『還りの会で言ってやる』八重野統摩(メディアワークス文庫)★★★★☆

『還りの会で言ってやる』八重野統摩(メディアワークス文庫

 ミステリ・フロンティアから刊行されている『ペンギンは空を見上げる』が面白かったので、デビュー作である本書も読んでみました。2012年刊行。

 タイトルからてっきり小学生の話だと思っていたのですが、「還りの会」というのは帰りの会ではなく「ダメ人間を社会に還元させる」会のことでした。しかもエキセントリックな赤の他人が勝手に作った四人だけの会です。

 高校二年の柚舞《ゆま》はクラスでいじめにあっていました。幼なじみの「おれ」沖永はそれを知りながら、自分もいじめの標的になるのを恐れて何も出来ずにいました。それでも勇気を振り絞って声を掛けようと跡をつけていたところ、マンションの二階から柚舞に声をかけた男がいます。柚舞が毎日泣きながらマンションの前を通るのを見ていたという男は、いじめられても何も出来ない柚舞をダメ人間呼ばわりして「助けてやる」とのたまいます。そうしてその男・宇佐部と、かつて宇佐部に救われたという大学生のハルと、柚舞と沖永は、「ダメ人間社会復帰支援サークル・還りの会」のメンバーになりました。宇佐部は制服を借りて高校に入り込み、盗撮カメラを仕込んでいじめっ子・三野瀬の決定的な証拠を録画しようとします。明らかな犯罪行為であるため沖永は躊躇しますが、柚舞は覚悟を決めていました。それでもやはり沖永は、柚舞を犯罪者にはさせたくありませんでした……。

 いじめという問題が扱われていますが、プロローグの段階で宇佐部という変人が登場して「助けてやる」と宣言することで、ああ、これは犯罪の代わりにいじめを捜査して解決する名探偵ものにほかならないのだな、ということがわかります。

 謎解きものの小説を愛する者としては、これは嬉しいことでした。宇佐部がヒーローのように(と言うにはあまりに傍若無人ですが)登場したときには、単純なことにわくわくしてしまいました。

 けれどそうなると、必然的に語り手はワトスン役ということになります。ほかならぬ語り手自身も自分のことを「主人公なんかじゃあ、ない」「脇役」と表現しているくらいです。ミステリとしてはともかく、青春小説としてはこれは異例のことではないでしょうか。

 もちろん、自分の力には限界がある――という苦い思いも含めて、高校生の青春を描いているというのが本当のところでしょう。主人公どころか、終盤のある事件の犯人のように行動を起こすどころか校内の出来事すら知らない脇役以下のエキストラであってもおかしくはないのです。沖永だって行動を起こそうとこそしていましたが、宇佐部が現れなければ柚舞に声をかけずにそのまま終わっていた可能性もあります。

 たとえワトスン役であってすら、一般人の高校生にとっては一世一代の役どころです。

 さて、いじめというのはある意味で不可能犯罪以上に難問です。

 犯人は初めからわかっています。では犯人を捕まえれば終わり? 証拠を突き出せば終わり? 謝れば終わり? 首謀者が改心すれば終わるのか、見て見ぬ振りだったクラスメイトとどう付き合っていくのか、心の傷はどうやって癒えるのか。解決方法もわからなければ終わりも見えません。

 探偵役である宇佐部が提出した解決法を信じ、同時に柚舞を守ることを誓った沖永が、その決意をある形で示してみせる第二章の場面にはしびれました。名門校の高校球児とはまた別の「譲れないもの」。不器用ですがしっかり主人公していたと思います。

 二階から飛び降りたりコスプレしたりいろいろと面白いことはしたものの、結局のところ宇佐部は謝罪と仲直りというかなりの正攻法で対策を立てます。結果は都合がいいようにも思えますが、ここらへんはいじめの動機と当事者たちの性格によるものなのでしょう。

