『ある詩人への挽歌』マイクル・イネス/桐藤ゆき子訳(現代教養文庫)★★★☆☆

『ある詩人への挽歌』マイクル・イネス/桐藤ゆき子訳(現代教養文庫

 『Lament for A Maker』Michael Innes,1938年。

 アプルビイものの第3作。

 キンケイグ村に住み詩集も出しているエルカニー城主ラナルド・ガスリーは昔から変人だったが、特に最近は頭がおかしくなったのではないかと思われた。後見人を務めている姪クリスティン・メイザースのことを可愛がり、叔父と姪以上の関係なのではないかと噂された。というのも、敵対するリンゼイ家のニール・リンゼイの求婚を頑として拒んでいたからだ。ある大雨の夜、エルカニー城の前を通りかかった教師が、ラナルド・ガスリーとニール・リンゼイが言い争っているのを目撃した。やがて……雪で立ち往生したラナルドのいとこシビル・ガスリーは、城の上からリンゼイがラナルドを突き落とすのを目撃したと主張する。ラナルドの遺体からは指が切り落とされ、リンゼイとクリスティンは駆け落ちしたかと思われた。だが、クリスティンが叔父殺しの犯人と駆け落ちするだろうか。そしてなぜ指が斧で落とされていたのか……。

 なるほど読みづらい。靴直しのおっちゃんは取り留めもなくしゃべっていて、事件の時系列に沿ってわかりやすく語ってはくれません。しかも肝心の事件そのものは「バトンを渡そうと思う」と言って次の語り手に譲ってしまうので、第一部ではガスリーが死んでリンゼイが容疑者になったことと、クリスティンを巡って二人が不和になっていることくらいしかわかりません。

 そして若者の書簡体(?)だったり弁護士が語り手になったりしたあと、いよいよアプルビイが登場し、語り手を務めます。

 面白くなってくるのはようやく、このアプルビイが語り手を務める第四部の最後でした。ガスリーの書斎にあった本に書かれた医学者の名前と生年。年代に齟齬が生まれることから、どうやら何者かのなりすましのようです。

 そこからはトントン拍子に真相が明らかになります。医師の名を騙っていたのは【ガスリーの兄イアン】であり、【ラナルドによる兄殺し】がおこなわれ、【死体の指が落とされていたのは兄イアンに指が欠けていたことを隠すため】であり、結婚に反対したのは【クリスティンとリンゼイが異母兄弟】だからであり、最後のどんでん返しとして【兄殺しかと思われたが実は兄がラナルドを返り討ちにしていた】という、意外なくらいに本格魂が炸裂した内容でした。相変わらずイネスは「こういう作家だ」という形を摑ませてくれません。

 みんなしてもったいつけているだけで語り口は重厚とは思いませんし、荒涼たる田舎の冬が舞台の悲劇とはいえ重苦しい感じもなく、凝っているせいで読みごたえがあるという、そんな作品でした。

 タイトルは作中に引用されるダンバーの詩「詩人たちへの挽歌(Lament for the Makaris)」より。

 ラナルド・ガスリーはものすごく変わっていたが、どれほど変わっていたかは、キンケイグ村の住人にもよく分かっていなかった……。狂気に近いさもしさの持ち主、エルカニー城主ガスリーが胸壁から墜死した事件の顛末を荒涼とした冬のスコットランドを背景に描くマイクル・イネスの名作。江戸川乱歩は「非常に読みごたえのある重厚な作品」として世界ミステリのベスト5に挙げた。(カバーあらすじ)

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