高野文子が新連載! 毎号買っているので、確認もせず買ってからびっくりしました。
「ひっかき傷」ステイシー・レヴィーン/岸本佐知子訳(Scratches,Stacy Levine,1993)★★★★☆
――彼女はやがて私の肌をひっかきはじめた。私は顔をゆがめることも体を動かすこともなく、彼女がひっかくところも見なかった、彼女はいつも私の背後に立っていたから。私がすぐに彼女を意識したなどとは思わないでほしい。
ちょっとレベッカ・ブラウンみたいだと思った。不特定の「彼女」と不特定の「私」が交わす身体的心理的なモノローグ。
「ローレルとハーディ、天国へ行く」ポール・オースター/柴田元幸訳(Laurel And Hardy Go To Heaven,Paul Auster,1997)★★★★☆
――ハーディ「君か?」、ローレル「ああ、そうだよ。そうとも。(間)だと思うよ。僕かい?」、ハーディ「ああ、もちろん君だとも。さっさと始めようぜ!」、ローレル「いいとも!」、ハーディ「(命令書を読み上げる)『指示。君たちは十八個の石を仕事用に与えられた。壁の線に沿って指定された位置に据えること』」
登場人物表の「壁を作る人」という紹介文に笑ってしまった(^_^)。オースターの哲学的なところと、ドタバタ・コメディは、意外なことに親和性が高いようです。
「牧歌的な地方から来た働き者の田舎者」リン・ディン/柴田元幸訳(A Hardworking Peasant From the Idyllic Countryside,Linh Dinh)
その他リン・ディン、ラッセル・エドソン、チャールズ・シミックの掌篇を掲載。
「あきない街」スポジマイ・ザリアーブ/小沼純一訳(La ville marchande,Spôjmaï Zariâb,1988)★★★★☆
――バザールは熱っぽいざわめきに満ちていた。――すみません、何があったんですか? ――いくらカネを持ってる? わたしはポケットを探り、二、三枚の札と小銭をとりだした。――持っているのはこれでぜんぶ。――ぜんぶおれにくれ、何があったか言ってやろう。――どうしてわたしのカネをもらうって?
アフガニスタン生まれフランス在住のペルシア語作家。仏訳タイトルを見るかぎりでは「商い街」であるようです。ひらがなに開かれた分、それだけ寓話っぽさが増しました。文字どおり何をするにも金と引き替えの商い街。チェーホフ「ふさぎの虫」が効果的に使われていました。
「鳥瞰図」李箱《イサン》/佐川亜紀訳(1978)★★★★☆
――「詩第一号」十三人の子供が道路を疾走します/(道は袋小路が適当です)/第一の子供がこわいと言います/第二の子供もこわいと言います
韓国の詩人。「詩第二号」と「詩第三号」はすべてひらがなで書かれてあり、こういうのを見ると原文がどうなっているのかすごく気になります。
「南部で」サルマン・ラシュディ/山崎暁子訳(In the South,Salman Rushdie,2009)★★★★☆
――ジュニアがころんだ日は、ほかの日と同じように始まった。二人を結びつけているのは彼らの名前だった。一人がもう一人より十七日年上だった。そこから「シニア」と「ジュニア」の呼び名が始まったに違いない。彼らは八十一歳だった。「お前さん、ひどい様子だな」とジュニアがシニアに言った。毎朝のことだ。「お迎えを待っているだけの人間に見えるぞ」
「南部なんてものは作り事で、人間がそう呼ぼうと合意したから存在するにすぎない」と主張する「シニア」と「ジュニア」の置換可能にも思える二人、この号に収録されている作品はどれも『どこにもない国』に採録されていてもおかしくない作品ばかりです。
科学と「文学的な想像力」。
「雲」アントニオ・タブッキ/和田忠彦(Nuvole,Antonio Tabucchi,2009)★★★★★
――「一日中日蔭にいるのね、あなた」と女の子が言った。「海水浴きらいなの?」男は曖昧に首を動かした。「あのね、父は建築家だけれど市役所に勤めてるの……」「なんであれ」と男は眼を閉じたまま言った。「家を建てるという仕事はすばらしい。家を壊す仕事よりはるかに」
おしゃべりな女の子に誘われるように、断片的に明らかにされる事実(らしきもの)。冒頭「あなた」と親しげな第一声で始まりながら、直後に見知らぬ人だったと判明。自称「中学一年」ではあるものの、話し方はとりとめがなく幼く見え、「ビキニは上半身がむだ」という描写と併せると、実はもっと年下なのではないかという感じも受ける。しかしその後、幼く見える不安定な心理状態は、思春期の発作+両親の離婚によるところも大きいとわかってきます。
「フェニモア・クーパーの文学的犯罪」マーク・トウェイン/柴田元幸訳(Fenimore Cooper's Literary Offenses,Mark Twain,1895)
「オランダ布のハンカチーフ」「その血はなんだい?」「うるわしのロンドンに」栩木伸明編訳(バラッド三篇)
「もしセロニアス・モンクが橋を造っていたら」ジェフ・ダイヤー/村上春樹訳(from "But Beautiful",Geoff Dyer,1991)
訳者あとがきによると、実在のジャズ・ミュージシャンの生涯を調べ上げ、「事実をマテリアルとし、想像力を駆使してそこに肉付けをし」た長篇“非小説”からの抜粋だそうです。
「謎」高野文子(ウォルター・デ・ラ・メア原作/柴田元幸訳/The Riddle,Walter De la Mare)★★★★★
古典を漫画化する新連載。『火打ち箱』で用いた切り絵の手法が漫画に応用されているようです。ぎりぎりまでに記号化された絵によって、ナラの木箱、お菓子箱、蝶番、扉、そして人間すらもパタン。何気におばあさんが怖え。原作も再読。そうか記憶についての物語なんですね。みんないってしまった――それを箱の中にと表現していて。
「最後の場所」沼田真/「殺し屋」生田目ケイ/「今日のごろごろ」伊川拓人
みんな新人さん。
「英語屋さん」源氏鶏太
――英語屋の茂木さんと調査役補の尾田さんが、飲み屋で殴り合いをしたという噂は、その翌日、会社内に知れわたった。「さては、やったか!」と誰かが手を拍って叫んだ。茂木さんは会社の職員ではなくて、嘱託であった。これは茂木さんにとって生涯の痛恨事であったようだ。
雑誌の流れでこの冒頭だけを読むと、シュールな話に見えてしまうから不思議です。おや、と思って読み進めていけば、何のことはないサラリーマン小説なんですが。伊井直行氏によるかなり気合いの入った解説あり。
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