『煙とサクランボ』松尾由美(光文社文庫)★★★★☆

 探偵役はいます。解かれるべき謎もあります。それについて仕掛けられたからくりもあります。そういう意味ではミステリなのですが、その「仕掛け」自体が、本書が通常のミステリであることを覆す仕掛けになっていました。

 日常の謎とも言えないような小さなエピソードが重ねられます。漫画化の卵が招かれた、同じく漫画化となった小学校時代の友人の授賞式。炭津さんと柳井さんのなれそめとなったビンテージ・ジーンズ紛失事件。「身代わりになって死んだ」ことを否定する佐藤和夫。などなど。

 大きな謎は一つだけ。晴奈さんが幼いころ、実家に放火した犯人とその意図は――? ところが、です。実は本当の謎はほかにあるのでした。それも読者の目の前に最初からはっきりと目に見える形で。にもかかわらず、それを謎だと認識できないまま読まされてしまうのだから、たいしたものです。【炭津さんが成仏せずに幽霊となっているわけは? そしてこの謎が、放火の謎とも密接に――もとい放火の謎の解答そのものなのでした。

 それから、意図的なのかどうかがわからないのですが、「幽霊は自分が死者だと気づかれるとその人からは見えなくなってしまう」という設定ゆえに、炭津さんは真相を話す際にも途中で消えないように工夫しなくてはならなず、これがミステリの解決編(探偵関係者を一堂に集め云々のまどろっこしさ)に対するうまい解答になっていました。

 兼業漫画家の晴奈のなじみのバーは、ビルの地下にある小さな店。常連の自称早期退職者・炭津は、晴奈の話に的確で親身な助言をしてくれる素敵な紳士だ。店主の柳井の話では、名探偵でもあるらしい。そんな彼が実は幽霊だということは、柳井だけが知る秘密だ。晴奈は、幼い頃に起きたある事件を炭津に語り始めるのだが……。温かく切ない余韻を残す大人のミステリー。(カバーあらすじより)

  ・[楽天] 


防犯カメラ