「「成長」を目指して、成しつづけて――村上春樹インタビュー」
古川日出男による村上春樹ロング・インタビュー掲載。ご本人は普通を強調していますが、やっぱり普通じゃないよと思う場面もしばしば。
村上氏が『ノルウェイの森』をリアリズムと言っていてちょっとびっくりする。たしかにファンタジー要素がないという意味ではリアリズムだけど……?(たとえば本誌掲載の川上弘美の作品もリアリズムと言われればそうなのですが、それをリアリズムと言われるのはやはり違和感があります)。
三人称で書くのが恥ずかしい(「いかにも作家みたいというか、神様が上から見て(中略)上からの目線という感じがすごくしたわけ」)という発想が、事情を読むまではすごく不思議でした。作家ではない人間からすると、「一人称だと自分目線で動ける」ってそっちの方が自分をさらけ出しているみたいで違う意味で恥ずかしいような気がしたものですから。
「オリンピックってそれまではずっと退屈でつまらないものだと思っていたんだけど実際に現地に行ってみたら、想像を超えてやたら面白いものだったです。何が退屈でつまらないかというと、要するにテレビや新聞の文脈で切り取られたオリンピックが退屈でつまらないんですね。メダルをいくつ取っただとか、感動がどうだとか、そんなことばっかり言っている。アナウンサーの声もうるさいし。現場でアスリートの動きを実際に前にしていると、とても静かです。おおむねしんとしている。見ていて「こういうのいいよなあ」とほくほく実感します。いくら見ていても飽きません。」というのは至言です。
後半では9・11に触れて「リアリティ喪失」と「春樹人気」についての話が出ていて、評論家からはよく言われていることだけど、自分でも自覚しているのかと意外な感じがしました。
「ベクトルとブラウン運動のあいだで――川上弘美・小川洋子対談」
村上春樹インタビューに続いて、またまた豪華な対談です。ホストは柴田氏。冒頭の「気球研究所」からしてもう完全にお二人の世界です。ちゃんとした会話なのになぜか可笑しくてしょうがない。愛が詰まり過ぎているのが感じられて、微笑ましくなってしまうのでしょうか。
「うたの猿山」穂村弘・小澤實・水原紫苑・小池昌代・テッド・グーセン・佐藤文香・四元康祐
小澤・水原・小池氏の俳句・短歌・詩をグーセン氏が英訳し、それをさらに佐藤・穂村・四元氏が元の作品を知らぬまま俳句・短歌・詩に和訳するという、むちゃくちゃ面白そうな企画です。
実際に読んでみると予想を上回る面白さでした。
たとえば水原氏の「猿より分かれし人の裔にしてオリーブの葉を口移しすも」という短歌。英訳では「Here we lie」という句が挿入されています。元歌にはないものですが、確かに一つの解釈としてはかなりの説得力があるんです。そして和訳した三人のうち二人が、元歌にはないこの「横たわる」を日本語にしているんですよね。それくらいに、この場面での「Here we lie」には、必然的ともいえるくらいの強烈な力がありました。
ほかにも、「olive」と「Our forebears」からの連想でしょう。佐藤氏の和訳には「方舟」という言葉が見えます。いえ、というか水原氏も当然そのことを頭に置いて元歌を詠んでいたのだろうと思います。二重の翻訳を通して目を開かされた思いでした。
面白いのは、「leaf」という英語から、二人の方が「言の葉」「言葉」という日本語を導き出しているところです。
小池氏の詩にある「パスモ」という単語が「commuter passes」という英単語を通して「Suica」に化けてしまうのも面白かったです。
「校長先生」川上弘美
不気味で不思議な、目が笑っていない校長先生。現実とも都市伝説ホラーともつかない怖さがありました。
「死のメッセージ/別の電気」アンダー・モンソン/柴田元幸訳
「九月 部屋」岸本佐知子
「象を撃つ」ジョージ・オーウェル/柴田元幸訳(Shooting an Elephant,George Orwell,1936)★★★★★
――ビルマ南部のモールメインで、私は多くの人に憎まれていた。そういう目に遭うほど自分が重要な人物だったのは生涯この時だけだ。私は町の分署の巡査だった。漠然とした、狭量な反ヨーロッパ感情が町中にみなぎっていた。
古典新訳。オーウェルの批評小説。支配被支配についての批評もさることながら、撃たれた象をめぐるながながとした描写も忘れられません。
「池を掘る/赤とピンクの世界」片山廣子 ★★★★☆
――その頃、防空壕は各戸に一つ二つ掘られてゐたが、防火貯水池も必要になつて来たが、さて三丁目は空地は一つもなかつた。町会の人たちは大いに考へて、一ばん住む人のすくない一ばん庭のひろい一軒の住宅に目ぼしをつけたのが、不幸なことにそこは私の家であつた。
見覚えのある名前だと思ったら、『幽』に一首掲載されていた歌人の方でした。「池を掘る」を読んだかぎりでは、著者の立ち位置というのはわりと恵まれていて、風刺的批評的なことを書くのには向いてない感じがします(別に金持は貧乏のこと書いちゃいけないとかそういうことではないんですが)。と感じたわたしの胸の内を見透かすかのように、「赤とピンクの世界」では、自分は赤貧ではなくピンクくらいの貧乏だと書かれていました。
「指物師クシャコフ」「転落」「多面的な診察」ダニイル・ハルムス/増本浩子+ヴァレリー・グレチェコ訳
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『モンキービジネス』2009年春vol.5
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