『家蠅とカナリア』ヘレン・マクロイ/深町眞理子訳(創元推理文庫)★☆☆☆☆
『Cue for Murder』Helen McCloy,1942年。
解説にも書かれているようにサスペンス派という印象の強かったマクロイですが、本書は至極まっとうな謎解きものでした。
刃物研磨店に夜盗が押し入ったものの盗られたものは何もなく、鳥籠からカナリアが解放されていた――。冒頭で紹介された新聞記事は魅力的です。ならば刃物を研ぐために押し入ったのでは? 不吉な予感がする……。ここまではよかったのです。
舞台上演中、死体役の役者が胸にメスを突き立てられて実際に死んでいるという事件が起こります。
まっとうな謎解きものということはつまり、つまらない関係者への聞き込みがだらだらと続くということです。そこは古い本格ミステリの宿命と割り切って読みました。クライマックスで明かされる意外性のある真相のカタルシスを期待して。
ひどかったです。
夜盗が何も盗らなかった理由。カナリアが解放されていた理由。メスの刃に付いた血ではなく背に蠅が寄ってくる理由。
何も盗らなかったのは、ウィリング博士が当初感じた悪い予感の通りでした。そんなことのためにわざわざ危険を冒すのは本末転倒でしょう。しかも殺人のたびに律儀に。
カナリアが解放されていた理由。ウィリング博士が精神分析医ということを踏まえたのかもしれませんが、【ネタバレ*1】という分析は、お粗末としか言いようがありません。
蠅がメスの背にたかったのは、【ネタバレ*2】だそうです。
どれもこれも推理クイズ止まりのアイデアを活かせているとは言いがたい出来でした。
本書はマクロイの第五作。『ひとりで歩く女』『暗い鏡の中に』『幽霊の2/3』といった傑作群を書く前の習作という感じです。
《タイムズ》紙をひろげたベイジル・ウィリング博士は奇妙な記事を見つけた。さる刃物研磨店に夜盗が押し入ったが、賊はなにも盗まず、かわりに鳥籠をあけて、カナリアを解放していったらしい。想像力を心地よく刺激する、素敵な難問。これが劇場を舞台にした緻密な計画殺人への序曲であるとは、さすがの彼も確信できなかった……! 謎解きの真骨頂を示す、名手の初期最高傑作。(カバーあらすじ)
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*1 元受刑者が自身の過去を顧みて籠に入っているのを見るのが我慢できなかったから
*2 糖尿病患者である犯人の甘い汗が付着していたから
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*5
*6