『犯罪者書館アレクサンドリア~殺人鬼はパピルスの森にいる~』八重野統摩(メディアワークス文庫)★★★☆☆

『犯罪者書館アレクサンドリア~殺人鬼はパピルスの森にいる~』八重野統摩(メディアワークス文庫

 日常系を得意としてきた著者による第三作目は、裏社会(というより架空世界)を舞台にした謎解きものです。

 父親の残した六千万円の借金のかたに身柄を買われて、裏社会の住人用の書店・アレクサンドリアで働くことになった神田六彦が出会う、三つの謎が描かれます。折りしも世間ではアレクサンドリアの利用客がシャーロック・ホームズを名乗る人物に殺される連続殺人が起こっていました。
 

「第一章 憧れのフィリップ・マーロウ★★★★☆
 ――夏目さんが経営する書店の営業時間は朝八時から深夜十二時まで。地下にある貸し倉庫が店舗だ。個人情報の徹底管理と引き替えに、商品は定価の百倍で売られている。その日の客は、金髪の美少女の外見をした性別不明の殺し屋アーミン、無口な東欧系の大男の殺し屋ベルガー、性別を越えて変装できる変装師・栗栖の三人だった。アーミンは注文していた『さらば愛しき女よ』を受け取るものの、がっかりしたように六彦に本を譲った。九万円近く出して買った本をなぜ?

 当たり前のように殺し屋が出て来ますが、謎自体はオーソドックスな本にまつわるミステリで、書物そのものにまつわる理由と好きな探偵の性格にまつわる理由の二つが用意されていました。書物そのものの理由の方は、書店員だった著者が実際に接客の際に困ったりしたことがありそうです。「何がいいって、ストーリーがつまらんのがいいよな」「マーロウはいつだって最高にニヒルでクールだし、ちょいちょい挟まれるユーモアもくだらないし堪らなく笑える」というアーミンによるチャンドラー評はけっこう核心を突いていると思います。
 

「第二章 おちゃめで可愛いコーデリア・グレイ」★★★★☆
 ――二億円の絵画が盗まれ一億円の保険金が支払われた。だがその後に絵画が見つかり、すでに保険金を支払っている保険会社の所有物となった。絵画を手に入れるために政府が関わった詐欺だった。長身痩躯、フェミニンなファッション、灰色の髪、オネエ言葉で話す普通の男、複製師ベネットの仕事だった。『さらば愛しき女よ』にまつわる事情が夏目の口からベネットや栗栖に洩らされていたことを知ったアーミンは、仕返しにベネットが嫌々ながらも詐欺に手を貸している理由を見抜こうと考え、『愛しき女よ』の事情を見破った六彦に推理を命じた。

 第一章では愛読書から居場所を知られて殺害された人物のエピソードが出てきますが、この章ではベネットの愛読書『女には向かない職業』の描写をヒントに、ベネットが詐欺に手を貸す理由が解き明かされます。普通に指摘したのでは単なるあら探しでしかないのですが、絵画を愛する人物が贋作に手を染め続ける理由を、コーデリアを「おちゃめ」と評する場面から見つける描写にしたことで、あら探しの批判どころか知られざるコーデリアのキャラクターにしてしまっているところに、著者の書物への愛情を感じます。
 

「第三章 殺人鬼シャーロック・ホームズの狂気」★★☆☆☆
 ――数日間寝込んだ風邪も治り、六彦は新潮文庫シャーロック・ホームズ・シリーズを読んで、常連客を殺した連続殺人鬼の正体に関するヒントを得ようとした。だが手がかりも見つからず、風邪のあいだ書いていなかった日誌を書こうとしてそれまでの分を読み返したとき、違和感を覚えた。翌日、六彦は来店したアーミンにたずねた。「なあ、アーミン……」。アーミンの答えを聞いた六彦は推理を確信して動揺していた。そのときベルが鳴り、運び屋が預かりものを届けにきた。被害者から六彦への届けものだった。

 連続殺人鬼ホームズの正体が明らかになります。これまでの章で描かれた伏線も回収されていて、異世界みたいな設定にはなるほどこの【ネタバレ*1】トリックを可能にするためもあったことがわかります。ただし、動機はあってないようなものと開き直っている感があり、ミッシング・リンクものでそれはいただけません。三篇のなかでいちばん書物との関係が薄いのにも消化不良が残りました。ホームズの名を騙る殺人鬼に憤るのはホームズ自身でもシャーロキアンでもなく、誰よりもホームズを敬愛するワトスンである、という説から、【ネタバレ*2】というのはさすがに飛躍しすぎでしょう。星のように書かれたホームズ本と重ならないようにしようとするあまり、ひねりすぎた感があります。実際のところ六彦は【ネタバレ*3】よりもアーミンとコミュニケーションを取っていることの方が多かったので、続編も可能だと思うのですが、現在までのところこれ一作のようです。

 父親が多額の借金を残して亡くなった。神田六彦はその肩代わりとして殺されかけるが、突如として現れた夏目と名乗る女によって、彼女の経営する店で働くことを条件に命を救われる。

 しかし、そうして足を踏み入れたアレクサンドリアは、殺し屋を始めとする反社会的な人間だけが利用する言わば犯罪者書館。常識も法律も通用しないその店では、シャーロック・ホームズを名乗る殺人鬼によって、次々と常連達が消され始めていた。(カバーあらすじ)

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*1 閉鎖空間による日時誤認

*2 犯人がワトスン役を望んでいた

*3 犯人だった店主の夏目さん


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