『楽しい夜』岸本佐知子編訳(講談社)★★★★☆

 『変愛小説集』1&2、『居心地の悪い部屋』『コドモノセカイ』に続く、岸本佐知子による編訳集。

「ノース・オブ」マリー=ヘレン・ベルティー(North Of,Marie-Helene Bertino,2007)★★★☆☆
 ――その年の感謝祭、わたしは実家にボブ・ディランを連れて帰る。母はぜんぜん気づかない。「うっそだろ!」兄はすぐにそれが誰か気づく。兄は二週間後イラクに発つ。友だちはいないし、父は死んだ。兄が唯一の男だった。

 兄以外の男――が、なぜかボブ・ディランである。しかもヴィンセント・プライスに間違われる。けれど他人から間違われたってかまわないのでしょう。兄との接点でありさえすれば。
 

「火事」ルシア・ベルリン(Fire,Lucia Berlin,1993)★★★★☆
 ――わたしの妹が癌で死にかけている。サリー。飛行機でメキシコシティに向かう。みなさん、向かって右側の夕日をごらんください。わたしは動かない。飛行機が傾くといけないから。

 語り手と妹は「それぞれべつべつに孤独だった」ということは唯一の肉親、いえ唯一の身近な人間なのでしょう。飛行機、飛行場の火事、墜落したパイロット、リムジンの棺桶、周りの何もかもに死が連想されます。
 

「ロイ・スパイヴィ」ミランダ・ジュライ(Roy Spivey,Miranda July,2007)★★★★☆
 ――飛行機で有名人の隣になったことがある。名前は教えられない。Vがつくイケメン俳優。ヒント:スパイ。仮に「ロイ・スパイヴィ」と呼ぶことにする。わたしたちはぶっ続けてしゃべり通した。わきのスプレーを乾かしている間に腕を噛まれた。「いまの何?」「きみが好きだって意味だよ」

 逃してしまったもの、あるいは救ってあげられなかったもの。派手な状況を取り払えば、だれにだって何度か訪れているはずの機会があらわになり、ふっとさびしい感覚を覚えます。
 

「赤いリボン」ジョージ・ソーンダーズ(The Red Bow,George Saunders,2003)★★★★☆
 ――事件現場に行くと、あの子の赤いリボンが落ちていた。マット叔父は犬たちを探し出し、撃ち殺して焼くことにした。病気の死体をほかの動物が食べないようにだ。司祭館のテリアは病気の犬に噛まれているかもしれない。マット叔父は司祭館を訪れた。

 狂犬病なのか未知の病なのか、とにかく幼い少女が犬に殺され、マット叔父が復讐と感染拡大を防ぐために感染が疑われる村中の犬を殺してまわっている――という状況だけが伝わってきます。疑わしきは罰せ。殺戮に燃える狂信者なのか、蔓延を防ごうとする救世主なのか、それはだれにもわかりません。
 

「アリの巣」アリッサ・ナッティング(Ant Colony,Alissa Nutting,2010)★★★★☆
 ――地球上のスペースが手狭になったので、人類は全員、他の生物を体表もしくは体内に寄生させなければならなくなった。わたしは人一倍見た目にこだわる質だったから、骨にドリルで穴をあけ、中にアリの巣をつくってもらった。

 冒頭からとんでもない奇想が炸裂しています。それが最終的には歪んだ愛の話になるのだからわけがわかりません。「ぜんぜん魅力を感じない男の人と、こんなにも身も心も一つになれるだなんて」という文章には笑いました(^_^)。
 

「亡骸スモーカー」アリッサ・ナッティング(Corpse Smoker,Alissa Nutting,2010)★★★★☆
 ――葬儀場で働いている友人のギズモは、ときどき遺体の髪をタバコのように吸う。遺体の生前の記憶が頭の中に映しだされるのだそうだ。「生きてる人の髪だとどうなるの?」「ただ髪が燃えるだけかな? それともその人の記憶を俺が盗んじゃうのかも」。前の彼氏とひどい別れ方をしたわたしには、素敵な話だ。

 これも同じく奇想の炸裂する変な話だと思っていたら、まさかの殺し文句! これは普通にくらっとくるような……と感じてしまうわたしは、変愛に毒されてしまっているのでしょうか。。。
 

「家族」ブレット・ロット(Family,Bret Lott,2005)★★★★☆
 ――言い争いに熱中して子供たちのことを忘れていた。「どこいったんだ?」妻は二階を探し、夫は外を探した。「見つけたぞ!」クーラーボックスを開けると、ジェニファーのバービーやスコットのG.I.ジョーより小さな子供たちがいた。だが二人は子供ではなく、大人になっていた。

 子どもはいつの間にか大人になり、家族の思い出はばらばらに食い違っています。それ自体はよくあること。それを数ページに凝縮してしまうと、こんなにも恐ろしくも哀しい話になってしまうのでしょうか。
 

「楽しい夜」ジェームズ・ソルター(Such Fun,James Salter,2005)★★★★☆
 ――三人はレスリーの家で飲み直した。「ずっとここにいるわけにはいかないの」とキャスリンがたずねた。「とても無理」「バニングからいくらか取れないの」「なにも要求しないつもり」。「あなたはいいわね、アンディがいて」とレスリーはジェーンにいった。「そうでもないわよ」「たとえば?」とっさの作り話だった。

 女性三人の友人たちによる、他愛のない世間話、腹の探り合い、牽制のし合い、etc……。何の変哲もない一夜だけに、そんな「普通のこと」が「普通でないこと」にならざるを得ない状況がいっそう胸に迫り、ジェーンの言動一つ一つに注意しながら読み返したくなります。
 

「テオ」デイヴ・エガーズ(Theo,Dave Eggers,2007)★★★★☆
 ――古来、詩人たちは丘を指しては、いかに眠っている男女にそっくりであるかを、歌や物語で言いつづけてきた。大地は揺れた。そんな大混乱のさなか、最初の巨人が姿をあらわした。男の巨人はソレン、女の巨人はマグダレーナ、三人目の背の低い巨人はテオといった。

 譬喩や修辞をそのまんま――手法としてはよくありますが、人間そっちのけで神話や民話のようなおおらかな巨人譚が繰り広げられるので、最初の設定を忘れかけていたころ、ふたたび山の話で終わります。あるいは太古の詩人も山々を見て、こうした物語を空想していたのでしょうか。
 

「三角形」エレン・クレイジャズ(Triangle,Ellen Klages,2007)★★★★☆
 ――マイケル・コノリーは演壇に原稿を置くと、客席を見渡した。今回の学会に緊張していたマイケルは、論文についてアドバイスするウィリーと飛行機のなかで喧嘩していた。学会は無事に終わった。ウィリーへの謝罪を兼ねて、何かプレゼントを買うことにした。骨董。ウィリーにおあつらえ向きだ。

 ナチスによるユダヤ人虐殺は誰もが覚えていても、同性愛者のことは今では同性愛者自身すら知らないということのようです。けれど実際にあったことをなかったことにはできない……悪夢は風化することなく現代に甦ります。
 

「安全航海」ラモーナ・オースベル(Safe Passage,Ramona Ausubel,2013)★★★☆☆
 ――祖母たちが気づくと、そこは海の上だ。なぜそんなところにいるのか、何十人もの彼女らにはわからない。あたしたち、死んだの? それともこれから死ぬの? すべて金属でできた船だ。

 待ち受けているのが(おそらく)死とはいえ、悲愴感はなく、のんびりとした空気が漂っているのは、年の功とでも言うべきでしょうか。
 

  


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