『みんなの少年探偵団2』有栖川有栖他(ポプラ文庫)★★★☆☆

『みんなの少年探偵団2』有栖川有栖他(ポプラ文庫)

「未来人F」有栖川有栖(2016)★★☆☆☆
 ――明智先生がアメリカに行っている間に、せっかく捕まえていた二十面相にだつごくされてしまいました。数日後、「未来人F」をなのる男がラジオにしゅつえんし、国宝を盗み出すことを予言したのです。

 パスティーシュはよくできていたのに、「我々は小説の登場人物なのだ」をやって台無しに。未来へと読み継がれる乱歩作品の魅力を表現するにしてももっと工夫してほしい。また、二十面相のオリジナリティについての台詞も、乱歩への称讃というよりも他の執筆者のハードルを勝手に上げているみたいで不愉快でした。
 

「五十年後の物語」歌野晶午(2016)★★★☆☆
 ――それまで毛嫌いしていた岡田と仲良くなったきっかけは何だっただろう。告別式のあと、五十年前の思い出話に花が咲いた。岡田が黒ずくめの男についていくのを見て、少年探偵団の真似事をしていたぼくたちは、誘拐を阻止しようとしたのだ。だが助けられたはずの岡田は、敵の懐に入ろうとしていたのだから余計なことだったと反論した。

 乱歩作品のパスティーシュではなく、少年探偵団に憧れていた元少年たち(六十一歳)の回想です。時代を超えた少年探偵団の魅力を表現する描き方は、有栖川氏よりもよほどスマートです。七代目小林芳雄という発想が少年探偵団マインドをくすぐります。
 

「闇からの予告状」大崎梢(2016)★★★★☆
 ――小春は学校帰りにおばあさまの家に向かいます。今日は特別な用事があるのでした。「所蔵されているロマノフの宝玉をちょうだいします。怪人二十面相」という予告状が届いたのです。二十面相というのは戦前戦後に世間をにぎわせた、ルパン三世のような泥棒でした。亡くなったおじいさまが知り合いから譲り受けた宝玉は、けれど鑑定の結果レプリカだという話でした。

 現代を舞台に少年探偵団ものの文体で語られる、少女が主人公の物語です。宝物の隠し場所や発見方法は少年ものらしくささやかですが、原典とのリンクの仕方に原典への愛情が感じられます。有栖川氏や歌野氏の場合は読者の方から裏切られることを期待されているので、素直になれないというのはあるのでしょうけれど。
 

「うつろう宝石」坂木司(2018)★☆☆☆☆
 ――フランスの宝石職人がつくった『紅の涙』が二十面相に盗まれたのですが、手口の荒っぽさから模倣犯の仕業だと明智先生は言います。それにしても明智先生は最近よく座るようになりました。二十面相もまた、夜中の参上が減ってきたように思えるのです。

 二十面相から見た明智や、二十面相と明智の対比や移り変わりなど、少年探偵団の世界に批評的な視点を持ち込んんだつもりなのかもしれませんが、取って付けたうえに焦点がとっちらかっていて読むに耐えません。
 

溶解人間平山夢明(2016)★☆☆☆☆
 ――悲鳴を聞いて屋敷に飛び込んだ小林少年が見たのは、蝋のように溶けた人間の姿でした。人体実験の結果、消化液があふれだしてやがて死んでしまう身体となった男が、博士に復讐にきたのです。

 著者が著者なのでグロテスクですが、ギャグがことごとくつまらないので笑えませんでした。あるいは小林少年が被害者の足を引っ張るのは同じ乱歩の「赤い部屋」へのオマージュであったり、二十面相や明智の関わり方が馬鹿々々しいのはそもそも本家もそんなものだったりするのかもしれませんが。

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『猫は宇宙で丸くなる 猫SF傑作選』中村融編(竹書房文庫)★★★☆☆

