『中国・アメリカ 謎SF』柴田元幸・小島敬太編訳(白水社)★★★☆☆

『中国・アメリカ 謎SF』柴田元幸・小島敬太編訳(白水社

 『三体』やテッド・チャンやケン・リュウ以外にも、「とにかく面白い作品を書いてる新しい世代のSF作家が大勢いて、まだ日本では全然紹介されていない」ことから、編者がそれぞれ中国とアメリカからそういった作品を選んだもの。
 

「マーおばさん」ShakeSpace(遥控《ヤオコン》)/小島敬太訳(马姨,ShakeSpace,2002)★★★★☆
 ――会社からメールが届いた。動作テストが必要な試作機があるらしい。「警告! ケースを開けるな!」と書かれている。開発コード名は〈マーおばさん〉。ディスクドライブのカップに砂糖を入れて戻しましょう、とある。キーボードに“Hello!”と入れると、抽象画のような図形がディスプレイに現れた。資料を探すと、図形の意味についてページが割かれていた。「生命は本質的に固有の意味を持ち、最終的に人間はそれを理解することができる」。次に入力したのはそんな言葉だった。マーおばさんから返答があった。「あなたは人間?」。わかったぞ。これは開発者が仕組んだドッキリなんだ。

 実は○○だったのだ!までなら、恐らく誰にでも書けます。ところがこの作品の場合、○○であるのはさほど重要なことではなく、その先にまで話が広がってゆきます。それによってただのヘンテコな話ではなく壮大な話になっていました。
 

「曖昧機械――試験問題」ヴァンダナ・シン/柴田元幸(Ambiguity Machines: An Examination,Vandana Singh,2015)★★★☆☆
 ――〈概念的機械空間〉はすべての可能機械の抽象空間であり、その領域内にある穴とは、不可能機械が棲む、存在しえない空間のあらわれである。地形図作成者たちは世界各国から存在しえない機械をめぐる噂を収集した。以下に曖昧機械というカテゴリーに関する記述を抜粋する。受験者はその記述を読み、後に記された指示に従うものとする。記述1:機械は願いを叶えてくれるが、中には想定以上に叶えてしまう機械もある。青年期を囚人として過ごしたモンゴル人技術者に考案された機械の目的は、愛する者の顔を呼び出すことだった。機械が完成し、処刑される前の夜、彼は機械を抱えて外に出て、愛する人が住んでいた村にたどり着いた。

 一つの大きな設定の下、いくつものヘンな話を連ねるというところから『Self-Reference Engine』を連想しました。しかもそれが試験問題という。人を食っているにも程があります。
 

「焼肉プラネット」梁清散《リャン・チンサン》/小島敬太訳(烤肉自助星,梁清散,2010)★★☆☆☆
 ――ワープドライブを稼働させた瞬間、宇宙船が故障し、岩山にぶつかって転げ落ちてしまった。信頼性の高い宇宙服を着ていなければどうなっていたかわからない。大気の検査結果は「生存不可」。宇宙船は大破している。餓死する前に救助されればいいのだが。……言葉を失った。火が通された豚バラ肉が地面をモゾモゾと動いていた。鑑定結果は「食可能」。だが宇宙服を着ていては食べることもできない。

 焼き肉が自生しているという無茶苦茶な設定。食べたくても食べられないという拷問のようなジレンマ。ギャグの設定でサバイバルをやるという心意気は買うものの、オチが弱すぎました。
 

「深海巨大症」ブリジェット・チャオ・クラーキン/柴田元幸(Abbysal Gigantism,Bridget Chiao Clerkin,2019)★★☆☆☆
 ――海修道士《シー・マンク》探索の後援者は、夫と息子を海で失った女性だった。夫と息子は海修道士に受け入れられたのだと考えていた。最後の目撃は一八五五年、海修道士は人魚と違い大衆の想像力に根を下ろせなかった。潜水艦で探検するのは三人の女性科学者に、チームコーディネータを名のるトレヴァー、それに教皇大勅書を海修道士に届ける役目のルビー。科学者たちは海修道士には興味がなく、専門領域の深海にアクセスできるチャンスと捉えていた。

 一応のところ海修道士を探すという目的はあるものの、社会派ドラマ的な人間関係と内省的な主人公といった、いかにも柴田元幸が好きそうなアメリカ文学という感じで、目新しさはありません。
 

「改良人類」王諾諾《ワン・ヌオヌオ》/小島敬太訳(改良人类,王诺诺,2017)★★★☆☆
 ――六一七年と三か月。ALSの治療法が開発されるまで冬眠していた俺は、目覚めると天涯孤独になっていた。目の前にいるナースが美人であることは間違いない。ナースは人類改良プロジェクトの梨子《リーヅ》と名乗った。世界は今、崩壊の瀬戸際に立たされているという。遺伝子置換により遺伝病を撲滅し、容姿や性格すら変えたために、画一化された人類は同じウイルス一つでほぼ全滅してしまう。人類改良前の遺伝子を持つ俺が、人類を救う鍵になるという。

 古き良きSFのたたずまいがありました。
 

「降下物」マデリン・キアリン/柴田元幸Fallout,Madeline Kearin,2016)★★★★★
 ――最後の爆弾が投下されてから二十年経つのに、彼の皮膚はいまも疼く。生き残った者たちも皮膚は剥げ落ち、傷は膿を出し、子供のできぬ身であった。/わたしのはずじゃなかった。怖じ気づいたリロイの代わりに、七世紀前の社会的懸案の解決役としてわたしがここにいるわけだ。わたしは図書館の階段に、アーネスト青年と座っている。アーネストが過去について想像を紡ぎ出すとき、それがわたしの知っていた都市とかけ離れていることに驚かされた。でも七カ月経ったいま、それほど違っているのか確信が持てない。彼らはわたしが世のために志願したと思っていて、わたしの時代からもっと大勢やって来るものと思っている。

 核戦争による終末ものという冷戦期にさんざん書かれ尽くしたジャンルですが、悲しみと失望と退屈や、私生活での問題からの逃避という時間旅行の背景は極めて現代文学的でもあります。未来の人類は滅びを約束されたような存在であり、救いようがありません。しかも彼らにとっては救世主のはずの語り手が救世主などではないのはもちろん、ある意味では却って救われているというのが、現代の閉塞感を表しているようです。
 

「猫が夜中に集まる理由」王諾諾/小島敬太訳(为什么猫咪要在深夜开会,王诺诺,2019)★★☆☆☆
 ――家の周りには猫がたくさんうろついている。ある夜のこと、わたしの飼い猫ミィが抜け出したので、こっそり後をつけることにした。ミィは猫の集会場を訪れた。「……これまで長きにわたり、我々猫たちは時空の扉の鍵を管理してきたがぁぁぁ」エフソニアという猫がしゃべり始めた。「ミィよ、今夜はお前の番だ!」「知ってるニャ! 宇宙のエントロピーが増えるのをちょっと遅くするのがボクたち猫のおつとめでしょ。だからこの箱があるんだよ」と臭臭が言う。「まさしくこの箱さ。これまでどれだけの仲間がこの箱に入って生きて帰ってこられなかったんだ?」と白足のマイクが言う。

 シュレディンガーの猫の装置にSF的な意味づけをした作品です。ただ単に生きても死んでもいる状態では浮かばれませんし、意味づけされただけでも猫にとってはプラスなのでしょう。
 

「対談 〈謎SF〉が照らし出すもの」柴田元幸×小島敬太

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