『九尾の猫 新訳版』エラリイ・クイーン/越前敏弥訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)★★★★☆

 『Cat of Many Tails』Ellery Queen,1949年。

 シリアル・キラーと集団パニックが描かれた異色作(なのだと思います)。

 無関係の人間や救えるはずの人間を救えなかったエラリイの苦悩が、『十日間の不思議』に続いて本書でも描かれています。しかしながら前半では父子で事件について掛け合いをしているし、自分が関わっていない人死にには無頓着です。

 謎解きの魅力は中盤に出尽くした感があります。シリアル・キラーもののミッシング・リンクに、しっかりと「狂気」ではない理由づけが為されており、腑に落ちるとはまさにことのことかと膝を打ちました。

 後半は犯人逮捕のためのサスペンスになるわけですが、当然そのままでは終わるはずはありません。理屈だけで現実を見ない探偵が手痛いしっぺ返しをくらってしまいますが、この探偵というのは一人エラリイに留まらず、謎解きミステリの探偵たちやひいては探偵小説の読者たちをも視野に入れているのでしょう。今となっては素朴とも取れる自己批判だと思いますが。

 最後に明かされる犯人の動機も、てらいがなくすとんと落ちるものでした。

 次から次へと殺人を犯し、ニューヨーク全市を震撼させた連続絞殺魔〈猫〉事件。すでに五人の犠牲者が出ているにもかかわらず、その正体は依然としてつかめずにいた。手がかりもなく、目撃者も容疑者もまったくいない。〈猫〉が風のように街を通りすぎた後に残るものはただ二つ―死体とその首に巻きつけたタッサーシルクの紐だけだった。過去の呪縛に苦しむエラリイと〈猫〉との頭脳戦が展開される。待望の新訳版で登場。(カバーあらすじ)

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『浪花少年探偵団』東野圭吾(講談社文庫)★★☆☆☆

 美人でがさつで強気な小学校教師・しのぶセンセが、生徒にかかわりのある事件やたまただ遭遇した事件に首を突っ込み、生徒たちを巻き込んで暴れ回る短篇集。しのぶ先生はひらめきはするけど解決はしない、そんなスタンス。

 推理ものや少年探偵団ものというよりは、しのぶ先生の傍若無人なキャラクターが楽しい作品です。

 

『まるで天使のような』マーガレット・ミラー/黒原敏行訳(創元推理文庫)★★★☆☆

 『How Like An Angel』Margaret Millar,1962年。

 マーガレット・ミラーの代表作、新訳です。

 ギャンブルで一文なしになった私立探偵ジョー・クインがヒッチハイクの末に降ろされたのは、新興宗教団体の暮らす〈塔〉と呼ばれる場所でした。一夜の宿を借りたクインは、〈祝福の修道女〉から、教団の人間には内緒で「パトリック・オゴーマンという人を見つけてほしい」と頼まれます。〈荊の冠の修道士〉のトラックで町まで乗せてもらったクインは、そこでオゴーマンが失踪(おそらくは死んでいる)ことを知ります。

 詳細を知りたくなったクインは、町の新聞社を訪れ、当時オゴーマンの失踪と同じころに新聞を賑わせた横領事件の話を聞きます。同時期に起きた二つの事件には関連があるのか? 接点のないはずのオゴーマンと修道女の関係は?

 ひとまず報告しようと〈塔〉に戻ったクインは、そこで罰を受けている〈祝福の修道女〉を見て愕然とします。教団で暮らす若い少女ににきび軟膏を頼まれるという思わぬ事態に遭いながら、クインは〈塔〉をあとにし、ふたたびチコーテの町に戻りました。

 オゴーマンの未亡人マーサや横領犯アルバータとの面会、その兄ジョージ・ヘイウッドの不穏な行動をさぐるうち、クインの頭には一つの考えが浮かびあがります……。

 この本を読む前に気をつけなければならないことが一つあります。

 絶対に帯の文章を読んではいけません。もちろん解説も。

 解説はともかく、帯は嫌でも目に飛び込んで来ますから、予備知識を持って本書を読むことになってしまいました。

 そのせいで意外性を楽しむことはできませんでした。

 いやしかしながら、登場人物たちの異様性には目を瞠るものがあります。犯人の狂気は言わずもがなとして、真相を知ってから振り返ると、横領犯アルバータの現状の惨めさには目を覆いたくなります。さすがに佯狂ではなさそうですので、アルバータたちのやったことすべては無駄だった――と思えばこその狂気なのでしょう。

 題名はエピグラフにもある『ハムレット』より、「人間は造化の神の傑作だ、……天使のような行動力、神さながらの理解力。……だが、それが何だ、俺にとっては塵のかたまり。人間を見ても楽しくない――女だって同じだ。……」から採られています。

 いやまあ確かに行動力はあるのですが、何とも皮肉なタイトルです。

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『ミステリマガジン』2019年5月号No.734【シャーロック・ホームズ・アカデミー】

