『蝶の夢 乱神館記 アジア本格リーグ4』水天一色/大澤理子訳(講談社)★★★★☆

 中国ミステリ。

 期待していませんでしたが、かなりよかったです。これまでの四作のうちではベストでしょう。

 解説を読んでみると、インターネットで欧米や日本の新本格海賊版翻訳を読み、テレビで『コナン』や『金田一少年』を観て育ったまったく新しい世代とのこと。歴史的背景がないのがむしろ幸いして、日本や欧米のミステリのいいところをそっくり取り込んでいるようです。

 まず探偵役の設定が魅力的。顔半面に赤痣があるゆえ鬼神と恐れられている美女・離春は霊媒師のような職業に就いているのですが、そこはタネも仕掛けもある霊媒師ですから、死者の霊を演じるために故人の家族や部屋からいろいろな情報を集めて――というのがまさに探偵の手法そのものにほかなりません。ホームズものには、ホームズがいきなり推理を披露してワトスンや依頼人を驚かす有名なシーンがあって、「種明かしをしなければよかったよ」「中世に生まれてたら君は火あぶりだな」なんていうような会話がありましたが、離春はそれこそ「種明かしをしない」ホームズなんです。時代は唐代ということもあって、離春のはったりを目の当たりにした人々は、離春の「能力」に恐れをなして、ますます情報が手に入りやすくなるという寸法です。

 中盤がちょっとだらだらしますが、そこはまあ本格ミステリの必要苦というか。

 いよいよ解決編となって、霊媒師というより完全に探偵の振舞をしている離春ですが、ここからがすごかった。Aだと見えていたものが実はBだった――という、騙し絵を見ているような感覚が楽しめるのもミステリのいいところですが、これが一つだけではなく次から次へと明らかにされて、表向き見えていたものが一変してしまいます。

 唐代ならではの伏線もいくつかありましたが、正確な知識がなくても問題ありません。殺人事件の犯人当ても(明かされてみれば)むしろ単純すぎるほどで、このシンプルな美しさは一部の新本格に通じるものがありました。

 解決編に臨む離春の「化粧直し」の美意識が、なんだか京極堂みたいでかっこよかったです。

 著者によるあとがき(というか自作解題)がかなり詳しくて面白い。唐代を舞台にした理由、しかし古代を舞台にしたがゆえのジレンマ、などなど、面白可笑しく手の内を見せてくれています。

 「乱神館記シリーズ」ということなのですが、まだシリーズはこの一冊だけのようです。ほかに学園ミステリの著作が二冊。「乱神館記」シリーズは新作が出たらぜひ翻訳してほしいところです。いや、これはぜったい売れるから翻訳されるでしょう。

 解説によると、ほかにも何人か中国ゼロ年代作家がいるようですが、御手洗熊猫(御手洗パンダ!)という作家が書いた御手洗濁(笑)シリーズがどうしたって気になってしまいます。パロディじゃなくて本格派のようですが、それにしたって潔じゃなくって濁って(^_^;。トイレ濁る。

 唐の天宝年間、玄宗皇帝の御世。都長安の西に建つ乱神館の女館主、離春《リーチュン》は容貌魁偉陰陽道に通じて鬼神をあやつり、降霊の術をもって生業としていた。ある日、乱神館を訪れた富豪封《フォン》家の息子亦然《イーラン》は、離春の力で母の霊魂と会わせてほしいという。母親の玉蝶《ユーディエ》は、幽霊伝説の残る邸内の井戸端で五日前に横死をとげていたのだ。封家へ乗り込んだ離春は、その不思議な力で、事件の背後に隠された驚くべき秘密に迫っていく。中国推理小説界の新星が放つ、時代ミステリーの傑作。(カバー袖あらすじより)
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