肖像画家のピアンボに突然声をかけてきたのは、両目が白濁した盲目の男。シャルビューク夫人の使いと称し、法外な報酬を口にして、肖像画の制作を依頼してきた。ただし、夫人が語る過去の話とその声だけで、姿かたちを推測しなければならない、という奇妙な条件付きで。(帯あらすじより)
ミステリ味のある話だという前評判は聞いていましたが、ミステリめいたというのは、この依頼のことだと思っていました。つまり謎めいた幻想小説だと。ところがどっこい、ミステリとはつまりミステリ小説のことだったのですね。幻想小説だとばかり思っていたら、後半にいたってとんでもミステリ小説に変じます。
雰囲気的には『最後の審判の事件』みたいな手触りでしたね。帯背に「奇怪な物語」とありますが、むりやり名づけるならば「伝奇幻想ミステリ」でしょうか。
前半の千夜一夜めいた夫人の夜語りも美しいのですが、そこから違和感なくグロテスクな後半に転じてしまうのが見事です。
雪の結晶言語学者の父親、完全に同一の雪の結晶、雪占い、“狼”に襲われた母親、屏風から覗く猿の手、影に憑かれた男……姿を見ずに肖像画を描くという奇妙な依頼にはもちろんのこと、その手がかりになるかもしれない身の上話に引き込まれてしまいます。一篇一篇(一夜一夜)が素晴らしい。一つ一つがそれぞれ単独の幻想小説としても際立っています。
なんとかシャルビューク夫人のイメージをつかもうと、ピアンボは友人のシェンツとともに独自の調査を開始するのですが、ここに途中から夫人の夫を名乗る人物の影がちらつきはじめて、夫人の顔を巡る調査はやがてシャルビューク夫妻と犯罪を巡る捜査へと移り変わります。
調べても調べてもシャルビューク夫人の顔はベールに覆われたまま。夫に脅迫されても、画家としてもうやめることはできない。やがて思いは強迫的なものに変わり、命も恋人も失いそうになってもやめることはできない。こうした芸術家の苦悩をみごとにかき立て、それを読者も共有してしまえる、見事な謎の依頼と夜語りだと思います。
謎解きサスペンス色の強くなる後半になると、テンポもぐっと増してページをめくる手が止まらなくなりました。最後の最後なんて、まるっきりアクション小説。
謎に加えて師匠との葛藤、恋人との不仲など、読みごたえ充分です。
アクション満開のクライマックスから一転、静かに落ち着いたささやかなエピローグが心に残りました。
原題『The Portrait of Mrs. Charbuque』Jeffrey Ford,2002年。
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