『紙魚の手帖』vol.12 2023 AUGUST【GENESiS 夏のSF特集】

紙魚の手帖』vol.12 2023 AUGUST【GENESiS 夏のSF特集】

「第14回創元SF短編賞 選評」宮澤伊織・小浜徹也東京創元社編集部)

「竜と沈黙する銀河」阿部登龍(2023)★★☆☆☆
 ――遙か宇宙の知的文明から届いた〈レコード〉により食糧問題は解決し、家畜は愛玩物へと変わった。動物愛護思想も加速し、無理に走らされる競走馬は残酷であるため、走るために生まれたと感じるように中枢神経を調整された。東アフリカでおこなわれていた竜レースは、希少動物である竜と竜騎手を務める子供への虐待と見なされ、禁じられた。竜飼い一族の少女だったザーフィラは故郷を離れ、今では拡張ワシントン条約事務局(ECITS)の上級査察官だ。人権より動物権を尊重していると罵倒されながらも、動物の密造と違法マーケットの摘発に勤しんでいた。そんななか、取引記録に出てくる〈竜の女王〉とは生き別れた妹ズィーヤである可能性が出てきた。

 第14回創元SF短編賞受賞作。竜がいる世界だとか生体培養技術だとかいうこの世界特有の情報が小出しに出てくるため、何が普通で何が当たり前でないのかもはっきりしないままに、【ヒトの複製は禁忌】だと言われても、ああそうなんだという感想でした。最後のレースは、ドラゴン好きの著者からしてみれば最大の見どころなのかもしれませんが、ドラゴンに特に思い入れのない身からするとイマイチでした。
 

「ローラのオリジナル」円城塔

「手のなかに花なんて」笹原千波

「冬にあらがう」宮西建礼 ★★★★☆
 ――インドネシアスマトラ島にある火山が噴火した。あまりに大規模だったため付近の観測機器は破壊され、はるか軌道上の人工衛星だけがこの災害の全貌を捉えることができた。犠牲者数は火砕流に覆われた地域の人口とほぼ等しいはずだ。つまり四〇〇万人。しかし、わたしたち自身もこの災害の被災者で、生存が脅かされていることに気づくのは、もう少し先のことだった。この噴火は深刻な農作物の不作と食料不足を引き起こし、全人類の何割かが死亡する可能性がある。専門家がそう言っていた。日本の政府備蓄米は二か月分に過ぎない。コストを節約しようと、政府が意図的に減らしたのだ。噴火から一週間経った。誰一人欠けずに〝火山の冬〟を乗り越えられたらどんなにいいだろう。「だからみんなが助かる方法をずっと考えてるんだ」とミサが言った。「でも何年も大凶作が続くんでしょ?」「農業じゃなく、工業的にやるんだよ」クロレラミドリムシは実用化されているが、糖質や脂質が欠けている。「カロリーのある合成食料が欲しいんだ」。ミサはAIに頼らず自力で問題を解くのを好む。だがこの問題は例外だ。わたしはスマホを取り出しつきつけた。「ほら、パインちゃんに質問して」

 もちろんSF小説ではあるのですが、青春小説でありシミュレーション小説であり社会派小説でもありました。単なる理科の実験小説で終わっていないのはそれが理由でしょう。無人島でなくとも、大人たちがいても、政府が存続していても、高校生が持てる知識で目の前の問題に取り組むサバイバルは描き得るのだと感服しました。知的探究心とはこういうことを言うのでしょう。
 

「第2回 空中楼閣」熊倉献
 ――SF研究会の男子会員たちは部長の谷さんに告白する権利をかけて、部活紹介の文章による対決を試みた。

 シリーズタイトルはないようです。著者の作品ではお馴染みとも言えるぼんくら男子たちによるぼんくら対決の末に、SFに着地するオチが何とも言えない味を出しています。
 

「この場所の名前を」高山羽根子

「英語をください」アイ・ジアン/市田泉訳(Give Me English,Ai Jiang,2022)★★★☆☆
 ――最後の「コーヒー」をコーヒー一杯と引き換えにした。コ×××はどうしても必要な単語というわけではない。ジョリーからメッセージが届いた。あいつはニューヨークに来て数年目に、ほとんどの漢字といっしょに中国名も売ってしまった。だけど中国語が今年、言語ランキングで順位を上げる前に、漢字をそうとう買い込んだみたいだ。ジョリーは言語売買に鼻がきく。主な収入は言語ギャンブルで得ている。芝居に向かう途中、〈だんまり〉が一人、目の前に飛び出してきた。「どけ」ジョリーは〈だんまり〉を押しのけたが、わたしは立ち止まって〈ラングベース〉の送付オプションを開き、「そして」を少し送ってやった。ジョリーはほかの観客よりワンテンポ遅れて笑っていた。ル×××語は高価だ。ジョリーは裕福だがル×××語をたくさん買えるほどではないのだろう。

 言語が通貨のように取引され、言語による格差が広がっているという絶妙にあり得そうな世界が舞台です。確かに今、世界は平等ではなく格差を広げる方向に進んでいるようです。
 

「翻訳のはなし(10) 銀河帝国の方々――新訳裏話」鍛治靖子

「四十三年目の『星を継ぐもの』」加藤直之

「特別対談 草創期の創元SF」高橋良平×戸川安宣
 SF部門を立ち上げたころはSFに造詣の深い人がいなくて、SFマガジンのコラムを参考にしていたというのには笑ってしまいました。
 

「乱視読者の読んだり見たり(8) 異星(性)との遭遇――レムとル゠グィン」若島正
 レムによるアメリカSF批判とSF作家協会の名誉会員資格剥奪事件を見ると、SFは閉鎖的なエピソードに事欠きませんね。そんなレムが褒め、それに対して真摯に答えたル゠グィンとの話。
 

「扉人」小田雅久仁

「くらりVSメカくらり」青崎有吾 ★★★☆☆
 ――ガシャン……ガシャン……どかーん! 竹書房本社ビルが猛火に包まれる。/東京創元社。「編集長! 大変です!」テレビをつけると、謎の存在が飯田橋周辺の出版社が次々と破壊していた。レポーターが叫ぶ。あ! あれが犯人でしょうか! 編集長が雑誌を取り落とした。「く、く……くらりじゃねーか!」/「ボクじゃないニャ! 偽物だニャ!」「そっくりじゃねーか!」「体が機械だニャ!」「なぜ偽物が?」「私からお話ししましょう」白衣を着た男が現れた。「芹沢と申します」

 実在のあれこれをこれでもかと詰め込んだパロディ小説。扉絵はくらりの生みの親・加藤木麻莉本人。ほぼネタだけで内容は無いようなものですが、悪ノリが振り切れている分、この手のものにしては面白かったです。
 

 [amazon で見る]
 紙魚の手帖13 


防犯カメラ