『ドッペルゲンガー宮 《あかずの扉》研究会流氷館へ』霧舎巧(講談社文庫)★★★★☆

ドッペルゲンガー宮 《あかずの扉》研究会流氷館へ』霧舎巧講談社文庫)

 1999年初刊。メフィスト賞を受賞した霧舎巧のデビュー作です。

 再読ですが何もかもすっかり忘れていたのでほぼ初読に近い感覚でした。

 事情により二年遅れで大学に入学したカケルは、すでに消滅していた推理小説研究会に代わってあかずの扉研究会に入会する。会長の後動の卒論を、ユイが手伝ったことがきっかけで、自称名探偵の鳴海、霊感があるらしい咲、錠前破りが特技の大前田が参加してできた集まりだった。その研究会を、お嬢様学院の教師・遠峯が、失踪した教え子・氷室涼香を探してほしいと訪れた。一年前に涼香の実家・流氷館を訪ねた際、『たすけて』と書かれた紙を拾ったが、折悪しく推理ゲームの最中だったこともありゲームの一環と判断され一蹴されたのだ。ところが三日前、同じ『たすけて』のコピーとともに、流氷館への招待状が送られてきたという。鳴海が先発隊となって侵入したが、翌日後動たちが流氷館を訪れたときには玄関に血痕があり、鳴海たちの姿は消えていた。ところが携帯はつながり、消えたはずの鳴海も流氷館にいるという。同じ間取りの建物がどこかに存在し、鳴海たちは薬で眠らされているあいだにそこに運ばれたらしい……。

 島田荘司の推薦と名づけでデビューし、エピグラフに『斜め屋敷の犯罪』を引用していることから連想できるような期待に違わず、豪快な館トリックが用いられた作品でした。

 これだけ大がかりなトリックなのにまったく覚えていなかったのは、トリックが明かされたときの驚きが薄かったからでしょう。ただし、それはトリック自体がつまらないとか見せ方が下手とかいうわけではなく、トリック以外の要素も盛り沢山なせいで結果的に驚きが埋もれてしまっているからだと思われます。

 隔離された館内での連続殺人というサスペンスとサバイバル、館内の仲間を助けるための外部からの謎解き。分断されているのはもちろん犯人側の事情によるものなのですが、分断されることでこの二つのタイプのミステリが同時進行で味わえるだけでも贅沢な作品でした。

 二人いる探偵役も、犯人によって連絡役と探偵役という役割を担わされてはいるわけですが、そういった構成上の事情を補って余りある魅力がありました。鳴海は推理力で後動に一歩譲るものの、決して引き立て役というわけではなく、ツートップという関係がよかったです。近い関係性の探偵役というと、トミーとタペンスになるのでしょうか。スーツにオールバックでハードボイルドと言われると喜ぶ、名探偵を自称する鳴海は、これだけ書くとネタキャラみたいなのに、ちゃんと名探偵しているのが格好いい。

 ラブコメ・ミステリ私立霧舎学園シリーズは、コナンや金田一からミステリに入ったミステリファンの受け皿としての小説として書かれたと説明されていましたが、わざわざ新シリーズを立ち上げるまでもなく、本書がすでに充分にラブコメラノベ要素に満ちていました。キャラクターに限ればむしろ本書の方がキャラが立っているくらいです。シリアスな解決編にまで地の文で語り手によるツッコミが入るのは興醒めでしたが。

 ミステリ要素てんこもりの本書にあってとりわけ強い要素が、しつこいくらいの多重解決です。いつまで読んでも終わらない☺。しつこすぎて驚きがなくなっているのも事実でした。

 けれどそのしつこさの果てに明かされる最終的な真相は、待たされるに相応しいものでした。館の成り立ちが『時計館』ばりの狂気の愛情によるものであり、そもそもの発端である氷室涼香失踪もこの館の成り立ちの事情に起因していたというように、すべてが一つにまとまるのはやはりカタルシスが違います。【双子】に関する食堂の老婆の証言を誤解するあたりは、アガサ・クリスティを彷彿とさせる巧みな言葉の取り違えでした。

 老婆のさまざまな証言は至るところで重要な意味を持ってくるのですが、タクシーの進行方向に関する推理のロジックには感心しました。

 タクシー・ドライバーといえば、その存在自体が不自然【※流しのタクシーがいるのは不自然な場所】だという指摘は、言われてみればその通りで、単純で当たり前なことだけに指摘されたときのしてやられた感が大きかったです。

 名探偵ものに対する揶揄の一つとして、名探偵なのに大量殺人を阻止できないというのがありますが、本書のように現場にいないのであればどうにも出来なくても仕方がない――と思っていたのですが、真相を知ってしまったあとだと、もしかしたら阻止できたかな……と思ってしまいました。

 ワトスン役の間違った推理がきっかけで探偵が真相に到達するというのはホームズ自身が語っていたことですが、それをさらに推し進めた「一般人がたどり着ける結論ならばそれは間違いだと無意識のうちに判断する」というのは興味深い考え方ですし、「友人もいない、警察にも背を向ける一匹狼の名探偵は自分で一本一本枝道をつぶしていかなくてはならない。だから、いわゆるハードボイルド探偵は、頭脳は歴代の名探偵なみでも、独りであるが故に自分で間違った道に入り込み、自分で塞いでいかなければ真相にたどりつけないのだ」というのも面白いハードボイルドの私立探偵評だと思いました。

 私立霧舎学園シリーズの頭木保がちょい役で登場しています。

 《あかずの扉》の向こう側に――本格推理の宝物がある北澤大学新入生のぼく=二本松飛翔は、サークル《あかずの扉》研究会に入会した。自称名探偵、特技は解錠などクセ者ぞろいのメンバー6人が、尖塔の屹立する奇怪な洋館“流氷館”を訪れた時、恐るべき惨劇の幕が開く。閉鎖状況での連続殺人と驚愕の大トリック! 本格推理魂あふれる第12回メフィスト賞受賞作。(出版社あらすじ)

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