『今昔百鬼拾遺 天狗』京極夏彦(新潮文庫)★★☆☆☆

『今昔百鬼拾遺 天狗』京極夏彦新潮文庫

 中禅寺敦子と呉美由紀の登場する今昔百鬼拾遺シリーズ第三弾。本書には「鳴釜」のお嬢様・篠村美弥子が登場します。

 「天狗になる」にちなんで「高慢」がらみの台詞が各章を彩っていました。

 山で陥穽に落ちて遭難した美由紀と美弥子の会話から成るパートと、二人が山に来るに至った事情が明らかにされるパートが交互に描かれているという構成なので、動きがなくかなり地味です。

 陥穽のなかで為された会話にいたっては事件とも妖怪ともほぼ無関係の、美弥子による義憤が大半を占めています。昨今の勝ち組負け組やLGBT差別などに対する批判が繰り広げられていて、「鳴釜」事件の美弥子というキャラクターが採用されたのはそれが理由でしょう。

 しかしこの美弥子さん、興味のないことには割りと適当らしく、本書のテーマである天狗にはかなりテキトーなことを言っているのは可笑しかったです。

 美弥子の友人・是枝美智栄が、掻き消えたとしか思えない状況で高尾山で消息を絶ちました。迦葉山で発見された女性の遺体は、なぜか美弥子が美智栄にあげた衣服を身につけていました。美智栄が消息を絶ったのと同日、同じ高尾山で天津敏子なる女性が自殺しており、同性との結婚を旧弊な祖父に反対されていたことがわかります。そしてその天津の恋人・葛城コウも行方不明になっていることが、敦子の調査で判明します。手がかりを求めて美由紀と美弥子は高尾山に登るのですが……。

 事件の全貌は少しずつ明らかになってくるものの、なかなか構図が見えません。それもそのはず、美弥子や美由紀の義憤ははっきり言って長すぎます。真相【※レズの孫娘のことを許せない祖父が孫娘を本気で成敗しようとしているのを、父親が助けるために身代わりの死体を立てて娘カップルを逃がした】は確かに古い価値観と現実がぶつかったところにありましたが、『姑獲鳥の夏』の蘊蓄があの真相披露に必要だったのに比べると、本書の長広舌の必然性はそこまでありませんでした。

 今昔百鬼拾遺三作のなかでは一番長いのに、無駄な長さに感じられてしまい、一番つまらなかったです。ほかの二作(web連載と『幽』『怪』連載)と比べ、読者の年齢層が高そうな『小説新潮』という連載媒体も影響しているような気もします。おっさん向けにおっさん批判で高らかに教導しているような。

 三作のなかでは妖怪の扱いも一番小さく、先の「天狗になる」と「失踪=天狗攫い」くらいだったのも物足りませんでした。

 トリックは小ネタ【※身代わり殺人】ですし、犯人たちの動機・信念も狂気の域にまで至るものではなく自分勝手すぎる【※祖父「レズは死ね」。父親「娘の代わりに別人を殺して娘が死んだことにして祖父を騙そう」】レベルなので、ミステリを読んだというカタルシスには乏しい作品でした。そもそも自分勝手を批判する文脈なので、狂人のロジックで感銘を受けさせるわけにはいかないという事情はあるのでしょうが。

 昭和二十九年八月、是枝美智栄は高尾山中で消息を絶った。約二箇月後、群馬県迦葉山で女性の遺体が発見される。遺体は何故か美智栄の衣服をまとっていた。この謎に旧弊な家に苦しめられてきた天津敏子の悲恋が重なり合い―。『稀譚月報』記者・中禅寺敦子が、篠村美弥子、呉美由紀とともに女性たちの失踪と死の連鎖に挑む。天狗、自らの傲慢を省みぬ者よ。憤怒と哀切が交錯するミステリ。(カバーあらすじ)

  


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