 類書との重複を避けて選んだ猫SF&ファンタジー傑作選。さすがにもう過去の作品を編んだものは落穂拾いなのかも……という感想です。
 

「地上編」

「パフ」ジェフリー・D・コイストラ/山岸真(Puff,Jeffery D. Kooistra,1993)★★★☆☆
 ――五歳になる娘のヘイリーに請われてマフィンという猫を飼いはじめたが、しばらくして野犬に殺された。その一年前には妻のドロシーが、カーテンやカウチに爪を立てるマフィンを快く思わなくなっていた。わたしは実験室で子猫の成長を止めることに成功した。学習能力の高い成長期のまま止められたパフは、驚くべき量を学習していった。

 ペットが仔どものままだったらいいのに――という人間の勝手な希望と、猫の魔性が人工的に作り出された顛末を描いて、(パフはしゃべることこそしませんが)しゃべる猫の系譜に連なる作品です。パフが野犬に仕掛けた罠がしょぼくて、あまり頭がよくなったように見えないのが難点です。
 

「ピネロピへの贈り物」ロバート・F・ヤング/中村融(Pattern for Penelope,Robert F. Young,1954)★★☆☆☆
 ――このままではピネロピのミルクも買えない……請求書を前に溜息をついたミス・ハスケルがふと見ると、雪が吹きなぐる寒風のなか、少年がコートも着ずに立っていた。室内に招かれた少年は、猫というものを初めて見るかのように、好奇心を露わにした。

 ヤング特有の甘ったるい作品ですが、甘ったるさの対象が人間ではなく猫であるおかげで、気持ち悪さはありませんでした。
 

「ベンジャミンの治癒」デニス・ダンヴァーズ/山岸真(Healing Benjamin,Dennis Danvers,2009)★☆☆☆☆
 ――〈治癒の手〉の力を得たのは十六歳のときだ。心臓が止まったベンは生き返ってからはだいたい四歳のままだった。医師に診せるのはやめた。ぼくは四十六歳になり、ベンは四十九歳になっていた。猫年齢で三百二十九歳。ぼくはシャノンと知り合い、事実上の同棲を続けていた。ベンが人間の男だったらぼくは嫉妬しただろう。

 死者を生き返らせる力がうっかり出せちゃったとしたら――飼い猫を生き返らせるだけ。その力が引き起こすであろう問題には語り手は無関心だし、そもそも力を使おうともしません。恋人がその問題を切り出したときにも、語り手は向き合おうとはしませんでした。年老いずに元気なままの猫ともふもふしていればそれで幸せ、そんな猫に対する特別な愛情がある人だけが楽しめます。
 

「化身」ナンシー・スプリンガー/山田順子(In Carnation,Nancy Springer,1991)★★☆☆☆
 ――この猫の九つの生命のうち八つは使ってしまった。残りはひとつきり。後悔のない使い方をするつもりだ。カーニヴァルに潜り込んだ彼女は黄金色のストリッパーとなり、サングラスをかけた男っぽい“あててみようか男”に会いに行った。人間の言葉は難しいが、思念を読むことができる。ところが反対に意識にタッチされ、彼女は逃げ帰った。

 九つの命のある猫が最後の生を生き、美女に化けて選んだ男は……北欧神話を題材にした作品ですが、幻想的な書き込みが足りず主要な部分が猫と男の会話で明かされるためか、猫と男の正体はギャグだとしか思えませんでした。
 

「ヘリックス・ザ・キャット」シオドア・スタージョン大森望(Helix the Cat,Theodore Sturgeion,1973)★★★☆☆
 ――ぼくが柔軟ガラスを開発している時、猫のヘリックスが落とした瓶が床に落ちてジャンプした。「このとんま。話がある」その声は瓶から聞こえた。声は交通事故で死んだ魂だと名乗った。魂を食べる〈彼ら〉から逃げ込んだという。ぼくは偶然から〈彼ら〉を遮断できる物質を作りあげてしまったらしい。

