『ご近所美術館』森福都(東京創元社)★★★☆☆

 サザエさんと同時期の漫画家・西園寺英子の息子が館長をつとめている私設の西園寺漫画美術館は、ぼくがよく行くコンビニの二階にあった。ぼくはコーヒー目当てに美術館に通っていたが、やがて館長がオタク少女あかねに変わり、コーヒーもインスタントになった。だが三代目の館長になったあかねの姉・董子に一目惚れしたぼくは、必死でいいところを見せようとするが、強力なライバルが現れた……。

 美術館を舞台に、「ぼく」海老野が、董子にいいところを見せようと真相を推理する――という連作短篇集。日常的というにはわざとらしいけれど、キャラクター小説というほどにはキャラが立っていない。桜庭一樹いうところの「関係性萌え」みたいなところがなきにしもあらず。

 第一話「ペンシル」は、董子が落とした財布を拾って届けた南田という男に、下心があるのかないのか――をめぐる、謎とも言えない謎の話です。キャラクター紹介といったところ。

 第二話「ホワイトボード」は、一転して殺人事件が扱われます。美術館の客の一人娘はペンギンに怯えていた。強姦殺人を目撃し、被害者の上で「ペンギンが動いていた」から――。この話以降、南田さんが最初にいいところを見せるものの、最終的には海老野が真相を言い当てる(が董子さんにはあまりアピールにならない)、という形が確立されます。

 第三話の「ペイパー」とは新聞紙のこと。美術館で地方紙を熱心に読んでいた老人。向かいのレストランのギャルソンが、親切にしてもらったお礼をしようとしたときには、老人は姿を消していた……。斯くして、老人の身許をさぐるべく、会話の断片や各自の情報をもとに、安楽椅子探偵が始まります。後味こそ悪くないものの微妙に残酷な真相を、董子にいいところを見せたいがために口に出してしまう探偵役。こういう形で「言わない方がいい真相」を明らかにする探偵というのは前代未聞では。チロリアンハットをかぶっている老人「チロリさん」は、海老野たちの話のなかに出てくるだけで直接的には登場しないのですが、名前ともども記憶に残るキャラクターです。
 

「マーカー」に出てくる謎は、不可解なものではなく、父親とのコミュニケーションを謎かけでおこなう女子高校生が父親に向けて送ったメッセージ。ピザとCDとパソコンのキーの意味とは――? 前話のチロリさんに続いて、印象的な少女が登場。推理ではなく海老のんの専門知識が役立った回でしたが、謎かけの謎ときとは別に、登場人物の人間関係の裏にある真相に気づくのは、やはり名探偵でした。
 

「ブックエンド」というタイトルは少々苦しい。離ればなれになっていた双子は、服の趣味から何から正反対だった……。双子とは言えミステリならともかく現実には――というネタを、「見えない人」の大胆な亜種として料理した一品。まあ実際理系にはこういう世間離れ人がときどきいます。
 

「パレット」では、美術館で展覧会の準備がおこなわれます。漫画家・西園寺栄子が収集していた七色の宝石を、色ごとにパレットに飾って展示することになりましたが、記念パーティーの席上、宝石がなくなって……。これも「賢い人間なら……」の新たな変奏。「木の葉は森に。」でも「死体が見つからないに越したことはない。」この二つを組み合わせたところがミソ。

 最終話「スケール」ではあかねに彼氏ができました。最近になって董子の元婚約者が美術館のまわりをうろついているのが目撃され、さらには他にも不審人物の情報が――。そんななか、美術館に泥棒が入るという事件が起き……。本篇に南田さんの出番があまりないのにはいくつか理由がありますが、こと本篇にかぎってはヒントとなる発言をするのが南田さんでは成立しない――というミステリ的な理由もありました。全体的にわりと地味めの作品集でしたが、最後にいたってラストスパートとばかりにキャラクターが光りはじめました。続編があるとしたら、ラブコメみたいにずっと離れずくっつかず――になりそうです。

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