『ミステリマガジン』2023年7月号No.759【アガサ・クリスティーの魔力】

『ミステリマガジン』2023年7月号No.759【アガサ・クリスティーの魔力】

「見知らぬ人」アガサ・クリスティー/羽田詩津子訳(The Stranger,Agatha Christie,1932)
 ――婚約者のディックが何年かぶりに帰国するというのに、エニドの心は晴れなかった。不幸せなわけではない。ただ、ひどく退屈なのだ。部屋を探しているジェラルドという青年に好意を抱いたエニドは、ディックに婚約の解消を告げる。ジェラルドは犯罪学に興味があり、証拠がないため釈放せざるを得なかったアメリカの青髯マクマーホンの話などを話して聞かせた。親友ドリスの説得も聞かず、エニドはジェラルドと結婚した。ディックもエニドの気持ちには理解を示し、夕食に招待して欲しいと伝えてから宿に戻った。

 「ナイチンゲール荘(夜鶯荘)」の戯曲化。作品の経緯がまったく書かれていませんが、初演が2019年ということは新発見原稿だったのでしょう。小説版もラスト以外の細かい部分は忘れていますが、エニドの窮余の一策がこんなに取って付けた感じだったかな?
 

「書評など」
トム・ミード『死と奇術師』は、解決編が袋綴じになっているというポケミス

キン肉マン 四次元殺法殺人事件』おぎぬまXは、キン肉マン世界を舞台にした特殊設定ミステリ。これだけ聞くと面白そうなのですが、作者が『謎尾解美の爆裂推理!!』の人なので微妙。

◆ほかに澤村伊智『さえづちの眼』、麻耶雄嵩『化石少女と七つの冒険』、古典新訳からはカー『幽霊屋敷』、クリスティ『祕密組織』

『探偵マーロウ』は、『黒い瞳のブロンド』の映画化。それに伴い原作も文庫化。

「おやじの細腕新訳まくり(31)」

「殺しまでの八分間」ジュリアン・シモンズ/田口俊樹訳(Eight Minutes to Kill,Julian Symons,1957)★★★★☆
 ――ランシングはリングサイドの前列に坐っている男に目を向けた。ジミー・デイン。今日殺されねばならない男だ。両脇にはボディガードがふたり坐っている。ボクサーがリングに上がりレフェリーの注意を聞くあいだ――バスターがアリーナの電話交換手と話をしていた。「緊急です。ミスター・モクソンを呼び出していただけませんか?」。呼び出しを聞いたボディガードが弾かれたように立ち上がった。出産を控えた妻からの電話だと思い、デインの許可を得てモクソンが出ていった。――ナチス犯罪人として指名手配されていたホーヴェンをアート・ランシングに変身させたのは、ギャングのボスであるチャーリー・ブラックだった。そのブラックが十日まえにやって来た。「始末屋がゲロしそうだ」。ブラックの右腕だったデインが〝始末〟してきた仕事について聴聞会で話をされればおしまいだ。「やつを片づけてもらいたい。楽な仕事じゃないが、おまえなら――」「楽な仕事じゃない。だけど不可能じゃない。論理の問題です」

 評論家として有名な作者ですが、小説を読むのは初めてです。意外と言っては失礼ですが、よく出来た犯罪小説でした。論理的であることを標榜している殺し屋が予想外の出来事の積み重ねに見舞われる話で、作戦自体がかなり運に左右されるうえに最後の大チョンボも併せると論理的かどうかは怪しいところですが、不運に見舞われた場合でもきっちり最後のことまで考えているあたりはやはり論理的であったという皮肉で上手に締められていました。
 

「華文ミステリ招待席(11)」

「白沙井」王星/山田俊訳(白沙井,王星,2017)★★★☆☆
 ――かつての同僚・高叔嗣が異動先の長沙で病死した。親交が深かったわけではない。官吏にはむいていない文人気質の人だった。高叔嗣は茶を好み、荊非は酒好きだったことも一因だ。それでも荊非は高叔嗣を弔いに長沙に来ていた。高夫人が不審な点を荊非に打ち明けた。生前に執筆していた原稿のうち、『煎茶七類』の原稿だけが見当たらない――詩作のことで対立していた顧顕成が借りたままにしているとも考えられた。喘息の持病があった高叔嗣は、顧顕成がわざわざ送ってくれた川貝母を服用していたという。高叔嗣は死の直前、白沙井の近くの井洗楼で顧顕成とお茶を飲んでいた。翌日、顧顕成にカマをかけてみたが、得られたのは『煎茶七類』の盗版が出回ったとき高叔嗣は回収に躍起になっていたという情報だった。川貝母は無毒だった。井洗楼を訪れると、仕切っている白嬢は荊非に茶を振る舞いながら作法や〈烈〉の性質について説明をした。茶のエキスを使えば高叔嗣を殺すことも出来るのでは――そんな荊非の疑いを、白嬢は一笑に付した。茶は高叔嗣自身が淹れたのだ、と。

 明代を舞台にした荊非シリーズの一篇。高叔嗣は実在した詩人・役人。実はかなりトリッキーな作品なのですが、知り合いが生前たどった跡を訪れて話を聞くという態なのであまり探偵探偵しておらず、明代の空気のようなものをじっくり感じることが出来ます。ただ、何しろ茶の淹れ方に即したトリックなので、文章ではなく映像で見たい作品ではあります。「盗印」や「麺館」という中国風の単語がそのまま用いられているのは、当時の中国の雰囲気を醸すためでしょうが、麺館はともかく盗印は検索してみないとわかりませんでした(非合法に印刷することだそうです)。著者名の読みはワン・シンか。
 

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