 特殊な壜に閉じ籠もった男の魂によって改造された猫が、可愛くない!の一言に尽きます。しかもその可愛くない猫はわりと脇役で、ふたたび肉体を得たい魂と語り手のやりとりがメインなのが笑えます。
 

「宇宙編」

「宇宙に猫パンチ」ジョディ・リン・ナイ/山田順子(Well Worth the Money,Jody Lynn Nye,1992)★★★☆☆
 ――遠征隊に志願して採用されたのは、ジャーゲンフスキーを含めた三人だった。それと船猫のケルヴィン。トーマスが〈パンドラ〉に呼びかけた。「出発しよう」[目的地は?]「二七度五〇分」[了解]。「猫にもちゃんと用意してやらないとな」それがきっかけだった。〈パンドラ〉は猫の食べたいものを自主的に用意するようになった。

 ふざけた邦題に加えて、宇宙船のAIが猫を乗務員と認識してしまうドタバタを描いた前半から、ユーモアものかと思っていると、後半からはまさかの活劇に。なるほど邦題通りの内容でした。前半のユーモアも、後半にAIが猫の指示に従うための下敷きだったんですね。
 

「共謀者たち」ジェイムズ・ホワイト/中村融(The Conspirators,James White,1954)★★☆☆☆
 ――〈脱出〉のための仕事についていた〈小さな者〉が事故にあったらしい。シンガーが一部始終を見ていた。フェリックスは焼け焦げた〈小さな者〉の死骸を動かした。「よし、鳥頭。もう行っていいぞ。あんたはおれを怖がることになっているんだから」「ホントに怖いんだよ」シンガーが飛び出して行った。

 重力の欠如が長びいたことで起こった〈変化〉によって知能指数が上昇しテレパシー能力も身につけた猫とカナリアとモルモットとハツカネズミが、宇宙船内を人間に見つからないように移動しようとする話。『冒険者たち』みたいで絵面は悪くないのですが、もっと物語に躍動感がほしかったところです。
 

「チックタックとわたし」ジェイムズ・H・シュミッツ/中村融(Novice,James H. Schmitz,1962)★★☆☆☆
 ――テルジーはチックタックとテレパシーで意思疎通ができるようになっていた。チックタックが絶滅したバルート・カンムリネコの生き残りであり、政府の保護を受けなければならないと博士から聞かされたテルジーは……。

 連作集『テルジーの冒険』の一篇。獲物に応じてハンターも獲物から狩られるリスクが設定されているという異星の文化が面白かったので、この設定を活かした物語であればよかったのに。
 

「猫の世界は灰色」アンドレノートン山田順子(All Cats Are Gray,Andre Norton,1953)★★★☆☆
 ――スティーナはキュートな女ではない。月のように色彩に乏しい。だが〈火星の女帝〉事件を解決したのもスティーナだった。最大の懸賞船〈火星の女帝〉が近づいていることを野心家のクリフに知らせ、猫のバットと一緒に宇宙船に乗った。財宝の積まれた〈火星の女帝〉に乗り込んだ者は、それきり消えてしまうか逃げ帰ってくるかのどちらかだった。

 ファンタジー作品が多い本書中にあって、本書は色に関するSFでした。原題「All Cats Are Gray」が「見た目は重要ではない」「猫は(色盲なので)世界が灰色に見える」の二つの意味で用いられていて、それが単なる言葉遊びではなく内容を象徴するものになっていました。作品の長さも短く、未知の生物との交戦や正体に関してもあっさりとしているため小品という印象です。
 

「影の船」フリッツ・ライバー浅倉久志(Ship of Shadows,Fritz Leiber,1969)★★★★☆
 ――スパーが悪夢を見て目を覚ますと、猫が低い声で罵り声をあげた。話す猫だっているだろう。スパーは猫にキムと名づけて職場〈こうもりの巣〉に出かけると、クラウンの情婦が入ってきて月の露を注文した。昨日クラウンが忘れた黒いカバンを取りに来たのだという。スパーは何食わぬ顔で黒いカバンを本来の持ち主であるドックに返し、視力を取り戻す約束を取り付けた。

