『オシリスの眼』R・オースチン・フリーマン/渕上痩平訳(ちくま文庫)★★☆☆☆

 『The Eye of Osiris』R. Austin Freeman,1911年。

 フリーマン長篇2作目。

 男が一人失踪した。希望する場所に埋葬されるという条件を満たせば、財産は弟に、満たされなければ財産は別の人間に――という奇妙な遺言を残して。死んでいるのか生きているのかわからないため、遺言は宙ぶらりんのまま。相続人ゴドフリー・ベリンガムを診療したバークリー医師は、恩師であるソーンダイク博士に件の遺言の話をする……。

 謎や犯人探しはあまり重要ではありませんでした。問題の遺言に関する法律的な興味と、語り手のバークリー医師とベリンガムの娘の恋愛的な興味、で引っ張り、最後にソーンダイク博士の推理――という、出来不出来以前にたいへんに古めかしい作品ですが、そもそものきっかけが遺言にあるので、俎上に上げられているのが犯人探しではなく失踪者と法律に関する問題だというのが物珍しく、前半は楽しめました。

 ところがソーンダイク博士が本格的に乗り出してからは、ある意味オーソドックスな探偵小説になってしまうので、よく言えば堂々たる本格、悪く言えば古くさい古典作品、でした。

 チャンドラーがフリーマン作品を好きで褒めていたというのが面白い。

 エジプト学者ベリンガムが不可解な状況で忽然と姿を消してから二年が経った。生死不明の失踪者をめぐって相続問題が持ち上がった折も折、各地でバラバラになった人間の骨が発見される。はたして殺害されたベリンガムの死体なのか? 複雑怪奇なミステリに、法医学者探偵ジョン・ソーンダイク博士は証拠を集め、緻密な論証を積み重ねて事件の真相に迫っていく。英国探偵小説の古典名作、初の完訳。(カバーあらすじ)

 [amazon で見る]
 オシリスの眼 

『インハンド』04、『Q.E.D. iff』16

『インハンド』04 朱戸アオ(講談社イブニングKC)
 「プシュケーの翅」の続きと「デメテルの糸」全篇です。

 恵良(内調の牧野さんと一緒にいる黒服黒眼鏡)の友人・国際テロリズム対策課の米谷が死んだ。部屋に実験設備があったことからテロリストとの内通を疑われたが、恵良は友人の無実を信じていた。紐倉は部屋にあった蝶のサナギを持ち帰り、真相を明らかにする(プシュケーの翅)。
 限界集落・久地木村に新興宗教家・幸田が移り住み、村は信者たちに乗っ取られようとしていた。幸田は村長選にも出馬するが、そんななか現役村長が全裸で走り回るという事件が起こった。紐倉たちは宗教団体に潜り込むが……デメテルの糸)

 前巻で推理ものの解決編のパロディで始まった「プシュケーの翅」、今回は恵良や紐倉による生物豆知識がありました。後ろ姿でも感情がわかるように、高家の顎のあたりに笑った口が描かれている(p.11)漫画表現が面白い。雑誌のカラー回に合わせてのクライマックスだったでしょうに、単行本では白黒なのが残念です。「デルメルの糸」には幻覚キノコを使った宗教団体が登場。デルメルという名は知りませんでしたが古代ギリシアの女神であり、タイトルはデルメルとペルセポネに捧げる秘儀で幻覚物質が飲まれていたことに由来するようです。糸はキノコの菌糸ですね。潤月さんが運転すると人格変わってしまいました。キノコを飲まされた影響で、紐倉の過去も浮かび上がってきました。
 

『Q.E.D. iff―証明終了―』16 加藤元浩講談社コミックス少年マガジン
 「時計塔」「マドモアゼル・クルーゾー」の二篇収録。

 時計塔にあった格安喫茶店が移転し、時計塔にはゲストハウスがオープンしたが、立地の悪さと経営センスの無さからたちまち火の車となった。ゲストハウス経営者の手巻に資金を融資していた投資家の台場が失踪し、直後に手巻が夜逃げした。燈馬と可奈が調べるうち、時計塔では過去に二件の殺人事件と四件の失踪事件が起きていることがわかった(時計塔)。
 美術館を見学中のパリ警視庁クルーゾー警部の目の前で白昼堂々絵画が盗まれた。一度は謹慎を命じられた警部だったが、犯人を目撃していることから捜査を担当することになった。盗難美術品データベースのプログラム修正を頼まれていた燈馬と可奈もパリに渡り、盗んだ絵を買い取らせようとする犯人との取引に同行した(マドモアゼル・クルーゾー)。

 燈馬がさほど感情豊かではないこともあり、また一話が単行本半分のページ数なこともあり、比較的あっさりした話が多い『Q.E.D.』シリーズですが、思えば第1巻「銀の瞳」がすでに犯人の強い執念を感じる作品でした。本巻収録の「時計塔」もまた、時計塔で事件が頻発する理由・ラストシーンの台詞など犯人の執念・妄念が極めて印象深い作品でした。「マドモアゼル・クルーゾー」はタイトル通りドジっ子刑事が活躍する物語ですが、飽くまで怪我の巧妙な本家クルーゾー警部よりは意図的にドジを演出した「青い十字架」等のブラウン神父に近いでしょうか。
 

 [amazon で見る]
 インハンド04  Q.E.D. iff 16 

『ミステリマガジン』2020年9月号No.742【ハヤカワ文庫創刊50周年】

 文庫創刊50周年とは言いつつ創刊第一弾はSF文庫なので、ミステリ文庫はまだ44周年、NV文庫でも48周年でした。

「読者を育てた文庫の軌跡をたどる」三橋曉

「ハヤカワ文庫創刊50周年エッセイ」有栖川有栖池上冬樹恩田陸新保博久月村了衛山本やよい若竹七海・他
 月村了衛氏のエッセイは端が断ち切れてしまっているので早川書房のホームページで完全版が公開されています。
 

