『日本版シャーロック・ホームズの災難』北原尚彦編(論創社)★★★☆☆

日本海軍の秘密」中田耕治 ★★☆☆☆
 ――イギリス人、シャーロック・ホームズ横浜駅東海道線の列車から降りた。サラエヴォでの一発の銃声が全世界を戦争にまきこんだ、そんな時期、ホームズは日本にきていた。

 ドイルの文体模写でもなければ、オリジナルのミステリ的な奇想があるわけでも作品として一癖あるわけでもない、非常に中途半端なホームズ・パスティーシュ
 

「盗まれたカキエモンの謎」荒俣宏 ★★★☆☆
 ――「クマ、クマ、ワガ博物館館長フランクス氏ガ集メタ日本ノ陶器ガ盗マレタノダヨ!」熊楠が館長室に駆け込むと、ひと足先に来ていたひょろ長い男が問いかけていた。「館長、このカーペットについた泥は? この足跡は?」

 熊楠・ミーツ・ホームズ。「ホームズ君」「ミナカタ君」って。。。(^_^;腐女子なら飛びつきそうなやりとりが。。。「日本」がらみにちゃんと意味があるところがミソです。
 

「「名馬シルヴァー・ブレイズ」後日」林望 ★★★★☆
 ――こんな真夜中に、だれがこの老医師を訪ねてきたのだろう。「ワトスン博士、もう四十年も前に、『シルヴァー・ブレイズ』という一件をお書きになっておられますね。あの作品に出て来る警部は私の祖父なのですが……」

 集英社文庫「世界の名探偵コレクション」の鑑賞として書かれたものだとか。ホームズの巻なんてわざわざ改めて買わないからまったく知らなかった。作品の欠点を続編として補おうという愛情あふれる姿勢が、老いたワトスンのもとを訪れる依頼人という設定を併せて心温まる作品です。
 

銭形平次ロンドン捕物帖」北杜夫 ★★★☆☆
 ――「ホームズさん、何でまたこのあっしをイギリスくんだりまで呼び寄せなさったので」「今度の事件には西洋の神秘的、怪奇的要素つきまとっている。そこで東洋の神秘の国からあなたを招いたのです。隠れマントという伝説を御存じかな」

 もっとはちゃめちゃなパロディかと思っていたのに、ミステリとしてはわりと真面目な作品です。平次(というか日本人であること)がちゃんと伏線になっているのもちょっとびっくり。
 

ルーマニアの醜聞」中川裕朗 ★★★★★
 ――私たちはべーカー街で妙な電報を受け取るのには馴れていたが、地獄の一丁目でも事情は少しも変わらなかった。サクラノイレズミヲ ダレニミセタカワスレタ サイバンガデキナイ シキュウエンジョコウ。

 地獄のシャーロック・ホームズ・シリーズの単行本未収録作品。愛情のあまり殺してしまった的なすさまじさがあります。遠山の金さんを捨てネタに使うところといい、あまりに桁外れ。このシリーズは世界中のホームズ・パロディのなかでも最高傑作だと思います。
 

「殺人ガリデブ」北原尚彦 ★★★☆☆
 ――遺言の内容は、ガリデブ姓の成人男性三人に遺産を三分割して与える、といったものだった。ホームズはにやりとした。「新聞の広告欄はお試しになりましたか?」ところが数日後、ガリデブ氏が四人も集まってしまった。

 飽くまで「三人ガリデブ」の筋に沿いながら、アナザー・ストーリーを紡ぎ出すところにマニア魂を感じます。お遊びでありながら犯人推理は意外と論理的(?)だったりするところが可笑しい。
 

「その後のワトソン博士」東健而 ★★★☆☆
 ――名探偵シャーロック・ホームズの相棒であり記録者であったドクター・ワトソンは今どうしているだろうな。記者はそのワトソンさんに会ったのである。「君ねえ、君、ウーイッ、ええと、チーズマン夫人てのを知ってるかね?」

 「落ちぶれたホームズ」とか「ホームズの正体」とかはよくあるけれど、「落ちぶれたワトスン」&「ホームズの正体」というのは、ありそうでなかった作品。どうしてもホームズが目立つけれど、ワトスンの方に目が行ってしまう人というのもいるんだよね。
 

「黒い箱」稲垣足穂 ★★★★☆
 ――シャーロック・ホームズ氏の許へ、一人の紳士がとびこんできた。「これを開けてもらいたい」それは黒い頑丈な小箱で、いわくありげな宝石の唐草模様がついていた。

 飽くまで「名探偵」という記号としてのホームズなので、ボーナス・トラックみたいなものです。まごうかたなきタルホ作品。
 

「エルロック・ショルムス氏の新冒険」天城一 ★★★★☆
 ――凶悪犯ル・パンを追ってショルムス氏は、ムスリムの国へたどりついた。カリフが言った。「この国には三人の白人が居る。一人はル・パンですわい。そのうちのたった一人にたった一回質問して、どの男がル・パンか見破っていただきたい」

 いかにも天城氏らしい簡潔な謎かけだな。ただし、「ル・パンの性格」というのが問題編の条件に入っているだけに、唯一無二の完璧な解答などなく、けっこういろいろ楽しめそう。
 

「ホームズの正直」乾信一郎 ★★★☆☆
 ――シャーロック・ホームズ氏は東京へやって来たが、すこぶる気が軽かった。チェホフがアメリカの流行作家で、永井荷風が戦後派作家だと思っている人種の住む国だから、変装の必要もなかったのである。