 作品世界の成り立ちに関わる大きなネタ自体はありきたりなものなのに、そこに魔女とか吸血とかいったものが組み込まれて得体の知れない鵺のような作品になっているのはさすがです。町の顔役のような男が恐怖で支配する無重力空間で、目の悪い老人(?)が知る真実が、あれよあれよと明らかになります。目はともかく歯は何なのかと思っていたら、ちゃんとつながっていました。

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『幻想と怪奇』5【アメリカン・ゴシック E・A・ポーをめぐる二百年】(新紀元社)

「〈幻想と怪奇〉アートギャラリー アーサー・ラッカム」

「A Map of Nowhere 05:ダーレス「深夜の邂逅」のプロヴィデンス」藤原ヨウコウ

「深夜の邂逅」オーガスト・ダーレス荒俣宏

アメリカン・ゴシックの瞬間」巽孝之
 

夢遊病――ある断章」チャールズ・ブロックデン・ブラウン/夏来健次(Somnambulism: A fragment,Charles Brockden Brown,1805)★★☆☆☆
 ――若い女性が銃で撃たれて死亡する事件が起こった。睡眠中に起きだして多様な活動をする習癖のある青年が容疑者として浮かび上がった。ただ彼は被害者の女性に恋心を抱いており、夜間を旅する危険性をひどく心配していたのだった。

 いきなり冒頭の新聞記事でネタばらししてどうなるのかと思ったのですが、なるほど飽くまで実行者は不明であり、事件に至るまでの状況だけが描かれるという形が取られていました。1805年当時には夢遊病とはどのように捉えられていたのでしょうか。いま読むとちょっと退屈です。
 

スリーピー・ホロウの伝説」ワシントン・アーヴィング/森沢くみ子訳(The Legend of Sleepy Hollow,Washington Irving,1820)★★★☆☆
 ――スリーピー・ホロウでは馬に乗る首なし騎士の亡霊が目撃されていた。スリーピー・ホロウにはイカボッドという教師がコネチカット州から赴任しており、教師の例に洩れず田舎の女性たちから一目置かれる存在だったが、如才ない一方で『魔術史』を頭から信じ込むような人間だった。とはいえ悪魔がいようと何だろうと、十八歳になるカトリーナという農場主の娘にはかなわない。ライバルは多く、筆頭はブロムという豪胆で怪力の若者だ。農場で宴会が開かれ、老人たちの手柄話や怪談を聞いた帰り、イカボッドは濡れた足音を聞き、巨大なものが暗闇の中にいるのを見た。

 著名作ですが、意外なことに純粋な怪奇小説ではありませんでした。怪奇ムードを盛り上げるというよりは田舎の風土の紹介であり、怪談会が始まりそうになったときもあっさりとやり過ごされます。首なし騎士と馬を駆ける場面などは完全にスラップスティックでした。読んでいる最中は戸惑ってしまいましたが、オチがあるとわかってしまえば、このノリは著者の意図したものだったことに気づきます。
 

「白の老嬢」ナサニエル・ホーソーン/田村美佐子訳(The White Old Maid,Nathaniel Hawthorne,1835)★★★★☆
 ――寝台の上に横たわっている若い美貌の男は、屍衣をまとった亡骸であった。見目麗しい二人の娘が亡骸を挟んで立っていた。居丈高な娘が叫んだ。「出ておいき、イーディス。命ありし日にこのかたをわがものにしていたのは貴女です。死したいま、このかたはわたくしのもの!」「出ていって。幾年月を存えたのちに戻っていらして。そのときにはこのかたと一緒にお迎えしますわ」「証の品は?」「このかたの髪のひと房を」そして数多の歳月が過ぎた。若かった娘は“屍衣の老嬢”として町じゅうで知られていた。日中に外出するのはきまって葬列についていくときだけであった。ある日の午後遅く、葬式もないのに老嬢が目撃された。いぶかる人々の前に豪華な馬車が停まり、老齢の貴婦人が老嬢の家に入っていった。

