『幻想と怪奇』16【ホラー×ミステリ ホームズのライヴァルたち・怪奇篇】
「現代世界幻想文学選・シリア」
「ムスタファー・タージュッディーン・ムーサー超短編選」森晋太郎 選・訳(مصطفى تاج الدين موسى(Muṣṭafā Tāji al-Dīn al-Mūsā))★★★☆☆
『虐殺の花束』より(«من مجمو عة «(2014)مزهرية من مجزرة)
「シンデレラ」(سندريلا)
――夜のとばりの中、スカーフで顔を覆い隠し、目だけを出して、シンデレラは古びた路地の壁に反体制のビラを貼りつけていた。国王の兵士たちがそれを見つけて追いかけたが、後には片方の靴しか見つからなかった。国王は怒り狂い、足と靴のサイズがぴったり合った者は全員殺すように命令した。人々の足は誰もが靴のサイズにぴったりだったから、兵士たちは数多くの人々を虐殺した。ところがシンデレラはその後も夜になると何処かの路地に現れて、壁に反体制のビラを貼りつけた。そしてそのたびに、靴の片方を残して逃げ去るのだった。
この号から始まった企画の第一回はシリアの作家。シリアの現在を色濃く反映した幻想掌篇集。残酷な童話とでもいうべき作風ですが、メッセージ性はかなり露骨です。童話テイストのもっとも少ない最後の「三匹の遺跡の怪物」からして単なる「うしろを見るな」ではなく、安全圏にいる我々を刺すかのような厳しさがありました。とまれ欧米・中韓以外の作品が紹介されるのは単純にありがたいです。
「虐殺の花束」(مزهرية من مجزرة)
――砲弾が激しい雨のように村の広場に降りそそいだ。婚礼の宴が開かれているところだった。父親は母親を探すため、慌てて広場へと駆けつけた。幼い子供は父親の後について行った。子供は嬉しげに、そこらじゅうに散らばった人間の体のあいだから、切断された腕を拾って遊んでいた。人形だと思って、何本も拾い集めていた。家に帰ると、彼は今のテーブルに置いてあった花瓶を取り、入っていた花を捨てて、焼け焦げた腕の束を花瓶の中に入れた。
「霧の中の蒼ざめた微笑み」(ابتسامات شاحة أثناء الضباب)
――化学兵器の濃い霧が、夜の闇の中を忍び寄り、家のすみずみに広がっていった。眠りについていた家族は恐怖に駆られて駆け出した。女の子ひとりだけが出て行かず、大切な人形を探し回っていた。ようやく見つけたとき、彼女はもう力が尽きかけ、人形を胸に抱きしめてベッドに横たわった。医者が白いマスクをつけて駆け込んで来た。女の子に駆け寄り、生命を救おうと注射の準備を始めた。女の子はその手から注射器を奪い取り、人形の腕に針をそっと刺し込んだ。
「隠れ帽子」(قبعة الاختفاء)
――多感な少年だった頃、僕らは「隠れ帽子」のことを考えて空想した。どんなに夢見たことだろう。頭にかぶり、目に見えない存在となって、夜中に女の子の部屋に忍び込むという素敵な悪戯。今や大人になった僕らは、やっぱり「隠れ帽子」を夢見ている。ただ安全に、あの卑劣な軍の検問所を通り抜けたいがために。
『広い畑の真ん中の恐怖』より(«من مجمو عة «(2015)الخوف في منتصف حقل واسع)
「私は清潔な人間ではない」(أنا لستُ إنساناً نظيفاً)
――あいつに自分のことをそんなふうに言われて、私はとても不愉快だった。「ムスタファーは、私たちの街区で最も清潔な人間でありました。そして……」「おい、この野郎。おれたちの街区じゃ、ひと月前から断水なんだよ。おれはそのときからずっと風呂に入ってないんだ。なのにどうしておれのことを清潔だなんてことにするんだ⁈」あいつは驚きのあまり言葉を失い、皆が驚愕に包まれた。私は棺桶に戻って静かに横たわった。
『詩人とおさらばさせてくれ』より(«من مجمو عة «(2019)ساعدونا على التخلص من الشعراء)
「けちな遺体と気前のよい遺体」(جثث بخيلة وجثث كريمة)
――私は二か月前、母さんと一緒に町を出て行こうとしていた。そこに看護師時代の同僚が連絡してきた。「用があるんだ。一生に一度のチャンスだよ」彼と待ち合わせて古いビルの地下に降りると、私は息を呑んだ。手術台と手術道具が揃っていた。「ここに運ばれて来る死体から、売り物になる臓器を摘出して、あいつらに渡してやって、莫大な金額を手に入れるってわけだ」。私はここで働き始めた。そのうち私はけちな遺体と気前のよい遺体とに分類するようになった。何も摘出できないような遺体と、臓器をいくつも摘出できる遺体のことだ。
