『ミステリマガジン』2021年5月号No.746【特殊設定ミステリの楽しみ】
「お迎え」辻真先
「ウィンチェスター・マーダー・ミステリー・ハウスの殺人」斜線堂有紀★★★☆☆
――ウィンチェスター家の銃で死んだ人たちの霊の為に家を建てなさい。建築を止めてはならない。霊媒師の言葉を信じて増築を続けるうち、いつしか自動的な増殖が始まった。増殖を止めようと館を破壊しても、増殖スピードが増すだけだった。今ではアメリカ大陸だけでなく、太平洋も半分ほどハウスに飲み込まれていた。ぼくらは最奥部を目指す訪問隊の一つとなり、メンバーが増殖に巻き込まれて首と下半身が切断されているのが見つかった。死体が壁際から壁際まで歩いたのでないかぎり、殺した人間がいることになる。
特殊設定の肝がトリックではなく動機にあったという、設定自体がミスリードみたいな作品でした【※増える部屋は過去を含めた世界中の実際の部屋であるらしく、震災の洪水で流された両親の部屋が現れたのを見て、少しでも長く留まるため自殺体を殺人に見せかけ、捜査という口実によって、増殖した部屋には長く留まらないという訪問隊のルールを曲げた】。特殊な設定でありながら、現実の今この時期【※311から十年】の出来事とリンクさせるというタイミングまで考え抜かれていますが、いきなり泣かせにくるところに接ぎ木っぽさを拭えません。
「複製人間は檻のなか」阿津川辰海★★☆☆☆
――小説家・興津張明(60)が殺された。息子・奈津夫(18)が血塗れで発見され、「詩乃が」と繰り返すばかりだった。若手ミステリ作家として将来を嘱望されていた鍵谷詩乃(16)は、女流作家の乙姫志寿子(58)の名を取って「第二の乙姫志寿子」の異名で呼ばれていた。彼女もまた興津張明と同日に死亡している。焼け跡からカミソリが発見されたため自殺とみられている。……十年後。私の推理ですべてわかった。きみはなぜ興津張明を殺さねばならなかったのか。これはきみと興津張明のDNA鑑定の結果だ。百パーセント一致。興津張明はクローンを作ることで「不死」という欲望を叶えようとしていた。
クローンは遺伝子的に同一なだけで人格や記憶は別である、というところからさらに一歩進んで、確かに不死にこだわるような俗人は【名誉】のコピーも望むのではないかというのはうまいところを突いています。奈津夫の殺人の動機に目を向けておいて、【もう一組のクローン】の存在を隠しているのも手慣れた印象です。ただそこからさらに【語り手の探偵もクローンだった】というのは蛇足で、どんでん返ししすぎると驚きが減るのを通り越してむしろ興醒めになってしまいます。というわけで、【語り手=クローン】よりも【自分がオリジナルになろうと思った】という張明殺しの動機よりも、一番最初に明かされた【乙姫がクローンである詩乃を第二の乙姫と持ち上げておいていずれ乗り移ろうとしているのを知って詩乃は自死した】というのが一番印象に残りました。
「スワンプマンは二度死ぬ」紺野天龍
「エリア3」清水杜氏彦
「みっちゃんインポッシブル」三島芳治
「これからミステリ好きになる予定のみんなに読者してほしい100選(1)」斜線堂有紀
「迷宮解体新書(121)佐藤救」村上貴史
今月号のBOOK REVIEWで『テスカトリポカ』が紹介されていたので興味を持ってこのインタビューを読んでみたのですが、何だろうこの自己装飾に満ちた気持ち悪い文章は。インタビューであっても文体を意識しているだけなのか、素で気持ち悪い人なのか。
「ミステリ・ヴォイスUK(124)ホームズのカレー」松下祥子
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