 二人の娘と若い男のあいだに何があったのか、残った娘が葬式にばかり参加していたのはなぜか、など明かされない謎が想像力を掻き立てます。葬列以外に外出しなかった老嬢が初めて葬式のない日に外出している姿を目撃される場面は、何かが動き出したことを感じさせて期待感が高まる名場面でした。
 

「ベレニス(新訳)」「早すぎた埋葬(新訳)」「ヴァルドマール氏の死の真相」エドガー・アラン・ポー

「怪奇幻想小説の伝統」西崎憲

「色彩の悪夢――エドガー・アラン・ポーと疫病ゴシック」西山智則
 トランプや鬼滅の刃や新型コロナに頑張ってこじつけている感じ。

「七番街の錬金術師」フィッツ=ジェイムズ・オブライエン/岩田佳代子訳(The Golden Ingot,Fitz-James O'Brien,1858)★★★☆☆
 ――もう休もうとしたとき、夜間用のベルが鳴った。「父がひどい事故に遭って火傷を負ったんです。急いできていただけないでしょうか」貧相な身なりの女性だった。「どうして怪我を?」「化学者なんです」。横たわっていた白髪の学者に声をかけると、激しい怒りを見せた。「誰だ? わしの秘密を探りにきたな」「医者のルクソールといいます。治療にきたんです」「では患者の秘密は漏らさないと誓っているはずだな。金なら存分に払ってやる」。ブレークロック氏は硫黄と水銀を混ぜ合わせて黄金を作りあげることに成功したと話し、娘のマリオンは管理していた金をすべてどこかへやってしまったという。信じられない話だったが、報酬に渡された延べ棒を確かめてみると間違いなく純金だった。

 医者が語り手であるのは、錬金術という非科学的な要素に説得力を持たせるための工夫でしょうか。けなげそうな娘が父親の財産を盗んだと告発されながらも口を閉ざしているという状況には探偵小説のような謎めかしさがありました。いずれ避けられなかった悲劇とはいえ、医者が往診して報酬など発生しなければ、もう少し長くは夢を見ていられたかもしれないと思うとやるせなを感じます。
 

「姿見」イーディス・ウォートン/高澤真弓訳(The Looking Glass,Edith Wharton,1935)★★★★★
 ――マッサージ師をしていたアトリー夫人は姪のモイラに語った。戦地の夫を思うご婦人たちが霊媒師にカモにされるのを気の毒に思っていたの。それで教会の教えに反することはわかっていたけれど、夢で見たお告げを伝えたの。それが当たって評判になったわ。だけどクリングスランド夫人のことは――。ある朝、部屋に入ると顔を枕にうずめて泣いていたの。『さあ涙の訳を教えてくださいな』『失ってしまったの』『何を?』『私の美貌よ』。実際その頃から彼女のことが心配になってきたの。ある日、彼女は外国の伯爵から届けられた手紙を破り捨てていたわ。『こういう人たちは金のある年老いた女を捜しているの……あの頃とは違うのよ。花屋で出会ったあの若者……あれは生涯ただ一度の恋だったと思う』『その方とは?』『四、五回、会っただけ。そのあとハリーはタイタニックとともに沈んでしまったの』。次の日、お屋敷から霊媒師が出てくるのを見て、彼女を救うためには先手を打つ必要があると感じたの。『昨夜、不思議なことがありました。あのタイタニックの方のように思えてならないんです。まるでそこにいるみたいにその姿がはっきりと――』