 ここでひとまずの解決を見たところで――物語は脇役にもなれなかった人物の話に移ります。何も知らない人間から見ればまさしく「何も関係ない」ようにしか見えないのですが、言われた当人にとってはあまりにも痛い。罰といえばそれまでなのですが、惨めで哀れ過ぎていたたまれなくなりました。

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 還りの会で言ってやる 

『黄泥街』残雪《ツァンシュエ》/近藤直子訳(白水Uブックス 海外小説永遠の本棚)★★★★☆

『黄泥街』残雪《ツァンシュエ》/近藤直子訳(白水Uブックス 海外小説永遠の本棚)

 『黄泥街』残雪,1986年。

 残雪のデビュー作。

 幻想というよりはラチガイ。

 マジック・リアリズムというよりは、中国の田舎の現実(の誇張)。

 会話も理屈も成立しないような人々が好き勝手に動き回るというのは、申し訳ないけれど中国という国に対するイメージそのままなのです。偏見ではあるのだろうけれど。

 誰かが突然「王子光」と言った途端に、王子光という人間の存在が既成事実となり、そうかと思えば老孫頭が連行されたことは人々の記憶から消えてしまいます。これをデマと情報統制の諷刺と捉えることもできるのだろうけれど、仮りにそうだとしても、その描写の仕方があまりにもぶっとんでいました。

 太陽に照らされてすべてが腐る――なのに着込んで、背中に虫が湧く。狂った世界のなかで、住んでいる人間も動物もれなく狂っていると、こういう得体の知れない小説になるのでしょう。

 箪笥の上で暮らして妻子に引っぱられて箪笥が揺れる――下品で骨太で野性的なばかりかと思えば、こうしたシュールなエピソードもあるから面白い。

 黄泥街は狭く長い一本の通りだ。空から真っ黒な灰が降り、人々が捨てたごみが溢れる街で、物は腐り、動物はやたらに気が狂う。この汚物に塗れ、時間の止まったような混沌の街で、ある男が夢の中で発した「王子光《ワンツーコアン》」という言葉が、一連の奇怪な出来事の始まりだった。すべてが腐り、溶解し、崩れていく世界の滅びの物語を、奔放な想像力と奇想に満ちた圧倒的な語り/騙りによって描き、世界に衝撃をあたえた残雪の第一長篇。(カバーあらすじ)

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 黄泥街 

『ミステリマガジン』2021年5月号No.746【特殊設定ミステリの楽しみ】

『ミステリマガジン』2021年5月号No.746【特殊設定ミステリの楽しみ】

「お迎え」辻真先

「ウィンチェスター・マーダー・ミステリー・ハウスの殺人」斜線堂有紀★★★☆☆
 ――ウィンチェスター家の銃で死んだ人たちの霊の為に家を建てなさい。建築を止めてはならない。霊媒師の言葉を信じて増築を続けるうち、いつしか自動的な増殖が始まった。増殖を止めようと館を破壊しても、増殖スピードが増すだけだった。今ではアメリカ大陸だけでなく、太平洋も半分ほどハウスに飲み込まれていた。ぼくらは最奥部を目指す訪問隊の一つとなり、メンバーが増殖に巻き込まれて首と下半身が切断されているのが見つかった。死体が壁際から壁際まで歩いたのでないかぎり、殺した人間がいることになる。

 特殊設定の肝がトリックではなく動機にあったという、設定自体がミスリードみたいな作品でした【※増える部屋は過去を含めた世界中の実際の部屋であるらしく、震災の洪水で流された両親の部屋が現れたのを見て、少しでも長く留まるため自殺体を殺人に見せかけ、捜査という口実によって、増殖した部屋には長く留まらないという訪問隊のルールを曲げた】。特殊な設定でありながら、現実の今この時期【※311から十年】の出来事とリンクさせるというタイミングまで考え抜かれていますが、いきなり泣かせにくるところに接ぎ木っぽさを拭えません。
 