「ハヤカワ文庫創刊50周年 今後の話題作」
 陸秋槎『文学少女対数学少女』、クイーン『フォックス家の殺人』『十日間の不思議』が刊行予定。
 

「おやじの細腕翻訳まくり(19)」田口俊

「五年で戻ります」マイケル・ギルバート/田口俊樹訳(Back in Five Years,Michael Gilbert,1948)★★☆☆☆
 ――すばらしい出来栄えの偽造一ポンド紙幣が出回っていた。質屋での使用から足が付き、容疑者が浮かび上がった。マウントジョイ氏の職業は印刷業だった。隣人のクランプ氏からの評判は悪く、反対に店の二階に住んでいたアイルランド夫人からの評判はよかった。家宅捜索令状を取って乗り込んだが、ドアに「五年で戻ります」という貼り紙を残して当人は消えてしまった。

 犯罪小説系が多いこの連載にしては謎めいた雰囲気の魅力ある内容だったのですが、最後の最後に安っぽいトリックものになってしまいがっかりです。
 

「ミステリ・ヴォイスUK(120)お菓子とムスメ」松下祥子
 

「書評など」
『探偵は御簾の中 検非違使と奥様の平安事件簿』汀こるものは、メフィスト賞作家による平安ミステリ。平安ミステリというと『薫大将と匂宮』『千年の黙』が思い浮かびますが、源氏ものではない平安ミステリは珍しいのでは。

『愛の言い換え』渡邊彌生は、元アイドルが書いたというと色物っぽく感じてしまいますが、著者はもともと小説を書いていたそうで、「あえてカテゴリに当てはめれば、ニューロティックスリラー、ディストピアSF文庫の格好をしていたり、謎が興味の一環となる作品もあって、本誌読者にも読んでいただきたい多彩な顔」の作品集。

『時のきざはし 現代中華SF傑作選』は、立原沙耶編による中国・台湾SFのアンソロジーSFマガジンやミステリマガジンでもお馴染みの作家から、未知の作家まで全十七篇。

 [amazon で見る]
 ミステリマガジン 2020年9月号
 

『ほうかご探偵隊』倉知淳(講談社ミステリーランド)★★★☆☆

 なぜか「探偵団」ではなく「探偵隊」ですが描かれているのは紛れもなく少年探偵団です。5年3組で起こった不要なもの連続消失事件の謎を、語り手の高時くんと同じく江戸川乱歩好きの龍之介くんと、ニワトリ失踪事件の当事者成見沢さんと学級委員長の吉野さんが探ります。

 この龍之介くんというのが探偵役で、犯人の目的は一つで他はフェイクだったのではないかと考えたり、なくなったものの共通点が何かを考えたり、となかなかの名探偵ぶり。

 しかも子ども向けとはいえ、真相はミステリを読み慣れた読者にも配慮したのか、ちょっとひねったものになっていました。わたしが子どもだったら、もっとストレートな謎解きものを読みたいと感じるとは思いますが。

 僕のクラスで連続消失事件が発生。僕は四番目の被害者に! といっても、なくなったのはもう授業でも使わないたて笛の一部。なぜこんなものが!? 棟方くんの絵、ニワトリ、巨大な招き猫型募金箱、そしてたて笛が一日おきに姿を消すという奇妙な事件が五年三組にだけ起こっている。ニワトリなんか密室からの消失だ。この不可思議な事件を解決してみないかと江戸川乱歩好きの龍之介くんに誘われ、僕らは探偵活動を始めることにした。僕がちょっと気になっている女子も加わり事件を調べていくのだが……。そこにニワトリ惨殺目撃証言が! 町内で起きた宝石泥棒との関連は? 龍之介くんの名推理がすべてを明らかにする!!(函あらすじ)

 [amazon で見る]
 ほうかご探偵隊 ミステリーランド
 

『魔王城殺人事件』歌野晶午(講談社ミステリーランド)★★★☆☆

 ミステリーランド第5回配本。2004年の作品です。

 読む順番が逆になってしまいましたが、本書の冒頭で触れられていた「ダンシング・クイーン」の謎は、2010年刊の『舞田ひとみ14歳、放課後ときどき探偵』最終話「母」で解決されていたのですね。

 本書のトリックはデビュー作の「家」シリーズを髣髴とさせるところがあり、往年のファンには嬉しいところですが、それこそただの「手品」のタネを明かされただけのような感想になってしまいました。

 そうはいっても、それも自身の持ち味を子ども向けに移植した結果なので、これまたファンには味わい深いところです。

 星野台小学校5年1組の翔太たちは、探偵クラブ「51分署捜査1課」を結成した。いくつかの事件を解決し、ついに、町のはずれにある悪魔の巣窟のような屋敷、デオドロス城(僕たちが勝手に名付けた)にまつわる数々の怪しいウワサの真相を確かめるべく探検することに! 潜入直後、突然ゾンビ女(?)が現れたかと思うと、庭の小屋の中で謎の消失! 新たに女子2人が加わった「51分署捜査1課」は再び城に。今度は小屋の中で乳母車男(!?)の死体を発見してしまうのだが、その死体も消滅してしまう。やはりデオドロス城には何かただならぬ秘密が隠されているのだ。(函あらすじ)

 [amazon で見る]
 魔王城殺人事件 ミステリーランド
 


防犯カメラ