 名探偵の代名詞になってしまったがゆえの「災難」。
 

「全裸楽園事件」郡山千冬 ★★★☆☆
 ――言語を絶した男女痴戯の図にもぶつかったことがあるし、日本エドガー・アラン・ポー氏の名作そこのけの変態的愛慾に息を呑んだこともある。

 雑誌の好色捕物帖特集だとかで、無意味なエロネタがあったりする。これはまあ「変装」に尽きるでしょう。
 

赤毛連盟」砂川しげひさ ★★★★☆
 ――ある日ホームスパンをたずねると、ヴァイオリンを弾いていた。よく見ると、ヴァイオリンの弦が真っ赤だった。「そう、お察しの通り、陰毛だよ」

 アホです(^^;。この突き抜けっぷりは素晴らしい。記号としての名探偵じゃなくて、ちゃんと赤毛とヴァイオリンというホームズネタでできているんですよね。
 

「ごろつき」都筑道夫 ★★★☆☆
 ――悲鳴が聞こえた。つづいて物音がした。ドアには鍵がかかっていた。マスターキイであけると、女優がまったくのヌードでたおれていた。

 う〜ん。。。ショート・ショート?
 

「にんぽまにあ」都筑道夫 ★★★☆☆
 ――某財閥のかげの人といわれる某氏が、階段から転落死した。左右の靴底に、ソロバンが釘づけにしてあったのだ。「そういえば、入り口の方でゼイゼイ咳をしているのが聞こえたわ」ゼンソク持ちのひとり息子に嫌疑が集まった。

 二篇続けて読むとさすがに、駄洒落好きにもほどがある!と思ってしまうのである。
 

「「捕星船業者の消失」事件」加納一朗 ★★★☆☆
 ――せまい宇宙船で、ハリファックス・カーファクス氏が消えてしまった。

 『ホック氏』の著者によるSFパロディ。
 

ゲイシャガール失踪事件」夢枕獏 ★★★☆☆
 ――レストレイドがあらわれた。「やんごとないお方が、つい先日、おしのびで行った日本旅行から、ゲイシャガールを連れて帰ってまいりました。そのゲイシャガールがさらわれて、脅迫状がとどいたのです」

 軽めのショート・ショートではありますが、例えば泡坂妻夫「ホロボの神」などを思い出してしまう、異文化ならではのミステリだと思うのです。
 

「赤い怪盗」柴田錬三郎 ★★★☆☆
 ――突然、とある横町からとびだしてきた怪漢があった。そのうしろからおなじ服装の人物が走りだしてきた。逃げる、追う、逃げる、追う……。ふしぎである。怪漢は、あとかたもなく、姿をかくしてしまった。

 ホームズ翻案も手がけていた柴練が書いた、翻案もどきのオリジナル。ホームズ、ひどい……;
 

「カバは忘れない(オリジナル版)」山口雅也 ★★★☆☆
 ――動物園の園長が殺されていた。そばには園長のペットのカバも……。

 一応ホームズもどきは出てくるけれど、というよりキッド・ピストルズものの一篇です。山口雅也は『生ける屍の死』が大傑作なだけに、短篇にもあの完成度を求めてしまうところがあって、クイーンのいくつかの短篇にも感じる、理屈だけが走っちゃってる感じを受けてしまうんだよなあ。。。
 

「怪犯人の行方」山中まね太郎 ★★★☆☆
 ――世界的名探偵として有名なシャーロック・ホームズ! それでも、時には大失敗をやって、自分のヘボ探偵ぶりが、いやになることもある。いやになって、別荘へひとりで行った。そこで出くわしたのが「ライオンのたてがみ」で、ホームズ自身がくわしく書いたとおりです。

 贋作「指名手配の男」を山中峯太郎風に翻案した、とことん趣味的な一篇。著者はシンポ教授の本篇用ペンネーム。峯太郎自体を読んだことなかったんだけど、こんな陽気でお茶目なのか。
 

「真鱈の肝」横田順彌 ★★★★★
 ――「ははあ、魚河岸に行ってきたな?」疾風のホシナと呼ばれる、保科大探偵は、僕の顔を見るなりいった。「どうして、分かった!」「だって『丸魚』と書かれた法被を着て、長靴をはいているじゃないか。魚の匂いもぷんぷんしている……簡単なことさ」「しかし保科君。この恰好は医師会仲間の演芸会で、僕が魚河岸の卸し売り人役をやったためかも知れんだろう?」

 ハチャハチャSFの横田氏なので「まだらのひもの」みたいなのを想像していたら、何と押川春浪「ホシナ大探偵」の文体模写! (少なくとも前半は)模倣は大まじめなのに内容はハチャハチャのギャップが、よじれる笑いを生んでいます。
 

赤毛サークル」喜国雅彦 ★★★☆☆
 ――「ある団体を設立しようと思ったんですがその名前に困ってましてね」「事件の相談ではないんですね」「英語のleagueは日本語で何と言うんでしょう?」「なるほど。でしたら今風なのはどうです。例えば「サークル」です」

 著者らしい(と言っていいのかな?)、エロネタの作品です。
 --------------------

  『日本版 シャーロック・ホームズの災難』
  オンライン書店bk1で詳細を見る。
 amazon.co.jp amazon.co.jp で詳細を見る。


防犯カメラ