「複製人間は檻のなか」阿津川辰海★★☆☆☆
 ――小説家・興津張明(60)が殺された。息子・奈津夫(18)が血塗れで発見され、「詩乃が」と繰り返すばかりだった。若手ミステリ作家として将来を嘱望されていた鍵谷詩乃(16)は、女流作家の乙姫志寿子(58)の名を取って「第二の乙姫志寿子」の異名で呼ばれていた。彼女もまた興津張明と同日に死亡している。焼け跡からカミソリが発見されたため自殺とみられている。……十年後。私の推理ですべてわかった。きみはなぜ興津張明を殺さねばならなかったのか。これはきみと興津張明のDNA鑑定の結果だ。百パーセント一致。興津張明はクローンを作ることで「不死」という欲望を叶えようとしていた。

 クローンは遺伝子的に同一なだけで人格や記憶は別である、というところからさらに一歩進んで、確かに不死にこだわるような俗人は【名誉】のコピーも望むのではないかというのはうまいところを突いています。奈津夫の殺人の動機に目を向けておいて、【もう一組のクローン】の存在を隠しているのも手慣れた印象です。ただそこからさらに【語り手の探偵もクローンだった】というのは蛇足で、どんでん返ししすぎると驚きが減るのを通り越してむしろ興醒めになってしまいます。というわけで、【語り手=クローン】よりも【自分がオリジナルになろうと思った】という張明殺しの動機よりも、一番最初に明かされた【乙姫がクローンである詩乃を第二の乙姫と持ち上げておいていずれ乗り移ろうとしているのを知って詩乃は自死した】というのが一番印象に残りました。
 

「スワンプマンは二度死ぬ」紺野天龍

「エリア3」清水杜氏

「みっちゃんインポッシブル」三島芳治
 

「これからミステリ好きになる予定のみんなに読者してほしい100選(1)」斜線堂有紀

「迷宮解体新書(121)佐藤救」村上貴史
 今月号のBOOK REVIEWで『テスカトリポカ』が紹介されていたので興味を持ってこのインタビューを読んでみたのですが、何だろうこの自己装飾に満ちた気持ち悪い文章は。インタビューであっても文体を意識しているだけなのか、素で気持ち悪い人なのか。
 

「ミステリ・ヴォイスUK(124)ホームズのカレー」松下祥子

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 ミステリマガジン 2021年5月号 

『ゴーグル男の怪』島田荘司(新潮文庫)★★★★☆

『ゴーグル男の怪』島田荘司新潮文庫

 解説にもあらすじにも一切書かれてはいませんが、2011年のNHKドラマ『探偵Xからの挑戦状!』の同名原作をもとに加筆して長篇化したものです。

 ドラマ原作集に収録されていた短篇の方は、何が何でも奇想を見せちゃる!という著者の意気込みが微笑ましい作品でしたが、長篇化された本書では、ゴーグルのなかの爛れた皮膚の根拠(ミスディレクション)となる原発企業と少年の半生のストーリーがたっぷり挟み込まれることで、真っ赤に爛れた目にゴーグルをつけて出没する怪人物という謎の設定にドラマと説得力が生まれていました。

 目から血を流したようなゴーグル男が目撃された直後、煙草店で老婆が殺されているのが発見される。現場には黄色いマーカーでラインを引かれた五千円札が落ちており、さらには両切り煙草がばらまかれていた。

 そのころ町では二か月前の核燃料製造会社で起きた臨界事故の噂が流れていた。作業員二人が被曝して亡くなり、監督に当たっていた社員は鉛のスーツを着ていたから無事だったが目だけは守れず、皮膚が再生できずに血を流して爛れているのだという……。

 森にある秘密基地で男に犯されてから「ぼく」の人生はおかしくなってしまった。幽霊を見るようになり、家族との関係もうまくいかなくなり、女性に興味もなくなってしまった。母親からもあの男と同じ匂いがした。あのとき川から上がったばかりでゴーグルをしていたせいだろうか、幽霊が見えるのはゴーグルをしたときだ。長じてから都会で就職しようと思ったが、受かったのは母親も勤めていた地元の核燃料製造会社だけだった。そこで知った。あの男の正体を……。

