『星を撃ち落とす』友桐夏(創元推理文庫)★★★☆☆

 『The Shooting Star』2012年。

 著者による一般デビュー作の文庫化です。

 一応のところは三つの短篇が収められていますが、短篇同士は互いにつながっており、次の作品のなかで明かされたことによって、前の作品で描かれていたことの意味が変わってきてしまいます。そしてその、別の見方がある、というスタンスは短篇同士のつながりだけではなく、それぞれの短篇のなかや、人間同士のつながりのなかにも援用されていて、作品全体が小さな騙し絵の集合体のような様相を呈していました。

 津上有騎、水瀬鮎子、長岡茉歩、葉原美雲、A嬢。それぞれに問題を抱える彼女たちの、その問題や見通しが事件を通して浮き彫りになってくるのを読んでいると、一人の頭では限界があるのだから、一人で悩んでたってしょうがない、人は一人じゃないのだから――そんなことなのかな、とも思いました。
 

「一章 天体観測会への招待」
 ――有騎は中学卒業後に世界を回った母親に憧れていたが、ふんぎりをつけられずに高校に進学していた。最近になってストーカーにつきまとわれていることを、クラスメイトで同じく班長の鮎子や茉歩に相談すると、二人が一肌脱いでストーカーを追い払ってくれた。だがそれからしばらくして、おとなしい茉歩が姐肌の鮎子から距離を置き、欠席・遅刻の常習犯で不良グループに出入りしている噂もある美雲と仲良くし始めた。このままでは茉歩が美雲に利用されてしまう、と危惧した鮎子は、ことさらに美雲を敵対視した。

 見えている(ように思えた)もの、が見方を変えればまるで違って見えてしまう、という点ではミステリのお手本のような作品です。先入観や偏見など、ある意味で単純な見方の逆転ともいえますが、単純どころか幾通りもの見え方があるのだということに、このあと気づかされることになりました。
 

「二章 廃園を臨む館への招待」
 ――美雲は廃園に囲まれた館の管理人夫妻の娘だった。「ご主人」である十三、四歳のA嬢は、誰にも会おうとはしなかったが人の気配を感じていたいからといって、館を天体観測会に解放していた。噂によればA嬢の母親は家族を惨殺しているとも言われ、また事件当時の医者によれば犯人は母親ではなく隣人だとも言い、該当する事件の報道がないためすべてはA嬢の妄想だとも言われていた。

 クイーンの著名作のバリエーションが採用されています。このいわば大ネタを、有騎、美雲、観測会の真理《シンリ》によるディスカッション形式の推理を通して、緻密に補強しつつ、ちょこちょこひねりを加えてゆくところなど、一番ミステリっぽい作品だったと思います。有騎の生い立ちが真相解明に一役買っているところも伏線という点でしたたかです。一応の真相が明らかにされたあとも、そのディスカッションを通して登場人物たちが第一章の問題に向き直り、立ち向かおうとする姿勢に胸を打たれます。
 

「三章 亡霊と囲む晩餐への招待」
 ――A嬢との関わりについて認識を改めたことで、茉歩との関係を改めて考えてみたいと考えた美雲は、もういちど鮎子と話をしたいと考えた。鮎子を加害者だと糾弾する美雲に、茉歩は両親に虐待されていたと反論する鮎子。茉歩の従姉に事情を聞くことにするが、そこで耳にしたのは、有騎たちの知らない茉歩の話だった。両親の作ったオーガニック料理を口にせず、ジャンクフードばかり食べ、問題行動を起こす……。

 第二章をクッションに挟んで明らかにされたのは、どんでん返しの第一章のさらなるどんでん返し。茉歩本人の言葉が聞けない以上、「なぜ」に対する答えはどれも「かもしれない」でしかなく、もしかしたらさらなるどんでん返しの可能性も秘めているかもしれないのです。さて、この世に生きているのは少女たちだけではありません。本篇では不吉な車上荒らしが浮上します。けれど頭に浮かんだ思いつきを、「ありえない」と無理に一蹴する美雲。コミュニティに閉じ籠もる必要もないけれど、無理に世界を見る必要もない。いまはそれが身の丈の現実なのでしょう。

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「ブレインライフ」四季賞準入選『good!アフタ』2019.5、『1518! イチゴーイチハチ!』7

good!アフタヌーン』2019年5月号(講談社

亜人」67「勝利」
 佐藤の腕奪取作戦。タイトルこそ「勝利」ですが、さすがにこのままあっさり終わるとは思えません。
 

「ブレインライフ」辻井通記
 ――仲里紀一・沙樹夫妻は貧乏だけどおしどり夫婦。だが子どもを助けようとして電車にはねられ……気づくと紀一は仮想現実の世界にいた。意識不明で一か月も眠ったまま、最新医療を施されたのだった。