 そもそものお告げも正義感からでしたし、お告げの経験を活用しようとするのもクリングスランド夫人を悪徳霊媒師から守るためというのも、アトリー夫人の優しさをしのばせます。けれど優しい噓をつくにも教養は必要で、こういう絵空事には、教養ある貧しい人物というあつらえたような人物がぴったりでした。クリングスランド夫人の援助で家を買うことができたというエピソードや、神父も共犯だというオチなど、悲しい物語にまぶされた穏やかなユーモアが絶妙です。
 

「サテンの仮面」オーガスト・ダーレス/三浦玲子訳(The Satin Mask,August Derleth,1936)★★☆☆☆
 ――モニカが見つけた手紙は、母の妹ジュリエットからのものだった。母もジュリエットももうこの世の人ではない。『アンナ。ベリーニが素敵な仮面を送ってくれたの。まるで生きているみたい』。この手紙を書いてすぐ、おばのジュリエットは死んだ。食卓でその手紙を話題に出すと、みんなの顔色が変わった。「ジュリエットは自然死じゃないの。あの仮面は吸血鬼のように命を吸い取るというの」スーザンおばさんにはそう言われたものの、モニカは隠していた仮面を見つめ、顔につけた。

 スーザンおばさんはモニカに仮面をつけさせて殺すためにわざと手紙を読ませたのかとも思ったのですが、モニカの身に起こったことに心から恐怖しているようですし、そういうわけでもないようです。でも因果応報ではないとなると、自分の母親が死んでいるのに「モニカではなかったのね」と口にするアリスの異様さが際立ち、古典的な怪談がまるでサイコ・ホラーのように歪んで見えます。
 

「藤の大木」シャーロット・パーキンス・ギルマン/和邇桃子訳(The Giant Wistaria,Charlotte Perkins Gilman,1891)★★★★☆
 ――「わたしの子を返してちょうだい、お母さん」と言いつのる途中で父親に口をふさがれた。「この恥さらしを置いて三人で英国へ戻るぞ。ありがたいことに、従兄はそれでも妻にもらってくれるそうだ。そんなに子どもをほしがるなら、まっとうな出自の子を産ませてやればいい!」***「まあジョージ、すごい家ね! 絶対に幽霊のいわくつきよ! この夏はあの家ですごしましょ! もちろんケイトやジャックやスージーやジムも呼んで」ジェニーの提案でその家を借りることにしたが、近所に聞いても幽霊の言い伝えなどなかった。それでも一夜を過ごした翌朝には各自が幽霊の話をし始めた。「幽霊はどうだった? おれは見たよ、おかげで食欲はさっぱりだ!」「わたしもよ! すごく怖かった……飽くまで感じなんだけど。地下室に怖い井戸があるでしょ? 井戸の古鎖がきしむのが聞こえたの!」「何か見えた?」「なんにも」「おれはいきなり目が覚めたんだ。すると若い美人の幽霊が入ってきた。ぜんぶ夢だがな」

 真剣だったり冗談めかしていたりといった温度差のある各人各様の証言によって徐々に幽霊の輪郭が浮かび上がってくるのは、現実の会話のような効果を狙ったものでしょうか、朦朧としていた出来事のなかから実体が立ち上がってくるのには厭らしい怖さがありました。それにしても井戸から発見された赤子と藤の木の根元に埋まっていた白骨死体は、過去パートの描写とは辻褄が合いません。過去パートが終わったあと現代パートまでのあいだにいったいどのような出来事が起こったのか想像を掻き立てます。『ゴースト・ストーリー傑作選』に「藤の大樹」の邦題で収録されていました。
 

「夢」アースキン・コールドウェル/高橋まり子訳(The Dream,Erskine Caldwell,1931)★★★☆☆
 ――この六、七年、ハリーから夢の話をずっと聞いている。杜を歩いて橋にたどり着く。砂利道の中央に若い女が立っている。女は十八歳。『何か用?』『ハリーを待ってるの』『ハリーはおれだ』『じゃあ帰る』『一緒に行く。おれはハリーだ』『来ないで』。全速力で走って追いかけても距離は縮まらない。「おれ、女を捜そうと思っている」あるときハリーが言った。