「三匹の遺跡の怪物」(ثلاثة وحوش أثرية)
――親愛なる読者さま。この物語を読むことはお勧めしません。私は国境の町で偶然、知人と再会しました。近況を伝え合っているとき、彼がふと口を滑らしました。「お、俺は薬の密売をやっているんだ。俺には家族がいるんだよ……」私にはどうでもいいことでした。彼は携帯電話をいじって写真を見せました。遺跡から出土した彫刻の写真がいくつかあり、真ん中には恐ろしげな怪物の石像が三体ありました。「届いてくるカバンの中には、横流しする薬の下にこの遺跡の出土品が入っているんだ」私も仕事に誘われましたが、私には家族がいませんでしたから、そこまでする必要はありませんでした。別れたあと、彼から電話がかかってきました。「あの三匹の怪物を覚えているか? 一匹が巨大化して、俺の隣に座っているんだ――」
「牢獄の中で〝太陽の絵〟を描く――シリアの現実が凝縮されたムーサーの空想の世界」森晋太郎
「罌粟の幽香」ダイアン・フォーチュン/渦巻栗訳(The Scented Poppies,Dion Fortune,1922)★★☆☆☆
――タヴァナーは名刺に目を通した。「グレゴリー・ポルソンか。たぶん事務弁護士だろう。面会してみよう」。来訪客は話し始めた。「私は先の大戦で巨万の富を築いたベンジャミン・バーミスターの事務弁護士を務め、一家とは公私ともにつきあいがあります。妹は分家の息子ティムと婚約しているんです。婚約から六か月後、財産をティムに遺すという新しい遺言書を作成しました。ところが遺産の受取人になった人間は、これまでに三人続けて投身自殺しているのです。昨日はティムまでが、窓から身を乗り出して、『道路にたたきつけられたら、どんな感じなんだろう』と言い出す始末です」「誰かを疑っているのでは?」「ただの勘ですが、いとこのアーヴィングを疑っています。ある種の香を特定の友達に渡していますが、においで人を操ることなどできるのでしょうか?」
精神科医タヴァナー博士が主役のオカルト探偵ものですが、オカルトにはオカルトの論理があるのが面白い。探偵ものとしては犯人が香りで自殺教唆しているとわかればそれでおしまいだと思うのですが、思念を込めたり増幅したりといった(屁)理屈でどうやらオカルトなりの理屈を通そうとしているようです。犯人に対しても、呪いをやめさせるのでも警察に突き出すのでもなく、犯人に対抗するかのようにオカルト返しで罰を与えています。ただ、近年の特殊設定ミステリのようなものではないので、作中の理屈に何の必然性もなく言ったもの勝ちなのが、オカルト探偵もののつまらないところです。
「兵士」A・M・バレイジ/高澤真弓訳(The Soldier,A. M. Barrage,1927)★★☆☆☆
――ライオネル・ダンソン氏は引退してハンプシャーコートの地所を購入した。庭師としてラザム夫妻を雇い、快適な毎日を送っていた。三ヶ月ほど経ったある晩、汽笛の音が聞こえ、窓の外に外洋航路船が見えた。ダンソン氏は望遠鏡に手を伸ばしたが、扱いに慣れずにもたもたしているうちに、レンズが庭師の家の前を捉えた。「兵士が、右手でドアを叩いていました。左手がなかったんです。中身のない袖はぼろぼろで、血がしたたっていました。ドアを叩きつづけていましたが、突然いなくなったんです。先の大戦で亡くなった兵士の幽霊にちがいないのですが、地元に伝わる幽霊話のようなものは見つかりませんでした」
探偵役のフランシス・チャードとワトスン役の語り手コンビニよる典型的なホームズ・スタイルの探偵譚ですが、幽霊の正体が【庭師の妻の最初の夫】という由来もホームズ譚を思わせるところがあり、かなり意識的なホームズ・パロディだと言えそうです。
「霊媒師のカナリア」F・テニスン・ジェシー/岩田佳代子訳(The Canary,F. Tennyson Jesse,1929)★★★★☆