 久しぶりのホームズ特集ですが、さすがにネタ切れ感は否めません。

シャーロック・ホームズ講座」日暮雅通
 実際の講座を文章化したもの。目新しいことも興味深いこともあまりなかったわりに、初心者向けとしてならマニアックすぎて、どっちつかずでした。コナンというのがミドルネームではなくコナン・ドイルという複合姓だとは知らなかった。
 

「オリジナル版 青いガーネット」テレンス・ファハティ/日暮雅通(The Blue Carbuncle,Terence Faherty,2016)★★☆☆☆
 ――クリスマスの翌日、我が家に集まってきた乱暴者たち(「メアリの編み物友だち」に変えること)の襲撃から、からくも逃れた私は、ベイカー街へ急いだ。ベイカー街に着くと、椅子に帽子が掛かっていた。「こいつをどう思う?」ホームズにたずねられて私が帽子をかぶってみると、耳まですっぽりかぶさった。「持ち主はかなり知能の高い人物だ」「食べ過ぎて頭まで太っただけだろう」

 これまで「ボヘミアの醜聞」「赤毛連盟」「花婿失踪事件」「唇のねじれた男」の四篇が訳載されているオリジナル版シリーズの一篇ですが、さすがに飽きてきました。H・Bがヘンリー・ベイカーというよくある名前ではなく、ヘンリー・バターマンだったのには笑いました。
 

 そのほか高殿円によるシャーリー・ホームズものの新連載と北原尚彦によるジョンとシャーロックものの新作。
 

「ポッター――ロウランド・ハーンの不思議な事件」ニコラス・オールド/小林晋訳(Potter,Nicholas Olde,1928)★★☆☆☆
 ――ハーンとわたしは野生動物商ポッター&ハーラ社の社屋を訪れた。ポッター氏には会えなかったが、ハーラ氏とポッターと名づけられた禿鷹には会えた。その後、ポッター氏が熊に襲われて死亡した。

 ホームズとは無関係ですが探偵コンビものということで選ばれた作品。禿鷹が犯人を襲う場面こそ恐ろしいものの、探偵ものというスタイルが完全に作品をぶち壊していて、熊に襲われた真相は恐ろしくも何ともありませんし、呪い云々にいたっては失笑の極みです。
 

「忌子のなみだ」町田そのこ(2019)★★☆☆☆
 ――問題ばかり起こしていたうえに最近は認知症だった権田のじいさんが殺された。牧歌的な町で起きた殺人事件は子どもたちに大きなショックを与え、登校できなくなった子もいた。弓削のクラスにも欠席者がいた。正道は二年前に権田のじいさんに誘拐されたことがあっため、殺人をきっかけに当時の恐怖が甦ったのだろうと考えられた。正道の父親は母親に殺されていたため、狭い田舎では殺人犯の子として徹底的ないじめに遭っていた。

 これまで読んだ「おわりの家」も「蛍火が消える晩」も、不幸な家庭環境と人間の嫌な部分が描かれながらも読後感は悪くないという作品でしたが、本編でも人間の厭らしさは健在で、田舎のクズさと人間のクズさがたっぷりと描かれていました。ただし本編の場合は登場人物全員クズなので、さすがにちょっといい話ふうに終わられても違和感が残りました。
 

「ミステリ・ヴォイスUK(112)子供のころに読んだ本」松下祥子

「時代劇だよ!ミステリー(11)「応仁の乱」の張本人!? 日野富子」ペリー荻野
 

「書評など」
ポケミスジョーダン・ハーパー『拳銃使いの娘』は、父と娘の交流もの。いくつか挙げられている作品のなかに『ペーパー・ムーン』があるのは、実際に思い浮かばせるところがあるのか単に父と娘の交流ものだからなのか。面白そうではあるものの、あらすじを読んだかぎりではこの父親はただのトラブルメイカーにしか思えないので、そこらへんがどう描かれているのかで面白いかどうかは変わりそう。

ラヴィ・ティドハー『黒き微睡みの囚人』は、ヒトラーナチスが覇権を取れなかった世界というifもの。ヒトラーものはよくあるので食指が動かなかったのですが、私立探偵になっているヒトラーの「偏見と憎悪と猜疑心に基づく彼の行動は、しかし結果として「ハードボイルド探偵」らしいものになってしまう」というのが面白い。

◆国内では『屍人荘の殺人』の大型新人の第二作今村昌弘『魔眼の匣の殺人』もすでに話題になっているようです。

「Crime Column(409)」オットー・ペンズラー/大谷瑠璃子
 ウッドハウスの「オマージュ」と表現されているのは、ジーブスとバーティが諜報活動をしていたというベン・ショット『Jeeves and the King of Clubs』ジーブスシリーズのおかしさがしっかり再現されているそうです。
 

「迷宮解体新書(109)今村昌弘」村上貴史
 

「ナツヤスミノシュクダイ」一田和樹(2019)★☆☆☆☆
 ――「木村くんは、このままだと殺人犯にされちゃうよ」アッキーと名乗る少女は達也にそう言った。完全犯罪を行う「ギデス」というネットのチームがあり、達也の同級生・川崎がそのメンバーであるらしい。

