『ハロー、アメリカ』J・G・バラード/南山宏訳(創元SF文庫)★★★★☆

『ハロー、アメリカ』J・G・バラード/南山宏訳(創元SF文庫)

 『Hello America』J. G. Ballard,1981年。

 気候の大変動により灼熱の砂漠と化して崩壊したアメリカ。放射能漏れの原因究明と残された資源を求めてヨーロッパからニューヨークに上陸した探検隊は、落胆するしかありませんでした。やはりアメリカは不毛の大陸だったからです。探検船アポロ号に密航した二十歳の若者ウェインは、かつての首都ワシントンの大統領執務室を訪れました。そのときボストン上空で原子爆弾が爆発し、ガイガーカウンターが高い数値を計測します。ニューヨークにいた仲間の生存は絶望的。残された船長が選んだのは、かつてのアメリカン・スピリットを彷彿とさせる行動でした。「西へ」。黄金時代の俳優たちの幻が現れたり、スタイナー船長が失踪したりしながらも、ウェインたちはラスヴェガスにたどり着きます。そこで遭遇したのは、自らを第45代アメリカ大統領マンソンと称する病身の中年男と、彼を守る十代の兵士たちでした。ウェインたちの様子を遠隔カメラで観察していたマンソンは、ウイルスの蔓延を防ぐという目的のためウェインに副大統領になってほしいと訴えるのでした。

 アメリカに対する憧れと幻滅が凝縮されたバラードによる序文がまず面白い。

 そんなわけで本書には良くも悪くも記号化されたアメリカが過剰なまでに溢れています。アメリカに上陸する探検隊が最初に目撃したのが海に沈んだ自由の女神像だというのは異存のないところでしょう。某映画のラストシーンでもお馴染みのように、アメリカの象徴として不動の地位を得ていると言っていいと思います。

 それが白シャツに黒タイのビューロクラット族や、チョーク・ストライプのスーツを着たギャングスター族といったインディアンの登場により一気に悪ノリし始めました。

 クライマックスで歴代大統領のロボットたちが行進し始めるのは面白すぎです。核ミサイルを撃ちまくるのも完全に『博士の異常な愛情』『ピンクパンサー3』といったコメディ映画の世界でした。

 ウェインはいわばかつてアメリカン・ドリームに憧れた若者という立ち位置そのままなのだと思いますが、対する憧れの対象たるアメリカが、既にありません。

 代わりに存在するのは、若き私兵を置いて理想を語るアメリカ大統領です。

 何というか、世界の警察官として振る舞っていたアメリカの、“世界”が矮小化され戯画化されるとこうなるのかな、という感じでした。マンソンの信じる“ウイルス”に現実の任意の何かを当てはめて見ればだいたい成立するのでしょう。

 バラードらしい倦怠感に満ちた美しい滅びというよりも、イギリスらしい真面目な顔をしたほくそ笑みの小説のように思います。

 ラストシーンも前向きでやたらと朗らかでした。

 集英社から出ていた『22世紀のコロンブス』の改題・文庫化です。

 21世紀初頭、アメリカ合衆国は崩壊し砂漠と化した。1世紀が過ぎたある日、蒸気船でイギリスを出港した小規模な探険隊が、ニューヨークに上陸する。密航者の青年は、自分がこの国の新しい支配者、第45代大統領となることを夢見るが……。残存者のいる諸都市を探訪し、アメリカの夢と悪夢の残滓と邂逅した探険隊の記録を通じて、予言者バラードが辛辣に描き出す、強烈な未来像!(カバーあらすじ)

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