽の死亡広告の謎、消えた浮世絵の謎、そこに連なる恋と思想。危うい時代を表現するにしても敢えてありきたりにしている感じがします。思想だけでなく、海外が評価したから日本でも浮世絵を評価し出した等といった文言あたりも。
 

「想夫恋」
 ――清浦綾乃さんは箏がお上手だった。話しかけてみようと思ったのは、たまたま読んでいた本が目に入ったからだ。『あしながおぢさん』。まだ未訳のウェブスターの小説で盛り上がった。ケート・フェリス。たまたま浮かんだ架空の名前が一人歩きし始める。「わたしなら……松風みね子という名前にするかしら」……その松風みね子から来た手紙を残して、綾乃さんが失踪した。

 一話目と同じく恋と五七五に彩られたこちらは、暗号小説。もとからあるものを利用しつつキーが推理可能である点、謎解きの暗号としてはよくできたものだと思います。「『想夫恋』は実は『相府蓮』でした」という兼好法師を野暮といってしまうのは、なんだかミステリ自体を自己否定しているようです。
 

「玻璃の天」
 ――三越の〈お人形展〉で見かけた〈ぎょろり氏〉は、嬉しいような顔と泣き出しそうな顔を繰りかえしていた。財閥の二代目、末黒野氏の家を設計したのがその〈ぎょろり氏〉こと乾原氏だと知ったわたしは、末黒野氏の晩餐会に招かれて、丸い穴の空いたステンドグラスを見せてもらった。出来栄えに納得のいかない乾原氏が拳銃で撃ち抜いたのだという。

 きな臭い時代と思想という題材がここでつながって来ました。雪の降る夜にステンドグラスから落下した死体と、行きだけの足跡、という不可能犯罪が扱われてはいますが、もちろんポイントは謎自体にはなく、今回の事件はベッキーさん自身の事件でもあることが明らかになりました。

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