 『タバコ・ロード』の著者による奇譚です。運命の女を探しに行くロード・ノべルのような味わいがありました。
 

「クロウ先生の眼鏡」デイヴィス・グラッブ/宮﨑真紀訳(A Pair of Spectacles,Davis Grubb,1945)★★★☆☆
 ――ビリー・ポッツという行商の眼鏡屋がいた。眼鏡は葬儀屋から調達した。誰かが死ぬと、その人の眼鏡を、時計やらバターやらと引き替えに譲り受ける。ある日、昔からの友人で医者のクロウ先生に声をかけられた。「じつはな、今夜日が沈んだら、わしはたぶん死ぬと思う。わしの眼鏡だ。受け取ってもらいたい」「ああ、先生……」「これはただの眼鏡じゃない。世界はインチキだらけだ。だがこの眼鏡を掛ければ真実がちゃんと見えるんだよ」。好奇心はあったが、自分のような凡夫にはその眼鏡を掛けるのは畏れ多い。そこでビリー・ポッツはコックス牧師に眼鏡を掛けてもらうことにした。

 作者には映画化された『狩人の夜』などの著作があります。ビリー・ポッツには普段と変わらないようにしか見えなかったということは、この眼鏡には真実が見えるというよりも、偏見を取り除く効果があったのでしょうか。
 

「月のさやけき夜」マンリー・ウェイド・ウェルマン紀田順一郎(When it was Moonlight,Manly Wade Wellman,1940)★★☆☆☆
 ――彼は原稿用紙にこう書きだした。「早まった埋葬 エドガー・A・ポオ」。妻に先立たれた男が一週間後の喪明けのさい、墓跡の下からがりがりと音が聞こえたため、人夫を呼んで「死体」を引きずりだした、という事件が一か月前に発生していた。この事件をもっと調査するため、ポオは当事者の自宅を訪れた。「奥さん、早まった埋葬についてうかがいたいと……」「たしかに事実です。夫は埋葬されたんですけれど……」「女の人が埋葬されたとうかがっておりましたが?」「いいえ、夫なんです。お会いになりますか?」「喜んで」。階段を降りる夫人のあとに従ったとき、無意識に扉を閉めてしまった。真っ暗になった途端、夫人が卒倒した。「月の光が――」

 『書物の王国12 吸血鬼』で読んだことがありましたが内容はすっかり忘れていました。ポオが実際の怪奇体験から小説のネタを得たというドタバタ色の強い作品で、図らずもポーがゴーストハンターみたいなことになっていました。
 

「屑拾い」メラニー・テム/圷香織訳(The Pickers,Melanie Tem,2009)★★☆☆☆
 ――ローレンが外に出ると、屑拾いたちがいた。下等な連中に居住空間を冒されているようでゾッとする。事故で死んだ夫のラファエルには、屑拾いたちの戯言が魅力的に思えたらしい。大柄で見苦しい女が話しかけてきた。「おはようございます、バーローさん」「どうしてわたしの――」ゴミを調べれば個人情報なんて見つかるに決まっている。Dと名乗る屑拾いはその日からローレンにつきまとうようになり、幼いリードに乳をあげさえした。

 『ナイトランド・クォータリー』の常連スティーヴ・ラスニック・テムの妻。不安やストレスを抱えた日常に、怪異や悪意という形を取ったさらなる圧力が忍び込むというのは、現代小説の流行の一つであるらしく、わりとよく見かける書き方です。見知らぬどころか不気味に感じている人物の乳を我が子に飲ませるというくらい判断能力が鈍っている状況に恐ろしさを感じます。
 