 四季賞2018冬のコンテスト準入選受賞作。レトロな絵だからこそクサい話が生きてくるのでしょう。SF的にも驚きはありませんが、これもレトロな絵のおかげで古くささが味になっていました。
 

『1518! イチゴーイチハチ!』7 相田裕小学館ビッグスピリッツコミックス)
 最終巻。COMIC ZIN特典ペーパーには「いったん」完結とあります。この漫画のファンの高校生がいつか出版社に就職して編集者となって続編を企画する……なんて漫画みたいなことでもあればいいのに。

 カバー下おまけ漫画と巻末おまけ漫画とアイデア集と後書きと、最終話に4ページの加筆があります。

 最終巻は幸と公志朗の恋の行方、会長選挙、卒業、その後が描かれています。幸との関係のけじめをつけるその前に、公志朗の将来(新たな夢)が見つかったのがいいですね。一歩ずつ前に進んでゆく感じがして。

 物語的にはこれで一段落ついたのですが、学校生活も人生ももちろんまだ終わりません。会長選によって、幸と公志朗はパートナーとしてより強固になったようです。会長選は現会長から新会長への次世代へのバトンでもありますね。109ページの環会長とザキさんは、これまで見たことのないような表情をしています。提案に驚いたのか、幸の成長に驚いたのか。

 次世代といえば最終話では新入生が登場します。加筆4ページはその新入生に関するもの。加筆によって、先輩たちに圧倒されたままではなく、新入生なりに前向きになれた様子が見られました。雑誌で読んだときには公志朗の台詞「アズマさんの足元にも」の「ズ」に黒点がついている理由がわからなかったのですが、新入生の名前が「アスマ」なのでズを強調していたんですね。

 話としては最終話の一つ手前「卒業」がいちばん好きです。環会長と公志朗の何ともいえない関係が。環会長と公志朗の野球勝負から始まったこの物語ですから、この二人で一区切りつくのもすっきりします。

 巻末おまけ漫画は最終話には登場しなかった東先輩が登場します。

 描かれなかったアイデア集にはさまざまなエピソードがてんこ盛り。どれか一つでも読みたかったな。
 

   

『碧空《あおぞら》のカノン 航空自衛隊航空中央音楽隊ノート』福田和代(光文社文庫)★★★☆☆

 帯にも“まさかの”と書かれてありますが、福田和代のイメージからはまるで想像のつかない、日常系の、オシゴト系の、小説でした。ただしミステリとしてはかなりゆるく、謎と推理と解決というよりは、騒動とその顛末といった感じです。

 あとがきによれば、別作品の取材相手から航空音楽隊の話を聞き、小説にしてみたということだそうです。

 第一話は楽譜がなくなっているという話です。自衛隊であるがゆえに単なる「紛失」では済まされず、盗める者も限定されるという状況。自衛隊や音楽隊ならではの仕組みを用いて「突然の定年退職」という謎を引き出しています。

 第二話で描かれるのは、佳音の学生時代の不思議なエピソードです。不在の寮生のところに届けられた「愛の賛歌」の目覚まし時計。夜中に突然ばらばらに明かりがつき始めた校舎の窓。こちらもきっちり音楽に関係のある真相でした。

 第一話は定年退職にふさわしく、ちょっといい話ふう。第二話は学生時代にふさわしく、青くて青くてこじらせてる話。学生時代はともかく、社会人になってからもこんななのはイタい。明美が怒るのももっともです。

 カバーイラストは小川麻衣子

 航空自衛隊航空中央音楽隊でアルトサックスを担当する鳴瀬佳音《なるせ・かのん》は、ちょっぴりドジだけど憎めない女性隊員。練習と任務の演奏会に明け暮れる中、数々の不思議に遭遇する。失われた楽譜の謎、楽器のパーツ泥棒、絵葉書に込められた見えないメッセージ……。個性豊かな仲間たちと共に“事件”を解決! クライシス・ノベルの名手が意欲的に描く、爽やかで心温まる物語。(カバーあらすじ)

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『致死量未満の殺人』三沢陽一(ハヤカワ文庫JA)★★★★☆

 第3回アガサ・クリスティー賞受賞作。

 著者みずからが考えた「新古典派」というフレーズに相応しい、古式ゆかしさとひねりの同居した本格ミステリです。

 デビュー作なので欠点もある――けれどそこはそれ、と割り切りながら読んでゆきます。

 たとえば、「クローズド・サークルの作り方が雑だなあ」。不審死→毒殺に違いない→犯人は身内だから警察が来る前に見つけて自首させよう。シチュエーション自体が謎解きもののお約束とはいえ、もうちょっと何とかそれっぽい説明がつけられなかったものか。

 たとえば、弥生とのつきあい方。いくら同じゼミだからって、そこまで嫌な奴ならもうちょっと対処の仕方もあるのでは――?