――ソランジュはアールズ・コートで過ごした子ども時代を思い出し、不意にミセス・フェルプスを訪ねてみることにした。ミセス・フェルプスはソランジュの顔を見ると一瞬にして表情を崩した。「よく来てくださいましたね……けさ、とんでもないことが起こって……」現在の間借人セプティマス・ブラウンリー氏が亡くなり、姉のミス・ブラウンリーから、妻のマージョリー・ブラウンリーが毒を盛ったとなじられて大変だったという。ミス・レマンは今もミセス・フェルプスの貸間で暮らしていたし、連れて来られた医者のドクター・サベイリーにも子どものころお世話になったことがある。「可愛らしい義妹のことが嫌いで嫉妬しているんでしょうね。それで好き勝手なことを言って」とソランジュは言ったが、ミス・レマンは返事をしなかった。「そうですよね?」「そうね、単なる偶然なんでしょう。一週間前、ミセス・ブラウンリーから相談されて、水晶で占ったんです。それで、浅黒い肌の若い男が見えたと伝えたんです」
ソランジュ・フォンテーヌはオカルト探偵ではなく、悪を直感できる能力の持ち主という設定のようです。フランスからの出張中(?)に、幼少期を過ごしたロンドン郊外を訪れる際の風景描写や心理描写など、意識的にホームズをなぞっているバレイジとは違い、明らかにホームズとは異なるアプローチで書かれています。幽霊を信じているわけでもないので、捜査方法も一癖も二癖もある遺族たちの心に分け入っていくスタイルです。解決編の降霊会にしても、飽くまで犯人を罠に掛けるために霊媒師に芝居を持ちかけたものであり、クライマックスは怪異の怖さとも人間の悪意の怖さとも言えるものでした【※疑わしい被害者の姉にボロを出させるために霊媒に被害者の霊のふりをしてもらうが、本物の霊にも思える声が殺人に見せかけた自殺で不貞の妻に復讐しようとしたことを告白し、証拠は姉に託したことを告げて懺悔する。】。超常現象が存在するか否かのラインを炭坑のカナリアに象徴させる、やるせない結びも印象的です。
「怪奇探偵名鑑Ⅰ」
「シャーロック・ホームズの怪奇幻想事件簿」北原尚彦
「群衆の人」エドガー・アラン・ポー/植草昌実訳(The Man of the Crowd,Edgar Allan Poe,1940)
――額を窓に当てんばかりにして群衆を観察するうち、突然ある顔が目にとまった。年老いた男の顔だ。あまりに特異な表情だったため目が離せなくなってしまった。警戒、吝嗇、貪欲、冷酷、悪意、残忍、慢心、歓楽、恐怖、絶望の入り混じった強い気魄が、私の心に伝わってきた。「あの顔の下には、どれほどの荒々しい過去が秘められているのか!」何者なのか知りたいという思いが湧き起こり、慌てて外套をはおり、群衆をかきわけて彼が行ったと思われる方に向かった。男の姿を捉えると、気取られないように用心しながらあとを追った。
町なかで見かけた老人が気になり尾行するところに探偵趣味が感じられるという理由で選ばれた由。
「祭儀」アーサー・マッケン/南條竹則訳(Ritual,Arthur Machen,1937)
――聖霊降臨節の月曜日、私はグリーン・パークで数人の子供たちが遊びらしいものをしているのを見た。初めに何か込み入った前置きがあり、芝居めいた所作と言葉のやり取りのあと、立っている一人の子供を五、六人が取り囲んだ。彼らは一人の子供を殴るふりをして、殴られ役の子供は地面に倒れて動かなくなった。他の子供たちは上着を彼に掛けて走り去った。それから、儀式のうえで埋葬された子供は立ち上がり、この遊戯はまた最初からやり直されるのだった。私はこの遊びのことを記事にしたが没をくらった。このことを覚えているのは、別の場所でさらに奇妙な体験をしたからだった。
「小さい人々」アーサー・マッケン/南條竹則訳(The Little People,Arthur Machen)
随筆「小さい人々」に紹介されているアシキ族とはまったく違う怪異ですが、怪奇小説のパターンとしては一度目は大丈夫だが二度目三度目はお仕舞いの型ではあるので、アシキ族はもっともらしい理由づけに使われただけのような気もします。
「十三人のゴースト・ハンター 本朝心霊探偵ガイド」朝宮運河
「無謀な散歩者」H・ラッセル・ウェイクフィールド/渦巻栗訳(Jay Walkers,H. R. Wakefield,1940)★★☆☆☆