 煙草屋ばかり三軒、黄色いラインの入った五千円札、目撃されたゴーグル男――これらの共通点は何を意味するのか、一軒の老婆が殺されて他の二軒の老婆が殺されなかったのはなぜなのか、ド派手な謎もいいのですがこういう現実臭さのある謎の組み合わせも、作り物っぽさがなくてまた違ったわくわく感があります。

 現実にはどうだかわかりませんが、煙草屋と老婆がセットになっていることに違和感を感じないくらい、煙草屋と老婆というイメージは定着していて、それが上手に用いられています。【ネタバレ*1】だったというのを隠すのには最適の職種でした。

 同じように、煙草がばらまかれていた理由も、【ネタバレ*2<】という逆転の発想が用いられていました。ちなみに核燃料製造会社では完全禁煙だという事実が、ゴーグル男と煙草屋に関係がありそうな疑いを強めているなど、煙草屋がらみだけを取ってみても、近年の著書(といっても2011年の作品ですが)にしてはかなり丁寧に作り込まれていました。

 ゴーグル男の正体は、それだけ見れば滑稽です。そんな滑稽さを覆い隠してしまうくらいに、「ぼく」の物語が生き生きとしていました。精神を病んじゃった人の半生なのに、嫌悪感は感じません。著者の描く駄目人間って、自業自得なところも結構あるのですが、本書の語り手の場合は完全に被害者であることも大きいでしょうか(妹にひどいことをしているので完全な被害者とも言い切れないのですが)。反原発を声高に唱えていないのもいい。

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*1実際に用があったのは煙草屋ではなく老婆の方

*2ばらかまれていた煙草ではなく容器の方にあった

『キャッツ・アイ』R・オースティン・フリーマン/渕上痩平訳(ちくま文庫)★★☆☆☆

キャッツ・アイ』R・オースティン・フリーマン/渕上痩平訳(ちくま文庫

 『The Cat's Eye』R. Austin Freeman,1923年。

 語り手アンスティが偶然遭遇した銃殺事件。盗まれていたのは価値のない宝石だけ。犯人は指紋を残しており逮捕は容易かと思われたが……。

 一応のところ捜査はしていて新しい事実もちょこちょこ出て来るのですが、どれも物語の推進力にはなっておらず、かなり退屈です。目撃者の女性やソーンダイク博士が襲われるところはさすがに盛り上がりますが、これはスリラーとしての面白さでしょう。

 解決篇に至って、これまでに明らかになっていたいくつもの謎や伏線や事実が一挙に解明されるのですが、ソーンダイクが一人語りでただ羅列しているだけなので平板このうえなく、せっかくの謎解きのカタルシスがまったく感じられません。

 結局序盤から中盤を退屈と感じたのも同じ理由で、時系列に沿ってただただ順番に事実が明らかになるだけなので平板で、これは新聞連載の弊害でしょう。

 暗号だったり、価値のないものが盗まれた理由だったり、現場にいた二人の容疑者とは別の第三者の指紋だったり、古文書の誤読トリック(?)だったり、ミステリ小説に足るネタは豊富だし、すべてが解決篇で一挙に明らかになるだけに、この平板さはもったいない。この退屈さがソーンダイクものの特長と言ってしまえばそれまでですが。『ポッターマック氏』だけが特殊なんですね。

 足跡の石膏型や毒物の検出や指紋の検出など、ソーンダイクものらしい、なくてもいいような科学場面もあって、そういうところも今となっては味わいです。

 助けを求める若い女性の叫び声に、帰宅途中の弁護士アンスティが駆けつけると、そこには男女が激しく組み合う姿が。男は逃走、脇腹を刺された女性を運び込んだ近くの邸では、主人が宝石コレクションの陳列室で殺害されていた。事件は単純な強盗殺人に思われたが、被害者の弟ローレンス卿は警察の捜査に納得せず、ソーンダイク博士の出馬を要請する。本格推理に冒険的要素を加えた黄金時代ミステリ。(カバーあらすじ)

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