『サウンドトラック』(上)古川日出男(集英社文庫)★★★☆☆

 古川日出男っておしゃれでもかっこよくもなく、ださださの剛腕なのかも、って思った作品。

 はじめて読んだのは『ルート350』だったけど、結果的にはそれでよかったかも。肩の力を抜いた感じの、それこそおしゃれな作品群。次に読んだのが『アラビアの夜の種族』。あれは語りものという体裁をとっていたのではなから作り物の文体だったし、『暴夜物語』あたりを意識しているおかげでルビの多用も癖ではなく凝りどころに思えたし。まあ世界文学レベルの幻想小説っていう読前のイメージからすると、おちゃらけてポップな作品ではあったが。

 で、『サウンドトラック』。多用するルビ、倒置を駆使した文体、ところどころに挿入されるギャグ的なもの。すべてにおいて“頑張っておしゃれしてる”というのが伝わってきてしまう甘さがある。映画にしろ音楽にしろ、見た瞬間に即座にかっこいい!と思えるものがやはりかっこいいと思う。努力が透けて見えるのではあくまで努力賞だ。

 ところがぐいぐいと読ませてしまう力もあって、これは結局力業なんじゃないかと思う。底が見えてすら引き込まれる文体。

 物語の内容はというと、男らしさが教育理念の父を失ったトウタと、無理心中を計った母から生き延びたヒツジコが、無人島で出会い、やがて生い立ちを思い出し、世界と対峙し……という、『コインロッカー・ベイビーズ』を連想せずにはいられない内容。いかに古川日出男といえども『コインロッカー・ベイビーズ』が相手では分が悪い。だから序盤はけっこう退屈。わたしの場合は文体に乗れなかったものだからなおさらです。

 まあ著者自身が『ユリイカ』自作解説で、『コインロッカー・ベイビーズ』から始まって最終的にどこまで離れられるか、とおっしゃってるので、後半に期待でしょう。

 「音痴」で音楽が嫌いなトウタと、人を操れるほど音感(?)のよいヒツジコという設定がどのように活かされるのかも楽しみ。

 コラージュのように挟み込まれる雑多なエピソードが、作り込んでいない感じがしてよい。すみずみまで計算された完成度100%の小説ではなくて、粗削りなのに全体を見渡せばまとまっているような完成度を持った肌触り。努力が透けて見える文体とは対極にある、努力の透けて見えない構成。

 東京は異常な街に変貌していた。ヒートアイランド現象によって熱帯と化し、スコールが降りそそぐ。外国人が急増し、彼らに対する排斥運動も激化していた。そんな街に戻ってきた青年トウタと中学生ヒツジコ。ふたりは幼いころ海難事故に遭い、漂着した無人島の過酷な環境を生き延びてきたのだった。激変した東京で、ふたりが出会ったものとは――。疾走する言葉で紡がれる、新世代の青春小説。(裏表紙あらすじより)
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 『サウンドトラック』(上)
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