 予定調和な内容と今風の文体。少女に対する語り手の目線で、この人が気持ち悪い人だとわかるので、単なる当然の結末でした。
 

「はっぴい・えんど(再録)」皆川博子
 日下三蔵編の単行本未収録短篇集『夜のアポロン』から。

  

『ハコヅメ』6、『淡島百景』3、『インハンド』1、『天国大魔境』2

『ハコヅメ~交番女子の逆襲~』6 泰三子(講談社モーニングKC)
 「大豊作の年」の元陸上選手の松島と県警一の美女の桃木分隊長がようやくきちんと描かれました。あと一人はまだ不明のまま。この巻では牧高もさらに掘り下げられ、有り得ないほどの運動音痴ぶりが2回にわたって描かれています。

 そして川合の似顔絵がまた登場しました。3巻のときもそうでしたが、川合は破壊的な絵心の反面、ときどき驚くほど鋭いものの見方をします。川合の似顔絵を見て「こんなイケメンじゃない」と話す目撃者の言葉から、犯人を悪く言いたい男心を読み取ったことが、事件の解決に一役買っていました。川合の気づきに源部長の経験と観察眼が加わることで、目撃者の感情によって修正される前の純粋な似顔絵が残されることになりました。

 川合は第45話「セーグのミカタ」や第49話「現場のプリキュア」でも、これまでのポンコツぶりとはまた違った顔を見せています。

 一方で――というべきでしょうか、ギャグ漫画の命たる笑いにはますます磨きがかかっていました。藤部長のブス顔だったり、相変わらずドジが抜けない副署長だったり、「捜索差し押さえ」と「優しさ」やオセロの譬えなどツッコミも冴え渡っていました。なかでも一番笑ったのは、タイトルからも自信がうかがえる第50話「笑ってはいけないお誕生日会」です。

 指紋を採取したその後のことや、交通事故加害者に対する宮原部長の熱い言葉など、現場に身を置いているからこその説得力もありました。
 

淡島百景』3 志村貴子太田出版
 初版には人物相関図ペーパー入り。

 第14~16話「大久保あさみ」は、第1話で他人の入ったあとのお風呂には入れないと泣き出したあの子の話です。ただの世間知らずお嬢様なのかと思っていましたが、地味に壮絶な家庭環境でした。ちょっとしか登場しないのに、ルームメイトの大東先輩がとてもいい人で、悩んでいる大久保さんとは違ってからっとしていて、しかも一つ年上なだけとは思えないほどしっかりしています。この先輩の話ももっと見たいですね。

 第17~19話「山県沙織と武内実花子」には第2巻第6話「四方木田かよと山県沙織」が再登場。基本的に過去と現在の淡島歌劇学校合宿所が舞台のこの作品のなかで、退団しなかった少女たちのその後のパートを担うエピソードです。いわば選ばれた者たちのエピソードですが、それでも順風満帆とはいきません。二人ではなく三人組だったんですね。沙織と実花子がライバル的関係で。

 第20話「柏原明穂と田畑若菜」ではついに一年が経ち、先輩が卒業し新入生が入寮しました。若菜のルームメイトは俳優夫婦の娘です。少し悟ったような新入生に対し、ちょっと天然っぽい若菜はベストパートナーのようです。すでに卒業してしまった竹原絹枝が若菜の目を通して、やはり凜々しく描かれていました。
 

『インハンド』01 朱戸アオ(講談社イブニングKC)
 ドラマ化にともない『ネメシスの杖』『インハンド 紐倉博士と真面目な右腕』も、『インハンド プロローグ』I・IIとして新装版が刊行されました。

 第1巻の本書には、根絶されたはずの天然痘患者が大量発生する第1~5話「ペルセポネの痘」と、ドーピング疑惑の第6~7話(続きは次巻)「キマイラの血」が収録されています。

 野生動物にワクチンを投与するためにウイルスを利用するという研究が実際にあるそうで、それを利用したバイオテロが描かれています。紐倉は明晰な頭脳はもちろんのこと風貌といいエキセントリックなところといい名探偵そのものです。僕だったらこうすると言って犯行方法を推測してゆくのを「お前最低だな」とツッコまれてはいますが、余計な感情に惑わされずに真実を直視する。

 この事件をきっかけに紐倉はある種の責任感に目覚めたのか、寄生虫の専門家だというこだわりは捨てずに持ちつつも、バイオセキュリティに取り組むことにしたようです。

 「ペルセポネの痘」の最後と「キマイラの血」には、『リウーを待ちながら』にも登場する潤月らしき人物が登場します。苗字が鮎澤から雪村に変わっているのは結局父親とは縁を切ったのでしょうか。
 

『天国大魔境』2 石黒正数講談社アフタヌーンKC)
 衝撃の告白の事情が明らかにされます。

     


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