テクニカラー」ジョン・ランガン/植草昌実訳(Technicolor,John Langan,2009)★★★☆☆
 ――では、一緒に声に出して読んでみよう。「そして闇と腐敗と赤き死がその無際限な支配をすべての上に及ぼした」。では続けよう。七色の続き間についてだ。きみたちのレポートを読んだが、この配色の意味について興味深い考えを示したものがいくつもあった。何? どうしたんだね。この二人は手伝いに来てもらった大学院生だ。仮面をつけているから驚いたのか。本題に戻ろう。一八一〇年パリに現れたプロスペル・ヴォーグレという紳士がいた。ヴォーグレの遺した本には、図像を印刷したページが七つある。

 架空の資料に基づく架空の「赤き死の仮面」講義という発想は、架空の書評集のようで面白いですし、「赤き死の仮面」という作品がその資料に対するポオなりの解釈だというのもまあ面白いのですが、講義自体がポオの試みを再現しようとする試みだったというあたりになると、しつこいうえに尻すぼみに感じられます。
 

小泉八雲『怪談』をめぐって」杉山淳
 『怪談』は散文詩であるという持論を語ったエッセイ。なるほど詩とは暗誦を前提とするものゆえ聴覚を扱った「耳なし芳一」が巻頭にあるというのは説得力があります。
 

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 幻想と怪奇 5 

『厨師、怪しい鍋と旅をする』勝山海百合(東京創元社)★★★☆☆

 一応のところは斉鎌《せい・れん》という料理人(厨師)が、李桃源《り・とうげん》という男から腹が空くと自分から餌を食べてしまうという鍋を預かり、次の職場を探しに行くまでの旅路で遭遇したあれこれの顛末――というおおまかな流れが採られています。

 とはいえ各短篇に強固なつながりがあるわけではなく、鍋もさしてストーリーに絡むでもなく、一人の料理人が共通しているだけで、あとは著者得意の中華奇譚の掌篇が連なっているという印象でした。だから連作というよりは、デビュー短篇集の『竜岩石とただならぬ娘』のような純粋な短篇集に近い感触です。

 もともとが著者の得意な作風ですから、個々の短篇としては良いのですが、長篇の読みごたえを期待していたので物足りなさが残りました。

 優れた厨師を輩出することで有名な斉家村に生まれた見習い料理人・斉鎌は、ある日見知らぬ男から不思議な鍋を借り受ける。しかしそれは煮炊きをしないでいると腹を空かして動物や人間を襲い始める、とんでもない鍋であった。鍋を返すまで故郷に帰ることは叶わない――流浪の身となった斉鎌は、鍋とむらに代々伝わる霊力を持った包丁を頼りに、戦場の飯炊き場、もののけの棲み家、名家の隠居所などで腕を揮いつつ、鍋の元の主を捜し歩くが……日本ファンタジーノベル大賞受賞者による中華ファンタジイ。(カバー袖あらすじ)

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 厨師、怪しい鍋と旅をする 

『スインギンドラゴンタイガーブギ』3、「チェンジエンド」三都慎司、「分身の理由」つばな

『スインギンドラゴンタイガーブギ』3 灰田高鴻(講談社MORNING KC)
 もともとはお姉ちゃんの相手をさがしに来ていたとらでしたが、スターを目指すことに。
 

「チェンジエンド」三都慎司(『ヤングジャンプ増刊 バトル2』)
 ――経済的事情で卓球の夢を諦めることにした新島飛鳥。今日が最後の試合だ。

 なぜか連載はSFものばかり続いていたので、こういうストレートな青春ものは久しぶりです。
 

「分身の理由」つばな(『ユリイカ』2021年1月号【特集=ぬいぐるみの世界】)
 「これを私だと思って大事にしてね」転校するクラスメイト・サキちゃんからぬいぐるみをもらった女の子は、その言葉どおりに大事にしていた。そして15年後……。

 つばならしいちょっと重くてダークな形代の物語。6ページ。
 

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 スインギンドラゴンタイガーブギ3  三都慎司ヤングジャンプ増刊 バトル2 三都慎司「チェンジエンド」  つばなユリイカ 2021年1月号 つばな「分身の理由」


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