『動物妖怪譚』(上)日野巌(中公文庫BIBLIO異の世界)★★★★☆

 『植物怪異伝説新考』と同じ作者だったので、漠然と〈動物編〉なんだろうくらいに思っていたのだけれど、実際のところはかなり違う。『植物怪異伝説“新考”』というくらいだからあちらは研究書なのだが、こちらはあくまで『動物妖怪“譚”』。動物妖怪が登場する物語の引用が大半を占める。

 『植物怪異〜』では、伝説上の植物を現実の植物に同定していたりしたのだが、さすがに「鬼」や「天狗」ではそれをやるわけにもいかない。

 結果的に、古今東西の動物伝説集大成という趣で、読み物としてかなり面白いアンソロジーとなっています。『古事記』や『今昔物語』、『本草綱目』などお馴染みのものから、なかにはあまりなじみのない中国の書物からの引用まで、とにかく幅広くボリュームがある。山椒魚型の人魚とか裸女型の人魚の物語、「黒青」なる得体の知れないものについての説明など、めずらしい話が楽しめた。『今昔物語』のような著名な作品のなかにも意外と知らない話があって、鬼に追われて橋の下に逃げると……というのは怖かった。蛇と雉が交わると蜃が生まれるという俗説には、著者による妙にくそまじめな科学的なつっこみが楽しい。

 無論これだけ大量の引用を通して読めば、それだけでその動物妖怪の歴史を一望できるわけで、そういう意味では研究書としても価値がある。

 簡単な紹介文とそれに続く原文の引用からなっているので、現代語訳じゃあ味わいが減ってしまうので嫌だというこだわりのある方にも楽しめるし、『植物怪異〜』と同じく簡単な便覧としても使える。

 ただしこの引用が少し曲者。なにぶん原著が古いので仕方がないが、かなりいい加減である。例えば、同じ本からの引用が場面によって書き下しだったり返り点付原文だったり白文だったりとまちまち。明らかに紹介文と引用文の内容が合致していないものがある。引用文の書名が違うっぽい……などなど。まあ読み物として楽しむ分には困らないけど。

 最後の二章「八俣遠呂智」「多爾具久」では、これまでの引用一辺倒から一転、ちょっと怪しげな(?)自説を力を込めて記しているので、引用ばかりじゃつまらないという方もここは楽しめるんじゃないでしょうか。
 -----------

 『動物妖怪譚』(上)
  オンライン書店bk1で詳細を見る。
 
amazon.co.jp amazon.co.jp で詳細を見る。


防犯カメラ