――日刊紙に掲載された記事によると、ヘレフォードシャーにある道路でまたしても死亡事故が起きた。この十年で六回目であり、いずれも同じ日付のほぼ同じ時刻に発生しているという。地元の歴史に詳しいマナーという紳士に話を聞くと、十九世紀末の弁護士の回想録に、この道路のことが出てくるという。H・Bなる紳士が婚約者のミス・Lと散歩に出かけている途中、娘さんの具合が急に悪くなり、翌日には亡くなってしまった。H・Bはすべての容疑を晴らしたあとで大富豪のアメリカ婦人と結婚して渡米し、その後は不明だ。検死解剖の結果、ミス・Lの死因は植物性アルカロイドによる中毒と判明したが、H・Bには動機もなく毒物を購入した形跡もないことから、自然死ということになった。
探偵役はアンストラザー・リーブリッジ准男爵。自動車事故の原因は何か?ではなく、その原因となった幽霊の死因は何か?が意外な真相のように明かされるのは、勘所がずれている気がします。
「生けるものの如く」ジョゼフ・ペイン・ブレナン/植草昌実訳(In Death as in Life,Joseph Payne Brenan,1963)★★★☆☆
――フィンチウェア夫妻は二年前、チェシャーの町はずれに家を買い、改修に一年かけて引っ越したが、六か月もすると良くないことが続発するようになった。甥は怖ろしい夢を見て、邪悪なものがそばに潜んでいるのを感じ、夫人はこの家に何かがいてしじゅうつきまとっていると思うようになり正気を失いかけた。フィンチウェア氏は寝室の窓から裏庭を見下ろしたとき、芝生の向こうから灰色の影のようなものがゆっくりと屋敷に近づいてくるのを見た。恐怖のあまり身動きできなかったが、命取りになる前に窓辺から動くことができた。『そいつの顔を見てしまったらおしまいだった』と言っていた。一家には出かけてもらい、私とレフィングは寝室で夜を過ごした。寝室の隅が揺らぎ、壁全体に靄がかかった。それが晴れたかと思うや、恐怖が姿を現した。
心霊探偵ルーシャス・レフィングと、ワトソン役のブレナンもの。スタイルこそホームズ・タイプの古くさい作品ですが、幽霊の挙げる声や水に濡れた靴の立てる音など、生々しい音に生理的な嫌悪と恐怖を呼び起こされました。怪異が現れる際の空間が歪む感じにも眩暈がしました。また、心霊探偵が手に負えず、除霊は神父にお願いするというのも変わっています。
「怪奇探偵名鑑Ⅱ」
「祭壇の亡霊事件」マージェリー・ローレンス/田村美佐子訳(The Case of the Haunted Cathedral,Margery Lawrence,1945)★☆☆☆☆
――建築家のグレッグ・ハートは、聖堂の完成から半年後に、祭壇へ続く階段で服毒自殺した。ハートの死の前から奇怪なできごとに関するいい伝えや噂話はあったが、彼の死が引き金となって噂は拡大した。主教が聖なる杯を聖体拝領を受ける者の唇に近づけたとたんに悲鳴をあげて失神した。聖体拝領者の女性の顔に、もう一つ別の顔――男の顔――が割りこんだというのだ。悪霊払いの儀式も功を奏さず、困り果てた主任司祭はペノイヤーに相談した。それは驚くべき話だった。聖堂に亡霊はふたり出るというのだ。ひとりは亡きハートが死ぬ以前から姿を見たり物音を聞いたりした人がいた。そしてふたりめがハートの亡霊――と思われるものだ。
マイルズ・ペノイヤーもの。長いわりに内容がありません。建築家が自殺した理由、建築家と幽霊の少女の関係、ポイントはこの二つだとはっきりしているのに、だらだらと話が進みません。工事に邪魔が入るのは悪魔の仕業だと思い込んだというのが、単なる狂気の描写ではなく【工事を成功させるために少女を生贄の人柱にしたという】伏線になっていましたが、殺されたのはわかりきっているし、動機だけではインパクトに欠けます。
「第二回『幻想と怪奇』ショートショート・コンテスト 佳作入選作」蜂本みき・水城瑞貴・Yohクモハ
「怪奇幻想映画レビュー 『GUMMO ガンモ』」斜線堂有紀
「怪奇幻想短編の愉しみ 迷路の先に 阿刀田高「迷路」ほか」木犀あこ
阿刀田高「迷路」、レイ・ヴクサヴィッチ「ささやき」、ケリー・リンク「スペシャリストの帽子」、それぞれの迷路と結末について。
「幻想と怪奇 Reader's Review」
幽霊屋敷からのラジオの実況中継というアイデアが、ウェイクフィールド「ゴースト・ハント」(1948)より早く、ロバート・アーサー「幽霊を信じますか?」(1941)が最初だということに驚きました。
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