 龍太は事件の十五年後である冒頭で犯行を告白します。だからこれは犯人探しではなく、誰にも毒を盛れない状況で犯人はどうやって毒を盛ったか、というハウダニット――にしても、せいぜい中篇ネタで、それで長篇引っ張るのは長すぎるのでは?

 龍太の動機だけ、しょぼくね? 容疑者全員に動機があるなかで、よりにもよって犯行を自白している人間の動機が、なんだか一番ばかみたい。。。

 ――いや、お見それしました。どれも瑕ではなく、そういうふうに構成されていたとは。

 たとえば二つ目。弥生がそこまで憎まれていてしかもみんなと同じ現場にいる状況、というのが必要だったのですね。いわば、こういう被害者でなければ成立しない犯罪。

 三つ目と一つ目に関しては、読めばわかるとおり、ひねりの利いた展開が待っていました。雑に見える不自然さも、偶然ではなく必然に導かれてのことでした。まあ実際不自然であることに変わりはないのですが、著者に自覚がないのか故意なのかで全然違いますしね。

 龍太の動機だけしょぼいのも、最後まで読むと何となくわかります。一人だけ事件後のフォローもしてもらえず、要は可哀相な役回りなんですね。

 メイン(?)・トリックは単純であるがゆえに輝いています。困難は分割せよ。タイトルも決まっています。それがさらに一ひねりされている複雑な(というほどでもないですが)真相も、技巧のための技巧という感じではなくて、むしろ応募時タイトル(『コンダクターを撃て』)からすると、さらにその先の真相こそメイン・トリックであり主たる主題であったのでしょう。

 雪に閉ざされた山荘で女子大生・弥生が毒殺された。容疑者は同泊のゼミ仲間の4人。外界から切り離された密室状況で、犯人はどうやって彼女だけに毒を飲ませたのか。容疑者4人は推理合戦を始めるが……そして事件未解決のまま時効が迫った15年後、容疑者の一人が唐突に告げた。「弥生を殺したのは俺だよ」推理とどんでん返しの果てに明かされる驚愕の真実とは? 第3回アガサ・クリスティー賞に輝く正統派本格ミステリ(カバーあらすじ)

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『ランチのアッコちゃん』柚木麻子(双葉文庫)★★★★☆

 アッコさんこと黒川敦子と(元)部下の澤田三智子が、おいしいものを食べて元気を出したり(「ランチのアッコちゃん」)、おいしいものを提供して元気になってもらったり(「夜食のアッコちゃん」)して、みんなが幸せになれる作品です。元気になれば仕事もうまくいくし、たいていのことなら乗り越えられそうな気になれます。柚木作品のなかでもとりわけいい人ばかりの小説でした。嫌な気分になってスカッとしたいときにおすすめ。

 アッコさんはとてもパワフルな人です。つねに全力。でも暑苦しくなく、颯爽としています。前半の二篇は、そんなアッコさんに憧れる澤田三智子が、アッコさんとのやり取りを通して元気を取り戻し、仕事上の悩みや停滞も解決してゆく物語。優秀な上司と心酔する部下という取り合わせには、ホームズとワトソンだったりオサムとアキラだったりといった相棒ものの魅力がありました。

 後半の二篇はアッコさん&みっちゃんはゲスト出演のみ。第三話「夜の大捜査先生」は食べ物の話ですらありませんでした。

 最終話「ゆとりのビアガーデン」には、『けむたい後輩』の真美子にも似た、頭が弱そうで周囲からも浮いているけど実は本質を突いてもいる女の子が登場します。仕事が出来ずに三か月で会社を辞めてしまったけれど、「恩返し」のために、効率の悪い残業をなくそうと、会社の屋上でビアガーデンを始めるという破天荒な物語。自分を変えることもできず硬化してしまった人間と戦えるのは、たぶんこういう人なのでしょう。

 なぜかみっちゃんも、「夜の大捜査先生」の野百合も、「ゆとりのビアガーデン」の玲実も、みんながみんな走ってます。

 地味な派遣社員の三智子は彼氏にフラれて落ち込み、食欲もなかった。そこへ雲の上の存在である黒川敦子部長、通称“アッコさん”から声がかかる。「一週間、ランチを取り替えっこしましょう」。気乗りがしない三智子だったが、アッコさんの不思議なランチコースを巡るうち、少しずつ変わっていく自分に気づく(表題作)。読むほどに心が弾んでくる魔法の四編。大人気の“ビタミン小説”をぜひご賞味ください。(カバーあらすじ)

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